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獅子に牡丹の露は降り  作者: ベジタ坊
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22. レオンの秘密

 ペオーニアが夕食を準備し、レオンと食卓を囲む。いつものようにペオーニアは一日の出来事を話し、レオンがそれに相づちを挟む。誰にも邪魔されない、穏やかな時間だった。

 ペオーニアの話を、今日もレオンはわずかに微笑んで聞いている。エウラリオが穴ウサギ亭にいることは気に入らないでも、ペオーニアが気にしていないなら警戒するに留める。そんな風に思っていそうだ。


「ペオーニア、あの野郎も言ってたが、近いうちに戦争がある。俺はそれに駆り出されるから、しばらくお前の世話係ができねんだ」


 すまなさそうな顔で断られた。レオンが強いことは重々承知している。ならば、戦場に送られるのも仕方ないことなのだ。


「そうなの。レオンは、強いものね。大丈夫よ、私、ちゃんとできるから!」


 自身に言い聞かせ、レオンが離れる寂しさを誤魔化す。戦場に出るのは不安だが、彼ほどの強さがあればきっと大丈夫だ。そこまで考えたところで、ふと疑問がわいた。今の今まで気にしなかった、あえて目をそらしていたことだ。この機会に聞くのも良いかもしれない。

 そうすれば、胸をざわつかせる黒い予感も晴れるに違いない。


「ねえ、レオン。レオンも加護持ちなのよね? ラオスクリーダの。どんな加護なの?」


 ペオーニアに気遣ってか、レオンから一度も聞かなかった彼の加護。加護持ちだと知った今も、その詳細は教えられていない。戦闘に役立つ加護なら、嫌な予感が杞憂だとわかるはずだ。

 答えを待つペオーニアに、レオンは苦虫を噛み潰したような顔を見せた。席を立たなかったのは、フェリクスに釘を刺されていたせいだ。古なじみの男の忠告を無視すると、たいてい碌な事にならなかった。


「………………俺の持つ加護は、『長命の加護』だ」


 嫌そうに口を開いたレオンの眉間には、ペンくらいなら挟めそうな皺が寄っている。よほど加護が嫌いらしい。


「『長命の加護』?」


 詳しい効果がわからなければ、安心もできない。続きを促す意味を込めて復唱すると、ついに観念したのか、深いため息をついた。


「『長命の加護』。名前の通り、長生きする加護だ。俺はこれで、二百年近く生きてる」

「!!」


 ペオーニアの瞳が大きく見開かれる。口も開かれ、驚きの具合が伝わってくる。

「えっ! ちょっと待って。レオンって、とっても年上なの……?」

「気にするとこはそこか!」


 混乱のあまり口から出た質問は、ずいぶんかわいらしいものだった。レオンの肩からわずかに力が抜ける。


「あれ、二百年? 二百歳? 私といくつ違うの? 二百くらい違わない? 私恋愛対象に見られてる?」


 ペオーニアが一人で悩み始めた。


「あっ! じゃあもしかして、大将と子どもの頃から仲が良いって言うのは、レオンが大将の子ども時代を知ってるってこと!?」


 がばっと顔を上げ、ひらめいたとばかりにレオンを見る。


「ああ、そうだ。俺は、ゴンサロがガキの頃から知ってる」

「そう、なのね。残念だわ」

「……何がだ?」

「私、てっきり大将はレオンより年上だと思ってた。だから、大将に聞いたらレオンの子どもの頃の話を聞けるんじゃないかって、期待してたのに」


 心底残念だと表情で語るペオーニアに、レオンは呆気にとられた。レオンの年齢に驚きはしたがそれだけで、根掘り葉掘り聞かれると思っていたレオンは、肩すかしを食らった気分だ。


「あら、じゃあフェリクスさんもレオンより年下?」

「そうなるが」

「でも、名前は一昔前の流行って」

「それは本当だ。俺が生まれたときに、実際にはやってたんだよ」


 丁寧な答えから、一つ気づいたことがあった。フェリクスの名前だ。本名はフェリシアという彼の名付け親は、おそらく――


「ねえ、レオン。フェリクスさんに名前、あげた?」


 レオンが言葉に詰まった。


「レオンのときにはやったんなら、フェリクスさんのときはもう流行は終わってると思うの」

「……自分基準に名付けたのは、ちょっと悪いと思ってる」


 ふてくされた声で返され、ペオーニアは笑ってしまった。二百年生きているという彼は、存外子どもっぽい。実年齢は二百、外見年齢は三十そこそこだが、精神は肉体に引きずられやすいのかもしれない。


「ペオーニア、俺には加護がある。必ずフェルテを護るから」

「レオン」


 遮って名を呼ぶ。


「私、待ってるわ。あなたが帰ってくるのを。だから、必ず生き延びて」


 しっかりと視線を合わせて、想いを告げる。


「私、あなたが好きなの、レオン」


 レオンが絶句した。まったく予想外の事を言われたのだと、顔を見ればわかる。


「お祭りのときに、約束したでしょ? でも、全然できてないから。冬が終われば、砦も少しは暇になるって聞いたわ。そしたら、私をいろんな所に連れて行って」


 綺麗に、華やかに微笑んだペオーニアに、レオンは何も言えない。


「ペオー、ニア……。俺は、おれ」


 動揺から立ち直れないでいるレオンは、自分の感情の変化にも戸惑っていた。ペオーニアから好意を寄せられていたことは喜ぶべき事だ。嬉しく思うのは間違いないが、ただ嬉しいのではない。これで、ペオーニアを自分だけのモノに出来ると、ほの暗い喜びが浮かび上がってくるのもわかる。

 どろどろとした愉悦に、腹の奥底で抱えていた欲望に気づくと同時、椅子を蹴立てて立ち上がっていた。


「――わるい、ねる」


 対面に座る娘の顔を見ることも出来ずに、自室に入る。敵前逃亡も良いところだが、こんな薄汚れた情をペオーニアに見せたくない。

 今まで必死に見ないよう、気づかないようにしていた獣が、ペオーニアの告白で完全に呼び覚まされた。寝台に仰向けに倒れ込み、腕で目を覆う。


「クソッ」


 長い間忘れていた、制御できない情動に悪態を吐く。

 レオンが去った食卓を、先ほどまで彼が座っていた場所を、ペオーニアは無言で見つめる。

 告白は先走りすぎだったかも知れない。後悔が胸を衝くが、今でなくてはいけなかったと、妙な確信があった。未だ胸に巣くう不安は消えず、告白に対する返事の恐怖も加わった。

 ひとまず落ち着くために、ペオーニアは食器を片付けることにした。一口も残されていない皿を見ると、意識せずとも笑みがこぼれる。今日も彼は、美味しいと言って完食してくれた。


 加護についても、教えてくれた。はぐらかされる可能性が脳裏をちらつき、尋ねることが出来なかったことだ。戦闘向きとは言いがたい加護のようだが、『長命』と付くからには、長生きできる、つまり体が頑丈な加護なのだろうと思う。

 名前から効果を推測しやすい加護であったために、ペオーニアはレオンにあれこれと聞かなかったのだ。長命とは長生きの事だと思い込んでしまったから。




 翌日、家にリゼットがやってきた。軍からだという封書をレオンに渡し、ペオーニアには荷造りするよう伝える。リゼットにも手伝ってもらい最低限の荷物を詰め終えた時には、レオンはすでに家を出ていた。昨日の告白のせいだろう、レオンはペオーニアと一切目を合わせなかった。


「ペオーニア様、フェリクス様のお邸に参りましょう。しばらくは、こちらで暮らしてくださいね」

「ええ、ありがとう。お世話になります」


 リゼットに促されて家を出る。家の前には馬車が用意されていた。以前にも乗った、あの馭者の操る馬車だった。

 向かう先は、砦が目と鼻の先にあるフェリクスの邸だ。砦が近づくにつれ、慌ただしい気配が伝わってくる。距離を隔てても、殺気立っているのがわかった。


 冬が来たのだ。凍える大地を血に染める、恐ろしい冬が。


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