25. 『災厄の英雄』
『エルブリージョの寵児』とは異なり、『ラオスクリーダの最愛』はあまり表に出ない。磨いた剣の腕を活かすため、レオンはテルケダード帝国の軍に入ることを望んだ。教会に了承を得、帝国軍でみっちりしごかれた。
「弱者は即、死だ。生きたければ、強くなれ。いいか、死にたくないなどという脆弱な考えは捨てろ。戦場で必要なのは、生きたいという思いだ」
教官が事ある毎に口にする言葉は、すっかり頭にすり込まれた。
「お前、レオンティーヌっての? 俺も女の名前付けられてさー。やんなるよな、ほんと」
「レオンか。良い呼び名だな。私はどうやっても女性名にしかならないんだ……」
軍部では友人もできた。男に女性名を付けるのがはやった時代の子ども同士、慰め合ったこともある。
厳しい訓練に必死に食らいつき、誰にも負けないよう剣を振る。明けても暮れても剣の事を考える日々のなかで、ついに初陣の時がやってきた。
任務自体は難しいことではなく、訓練を終えた兵士を実践に慣らすための戦場だ。初めて見る生々しい闘争に、誰もが緊張を隠せない。それでも、任務自体は簡単だったはずなのだ。戦場において、安全も、簡単もありはしないのだと、初陣にしてレオンは学んだ。
きっかけは敵の流れ弾。放っておいても当ることなく逸れる弾に、極度の緊張状態にあった兵士の一人が加護を暴発させる。
「止めろ!」
上官の制止の声も届かず、攻撃に向いた『漠炎の加護』が派手に火炎を吹き上げた。敵に位置を知らせるに足る赤色。瞬く間に敵部隊に囲まれ、上官が、同期が、そして自分自身が、赤黒い塊と化していく。
部隊は全滅、任務は失敗――のはずだった。
実際、レオンがいなければそうなっていただろう。そして領土の一部を失っていたはずだ。
仲間だった肉塊に囲まれ、目を覚ましたレオンは独りで任務を完遂してみせた。
生還したレオンを迎えたのは、恐怖の視線。全滅した部隊で、生きているはずもない男が、任務をこなして戻ってきたのは異常以外の何物でもない。
故に、『災厄の英雄』。
領土を守った英雄でありながら、仲間を全滅に導いた災厄の源。
生まれた村の話もどこからか漏れたようだ。生まれ育った村の全滅と、所属部隊の全滅。
その二つの情報から、『災厄の英雄』の名は急速に広まった。それが『ラオスクリーダの最愛』であることも知られ、レオンは教会の汚点となった。
字の根拠とされる、全滅からの唯一の生還。それらの原因がレオンではないことは少し調べればすぐにわかる。一度畏怖の対象となった者の真実を知ろうとする人間がいさえすれば、だが。
レオンは強かった。不名誉なあだ名があろうと、軍部が手放さないほどに。一騎当千の実力を持つ彼は、数多の戦場を駆け抜けた。大規模な戦闘でも、必ず己の手で生き残る道を勝ち取るが、一人だけ生き残ることも少なくない。それは激戦区にしか送られないからでもあるのだが、いつだって生き残る彼に、部隊がどうなろうと必ず帰ってくる彼に。
『災厄の英雄』の名は、ますます固着した。
* * * * * * * * *
「レオンは、いつも独りだ。軍部であいつの顔は知れ渡ってる。軍人の家族が住むフェルテでは、街を歩くときでも心ない言葉に視線にさらされている」
フェリクスが語るレオンの生い立ちに、ペオーニアは声も出ない。
『長命の加護』は命を消費する。寿命を先取りして身体を癒やし、死から逃れる加護なのだ。
「水の精霊様のおかげで、共同体内部の平均寿命は八十歳。死んだら人の一生分の寿命を使って傷を消す。子どもの頃の村の全滅で八十年、初陣で八十年、そして、自身で刻んできた二百年の歳月。その間にも多くの戦いに身を投じ、身体を痛めつけてきたレオンは、おそらくもう普通の人間と同じ寿命しか残っていない」
フェリクスが重々しい息を吐く。命の前借りという事実もだが、レオンが経験した苦痛に胸が詰まる。ペオーニアには想像することしかできないが、きっと辛かったはずだ。
「どう、して。レオンの寿命が、わかるの?」
もつれる舌を動かす。レオンの命の期限、その根拠は何処にあるというのだ。
「老い方だ」
「おいかた?」
「レオンに関する記録を読んだ。二百年間の記録だ。残りの寿命が長ければ長いほど、身体はゆっくりと歳を重ねる。そう書いてあった」
『長命の加護』はおそらく五百年分の寿命を持っている、と推察する記述もあった。
「最近のレオンを見る限り、その記述は見当外れとは言えまい。レオンはもう、人並に歳をとっている」
「じゃあ、じゃあ……この戦いでもし、死んでしまったら……?」
最悪の結末をあえて口にする。否定を切望する顔から目をそらし、フェリクスは現実を告げた。
「次の死が、最期だ」
全身から力が抜ける。背もたれに深く身体を預けたペオーニアに、リゼットが温かいお茶を差し出す。余計な口を挟まず陰に徹してくれた少女の気遣いに、ありがたく口を付ける。
「二百年、求められるまま戦いに明け暮れて、挙げ句の果てに周囲から嫌忌される。レオンにとっては、死んだ方が幸せかも知れないな……」
咄嗟に反駁しようとして、結局何も言えなかった。ペオーニアを黙らせたのは、苦悩を宿すフェリクスの瞳だ。年の離れた友人のことを、深く理解しているが故にでた答えなのだと、痛いほどにわかった。
そして、戦争のことを聞いて感じた胸騒ぎは、これのことだったのだと腑に落ちた。
黙り込んでうつむくペオーニアを痛ましげに一瞥してから、フェリクスは慌ただしく去って行った。休息のための貴重な時間を、ペオーニアのために割いてくれたのだ。
聞かされた話を無駄には出来ない。椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がったペオーニアは、自室に駆け戻る。リゼットはその後ろ姿にやれやれと首を振ると、台所の後片付けを始めた。
自室に飛び込んだペオーニアは、夢中で筆を走らせていた。レオンが死ぬかも知れないと聞いてから、心臓がいたんでたまらない。
不安を解消するために、一刻も早くレオンの元に馳せ参じる必要がある。ペオーニアが戦場に出ても、役立たずどころか足手まといなのは重々承知しているが、だからといってこのまま待つことは不可能だ。
焦って書いたせいで、文字の乱れが目立つ手紙に、乱暴な所作で封をする。これは決意だ。レオンの傍に行くために、利用できるものはなんでも利用してやる。
「リゼット、リゼット!! お願い、手紙を出してちょうだい! 大至急よ、今すぐ届けて!!」
自室を飛び出して大声でリゼットを呼ぶ。外部と連絡を取るには、リゼットを挟まなければならない。
「はいはい、ペオーニアさん。手紙をお届けすればいいんですね? どちらまで?」
「穴ウサギ亭よ! 大将に渡して、今すぐに!!」
かみつかんばかりの勢いに動じることなく、リゼットは手紙を見る。確かに「穴ウサギ亭 ゴンサロ様」の文字が見える。
「今ちょうど、食材を運んできてくれた人がいるので、その方に頼みましょうか」
「ええ、お願い」
真剣な瞳で頼み込まれた。リゼットは一礼してペオーニアの前から退がる。内容までは確認しないが、フェリクスの話の後だ、碌な物ではないことはわかりきっている。そのうえで、リゼットはなじみの業者に手紙を託した。
「いい? これはとっても急ぐの。だから、寄り道せず渡してきてね」
気持ちを滑り込ませるのも忘れない。純朴そうな青年は、まじめな顔に一瞬喜びをあふれさせて、しっかりと頷いた。
「じゃあ、お願いね。あと、リタは花より甘いお菓子が好きよ」
顔を真っ赤にし、先ほどよりさらに力強く首を振ると青年は去って行った。資金援助だけでなくプレゼントの応援までしたのだから、彼はまっすぐに穴ウサギ亭に向かってくれることだろう。
束の間、一仕事終えた満足感に浸り、リゼットは残る仕事を片付けにかかった。
明くる朝、ペオーニアの姿はどこにも見当たらなかった。邸の内部をくまなく探して不在を確認したリゼットは、予想以上の行動力に驚愕を禁じ得ないながら、迅速にフェリクスに連絡をとった。
フェリクスもこうなることはある程度予想済みだったと見え、特に騒ぎになることはなく、ペオーニアの失踪は受け入れられた。
師弟二人は、光と闇の御子二人が無事に戻ることを、信じる精霊に祈った。




