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獅子に牡丹の露は降り  作者: ベジタ坊
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27. 終戦

『災厄の英雄』の生還、傍らには『死避の加護』持ち。

 報せを受けた軍部は、上を下への大騒ぎとなった。今度こそ死んだかと思われていた『ラオスクリーダの最愛』が、対の存在である『エルブリージョの寵児』を連れて戻ってきたのだ。


 一時期混乱に陥った指揮系統を一括したのはフェリクスである。

 彼はすぐさま、自分の弟子を『エルブリージョの寵児』の世話役として戦場に送るよう指示し、ペオーニアには戦場にとどまるよう伝えた。


「砦に戻るまでに死んでしまう者は多い。設備の整ったこの場所にさえ戻れれば、救えぬ命はないと誓いましょう。どうか、それまでそこで命を繋ぐ手助けをしてください」


 請われずとも、ペオーニアは砦に戻る気はさらさなない。レオンの傍を離れられないからだ。




「ペオーニアさん、包帯を変えるのを手伝ってもらえますか?」


 リゼットに声をかけられ、我に返る。すこしぼんやりしていたらしい。ペオーニアがいるのは、重傷者が集められた幕舎だ。中は薬品と血の匂いに満ちている。最初こそ強烈な匂いに衝撃を受けたが、鼻が麻痺したのか何も思わなくなった。


「ペオーニアさん?」

「ごめんなさい、リゼット。えっと、包帯よね? わかった、手伝うわ」


 気遣わしげなリゼットの視線を流して、歩く。隙間なくけが人が横たえられている場所だ、人を踏まないように細心の注意をしなければならない。

 ここにいるのは、動くことすら出来ない死に瀕した者達だ。食事にも人の手を必要とする彼らは、当然排泄のために外に出ることは出来ない。股に当てられた布に垂れ流すしかないわけだが、その所為かこの幕舎には饐えた匂いも漂っているようだ。


「早く砦に帰れないかしら……」


 苦痛に歪む兵士の包帯を変えながら、ペオーニアは独りごちる。

『死避の加護』は死なないようにする力だ。傷を癒やしたり、苦痛を和らげたりする効果はない。夜も眠れぬ身を苛む痛苦に、延々耐えなければならない兵士に申し訳なさが募る。


「聖女様、御髪を一房いただけないでしょうか?」


 作業を終え、外で風に当たっていると、声をかけられた。


「重傷者の搬送ですか?」

「はい。苦痛を長引かせるべきでないとの判断です」


 その判断には諸手を挙げて賛成する。

 加護は血肉に宿る。ペオーニア本人がいなくとも、髪や血液があれば、多少なりとも死を避ける効果があるのだ。レオンはペオーニアの髪を一房懐に忍ばせて、戦場に赴いている。

 『死避の加護』は、加護を擁する当人には効果がない。非力なペオーニアは簡単に死ぬ可能性が高いため、髪を持っていくのだ。


「わかりました。どうぞ、好きなだけ切り取ってください」


 兵士に背を向ける。「失礼します」と断ると、彼は小刀でペオーニアの髪を切った。背の半ばまであった髪が肩甲骨までの長さになる。


「ご協力に感謝します、聖女様」


 兵士は足早に去って行く。切り取られた髪の効力は、精々が半日だ。『移送の加護』持ちに頼んで砦に送っても、治療が遅れれば命を落とす。時間との戦いだ。


「髪の毛、整えましょうか?」


 リゼットが幕舎から顔を出す。痛みをこらえるような表情に、ペオーニアはつい笑ってしまう。


「なんて顔してるの、リゼット?」

「だって……。ペオーニアさんの髪が必要なのはわかりますが、あんなに適当に切っていくなんて」


 ここ数日、請われるままに髪を渡していたせいで、ペオーニアの頭はひどいことになっている。治療の際に髪の毛が落ちてはいけないからと、頭を布で覆うのだが、あまりに不揃いなせいでまとめるのに苦労する。


「ありがとう、心配してくれているのね。でも大丈夫。昨日、レオンが言ってたの」


 昨夜、レオンと話したことを思い出す。




 ペオーニアの加護は、その場にいるだけで発動する。体力の消耗や集中力も必要ないが、けが人から離れられない。ペオーニアは女性と言うこともあり、個人の幕舎を与えられていたが、重傷者の幕舎のすぐ横だ。夜には苦痛に呻く声が耳に届く。

 ペオーニアの世話役のリゼット、護衛としてレオンも同じ幕舎で眠っている。眠る前のひととき、リゼットは気を利かせて席を外してくれた。


「明日。次が最後の戦いだ」


 隣り合って座り、手を絡ませてレオンが言った。


「明日で終わりなの? 砦に帰れるのかしら?」

「早ければな。……やっぱり、きついか?」


 重傷者の幕舎に缶詰の状況が、だろう。


「きつくない、とは言えないわ。毎日毎日人が増えて、でも、私は癒やすことは出来ない。徒に苦痛を長引かせてるだけなのかも知れないと思うわ」


 手を握る力が強くなった。


「でも、フェリクスさんが言っていたでしょう? 必ず助けるって。だから、フェリクスさんのところにたどり着くまでは、私が彼らを死なせないわ」


 凜然と語る声には折れぬ誇りがある。発現した加護を受け入れ、最大限に活用してみせる気概には脱帽だ。


「それにね? 私といて傷が治る人は一人もいないのよ。それって、みんな助かる可能性があるって事でしょ?」


 ペオーニアの頬がいたずらげに緩んだ。レオンの顔をしたからのぞき込む。ペオーニアと離れたら死ぬかも知れない人間は多いが、確実に死ぬとわかっているのはレオン一人だ。


「そうだな。俺だけが、お前の傍にずっといる権利を持ってるって事だ」


 隣にあった身体を抱き上げて膝に乗せる。リゼットが戻ってくるまで、二人はしばしの逢瀬を楽しんだ。




「だから、今日で戦いは終わり。砦に戻れるわ。そうしたら、私の髪も必要ない。大丈夫よ」


 大丈夫と繰り返すペオーニアに無理は見られない。それでも心配そうな表情を崩さないリゼットに、ペオーニアは話しかけた。


「あのね、リゼット。私、加護が発現しないのが苦しくてたまらなかったの」


 リゼットは黙って聞いてくれる。


「でも、今の私を見て? 私は今、必要とされて、多くの人の命綱になっているわ」


 両手を広げて一回転。長衣の裾が風をはらんで大きく膨らんだ。

 ペオーニアが着ているのは、裾に刺繍が施された純白の長衣だ。レオンが纏う黒の長衣と同じく、金糸で装飾的な文字が綴られている。

 ――生の守護神、光の男神、エルブリージョの寵児

 陽の光にきらめく模様は、ペオーニアが光の神の加護を身に宿す証だ。エウラリオが用意し、フェリクスに託され、リゼットが届けてくれた長衣は、ペオーニアの誇りだ。この誇りが、ペオーニアの支えとなる。


「リゼット、私は誰の傷も癒やせない。医療の知識もないから、包帯や布を変えることしか出来ないわ。でも、私はその場にいるだけで人の命をつなぎ止める。神殿に籠もってお祈りする必要も、分厚い神書を読む必要もない。こうやって自由に動いてリゼットの手伝いができるわ。それが今の私のやるべきことよ」


 幕舎の入口を指して促すペオーニアに、リゼットがため息を吐く。本人が納得しているならば何も言うまい。

 正直な部分では、身売りのような行為は止めてほしい。きっと恋人も強くそう思っているだろう。 ペオーニアの加護()が必要なことはわかっているが、せめてもっと気を遣って切れ、というのがリゼットの本心だった。




 動けない者達の股に当てられた布を外し、汚れた股ぐらを拭いて新しい布を当ててやる。下手にすると汚物が漏れてしまうため、きっちりと巻いていく。けが人が密集したこの場では徹底した衛生管理が求められるのだ。本来素人であるペオーニアは手を出すべきではないが、人手が足りない現状を見かねて手伝いを申し出たのだ。


 人手が足りない理由の一端はペオーニアにある。彼女の加護で死人が出ない代わりに、けが人だけが増えていく。動けない者は増える一方で、薬や包帯がどんどん無くなるのだ。死者が減ることは良いことではあるが、手がかかる人間が増えることによる負担もある。その負担をわずかでも減らすため、そして幕舎で黙って座っているのに耐えられないため、ペオーニアは率先してけが人の看病をしていた。


 しかし、それも終わるときがきた。今にも日が沈もうかという時間。外で雄叫びが響き渡ったのだ。健康な兵士が寝泊まりする幕舎とは、離れた場所に設置されたここにも届く大きな声。


 戦の終わりだった。


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