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獅子に牡丹の露は降り  作者: ベジタ坊
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20. レオンへの信頼

 週に一度の穴ウサギ亭の定休日、ペオーニアはレオンではなく、ゴンサロと街を歩いていた。食材の目利きを学ぶため、ゴンサロの仕入れに付いてきたのだ。レオンの戦闘訓練に休みはない。穴ウサギ亭の前まで送ってくれたレオンは、最後までゴンサロに恨みがましい目を向けていた。その視線に、ゴンサロが冷や汗をかいたのは言うまでもない。


「親爺、イモとニンジンを二割増し、あとはいつも通りくれ!」

「あいよ! 店に送っとくよ!」


 なじみの店で買い物をするゴンサロの後ろで、ペオーニアは何もすることがない。目利きを教えてもらう約束だが、店で使う食材は信頼できる所から大量に買い込むので、一つ一つ確認はしないそうだ。店の仕入れが終わってから、自宅用に買う際の確認ポイントを聞く予定だ。


「ご店主、最近、野菜が高くないか!」


 店の外でも変わらぬ大声で、ゴンサロが問いかける。それはペオーニアも感じていたことだ。食事担当になってから、より食材を吟味するようになったのだが、最近食物、特に野菜の値段が高くなった。


「ああ、それね。今年は冬が早くてさ、それで育ちが悪いんだよ」

「そんなにか?」


 火の精霊(エルフィーゴ)に護られたこの街にも冬は来るとは言え、気温は緩やかに下がっていく。外で早くに冬が来ていても、実感が沸きにくい。


「ああ、冬を迎える十分な準備が出来てないらしい。だから、今年は()()()って話だ」


 代金のやり取りをする手は止めず、店主が教えてくれる。例年より早くに冬が来て、その所為で備蓄が不足していると言うことは、砦の向こうに暮らす異民族の侵攻は激化することは間違いない。

 それを察したペオーニアも、ゴンサロの後ろで眉根を寄せている。もしも街まで侵入されることがあれば、教会の望む不慮の事故が起こりやすくなる。エウラリオは口添えしたというが、どれほどの効果があるか。

 仮に彼が教会に大きな影響力を持っているとしても、教会は一枚岩ではないのだ。ペオーニアの死を願う者が、早まった行動をしてもなんら不思議はない。


「大将も、気を付けた方がいいぜ」

「ああ、ありがとう! ご店主も逃げる準備は整えておけよ!!」


 店主の呼び込みの声を背中で聞いて、店を離れる。浮かない顔のペオーニアに、ゴンサロは気づかれないようため息をついた。彼女がこの街に来た理由は聞かされている。当然、祭でのエウラリオの行動も。

 今の話で、徒に彼女の不安を煽ったのかも知れない。そして、不安げな彼女をそのまま帰せば、彼女の保護者(レオン)に一発食らうのは避けられない。昔なじみの気安さもあってか、あの護衛は何かとボディランゲージを取りたがるところがあるのだ。


「ペオーニア、砦の兵士は優秀だからな――」


 街にまで入ってくることなんかねえよ。

 そう続けようとした言葉は、ペオーニアの思いもかけない言葉に遮られた。


「レオンは、大丈夫かしら?」


 心底心配だ、と顔一杯に書いて、ペオーニアがゴンサロを見上げる。


「レオンは私の世話係だけど、軍人でしょう。戦争になったら、もちろん戦場に行くのよね? 大丈夫かしら……」


 唖然としたゴンサロに、自身の不安を語る。レオンが強いことは身をもって知っているが、何が起こるかわからないのが戦場だ。


「……ペオーニア、お前は恐くないのか?」

「もし、異民族が侵入してきたら、そりゃ恐いけど」


 恐る恐る尋ねたゴンサロに、ペオーニアが答える。恐くないわけがない。市街地が戦場になった場合、この街で暮らす(逃げ足)訓練を積んでいないペオーニアはまっさきに犠牲になりかねない。


「でも、砦の軍人さん達は、みんな優秀なんでしょう? それに、ここ何十年も砦が破られた記録はないし」


 何より、レオンがいる。

 そう無邪気に全幅の信頼を寄せる姿を見て、ゴンサロは言葉を飲み込んだ。

 戦場に赴く相手を心配していながら、その実彼がいるからこの街は安全だと信じている。いや、盲信している。


 この信頼の仕方は、危ない。レオンは無自覚に他者の期待を背負う人間だ。今、最も大切にしている相手がこんな風に考えていると知ったら、ためらいなく自分の命を使い捨てるだろう。


「ペオーニア、聞け。レオンは確かに強いが、あいつの仕事はあんたの護衛だ。それを忘んでくれ、必ずそばにいるようにするんだ!」


 護衛対象の眼前で死に様など見せまい。下手な期待を背負って戦場に出向くより、彼女の傍に控えている方が遙かに良い。そう判断して、ペオーニアに言い聞かせる。不思議そうな顔をしたペオーニアに、フェリクスに相談しようと心に決める。今耳にした信頼を、レオンに背負わせてはならない。


 ペオーニアはきっとまだ、レオンのこと(加護)を知らないのだ。彼が何のきっかけもなく、自分から話すとは思えない。話す必要がないと思えば、決して話はしないだろう。

 レオンを説得するのは自分一人では荷が重すぎる。ここはフェリクスに頼んで、ペオーニアにレオンの事情を話すべきだ。


「レオンは私を護ってくれてるもの、離れたりしないわ。それより、ほら、目利きを教えてちょうだい!」


 そう判断したところで、催促の声がかかった。レオンにいかに美味しい食事を作るか、日々奮闘している彼女の姿も知っているだけに、先ほどの信頼が危うく思える。

 ペオーニアは素直にレオンを慕っている。それは見ていればわかることだ。慕う相手が自分の所為で命を落とすと知れば、平静ではいられないだろう。


 エウラリオにさらわれたのを助けられて以来、ペオーニアはレオンに過度に心を預けている。おそらく一時的なものだが、時期が悪い。

 他意のない信頼で、レオンはたやすく命を捨てる。

 ペオーニアとて馬鹿ではない。自分の信頼がレオンの命を危険にさらすとわかれば、レオンに向ける想いも多少変わるはずだ。

 少なくとも、過剰な信頼が彼にとって毒にしかならないことは理解できるだろう。


 わくわくした内心を隠さず、野菜の目利きを待つ姿は、純粋そのもので、ゴンサロは苦笑いして先を歩くペオーニアに従う。

 普段の闊達な彼女を知っていればこそ、そして、レオンの半生をわずかなりとも知っているからこそ、二人には幸せになってほしい。幸せにならなければならないと思える。

 レオンに無断で、ペオーニアに加護の話をすれば、当然彼は怒るだろう。ペオーニアがレオンから離れることも充分あり得る話だ。


 それでも、彼女は知るべきだ。二人の今後には、必ず必要な話なのだから。

 二人の幸せのために尽力する覚悟は出来ている。怒ったレオンに殴られる位、甘んじて受ける度胸がなければ、彼らの恋路は応援できないのだ。


* * * * * * * * *


「ペオーニアに話すのは、まだ早いと考えている」

「なんでだよ!! ペオーニアは、レオンにべったりだろう、今話さなくてどうすんだ!?」


 約束通りペオーニアに目利きを教えて回った。日が落ちる前には自宅までペオーニアを送り届け、レオンが迎えに出るのをしっかり確認してから、ゴンサロは砦へと向かった。

 元軍人と言えど、大きな功績のなかったゴンサロは砦に自由に出入りできない。しかし、門番に自分の名前とフェリクスに会いたい旨を伝えれば、すぐに内部に案内された。

 そこで、ペオーニアがレオンへ向ける信頼と、戦争になる可能性、レオンがどう動くかを交えて、ペオーニアにレオンの加護のことを話すべきだと相談したのだ。


「あの信頼は必ずレオンを殺すぞ! 食料がねえってんなら、異民族ども(あいつら)が攻めてくんのは時間の問題だろ!!」

「ゴンサロ、声が大きい」


 いつにも増して声を張り上げるゴンサロを、フェリクスがたしなめる。砦内部でレオンの名前を連呼するのはうまくない。聞き耳を立てられたら面倒だ。ゴンサロもはっとしたように、もぞもぞと座り直した。熱くなっていたのを恥じたのだろう。


「確かに、ペオーニアにはレオンのことを話すべきだ。それは間違いない。だがな、今の二人は距離が近すぎる」

「近すぎると問題か?」

「安定していないのが問題なのだ。ペオーニアの方はどうやらレオンへの気持ちを自覚しているようだが、それで少々浮かれているところがある。レオンはレオンで、誘拐事件があってから明らかにペオーニアに対する想いが強くなっている。あいつは認めようとしないが、ペオーニアに惚れているのは確実だ」


 それはゴンサロも同意見だ。レオンが好意を自覚しているかは知らないが、ペオーニアに向ける目には明らかに熱が籠もっている。先日のエウラリオに対する態度もそうだ。誘拐犯に警戒したというのが六割、後の四割は、ペオーニアに近づく男に対する嫉妬、独占欲だったと、ゴンサロは推測している。


「今の状態でレオンのことを話して、ペオーニアがどうでるかわからない」


 もしも同情を覚えれば、レオンはペオーニアの気持ちを疑うだろう。恐怖すれば、ペオーニアから離れる。あるいはレオンには自分しかいないと思い込み、レオンに依存するかも知れない。

 今のペオーニアは、熱に浮かされている状態だ。レオンへの気持ちを疑うつもりはないが、盛り上がりすぎているきらいがある。もう少し気持ちが落ち着いてから話せば、彼女はありのまま受け入れるだろう、とフェリクスは考えていた。


「下手打ちゃ二人がバラバラになるってか……」


 その説明を聞き、ゴンサロはのど奥でうなった。フェリクスの言うことはもっともだ。そして、レオンに無断で秘密を話そうとしている罪悪感もある。

 もう少し様子を見ようということになり、その場は分かれた。その結論を早々に悔やむことになるとは、このときはまだ思っていなかった。


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