19. 変わらない日課
祭以来、レオンとペオーニアの距離は近づいた。少なくとも、ペオーニアはそう思っている。リゼットとの会話で、自分の想いを確認できたことが大きい。レオンを好きだというのは、とても自然に心に収まった。好意を自覚すると、同居している現状も照れくさく思えたが、幸せな悩みだと割り切った。
「ペオーニア、そろそろ出るぞ」
扉の先から呼ぶ声に応え、玄関を出た。祭でペオーニアが襲われたことがよほど堪えたようで、レオンは毎日ペオーニアの送迎をするようになった。
レオンを拘束するようで心苦しくはあるが、大事にされていると思うと嬉しいのも事実だ。
「ねえ、レオン。本当に、この時間で大丈夫なの? 帰りも迎えに来てくれるでしょう?」
「大丈夫だって。お前が気ぃ遣ってくれてるおかげだ。訓練に支障はねえよ」
ペオーニアは十五時まで働いているが、仕事が終わってもレオンが迎えに行くまでは穴ウサギ亭にいるよう言い聞かせている。ゴンサロにもペオーニアのことを頼み、レオンは毎日十六時頃に迎えに行っていた。
レオンを待つ一時間は、持ち込んだ本を読んだり、ひたすらゴンサロの仕事を観察して過ごしていると聞いたときは、本当に申し訳なくなった。不自由なく暮らしてほしいが、安全には代えられない。彼女自身がそう苦痛を感じていないようなのが、まだ幸いだ。
ペオーニアには、日中どこに行っているのか、説明した。何も言わずに穴ウサギ亭で待てというのは、あまりに傲慢だ。レオンは自分の仕事と砦での評価を説明し、ペオーニアの行動を縛ることを詫びつつ、穴ウサギ亭で自分を待つよう頼んだ。
それは、彼女の安全を図る上で必要だと思ったからだ。
もう二度と、ペオーニアを危険な目には遭わせない、そう自身に誓ったのだが――。
夕暮れ時、兵士の訓練を終えて穴ウサギ亭へ向かう。訓練と言っても実践形式で、毎日違う部隊を相手に木剣を振り回すのがレオンの仕事だ。剣を合わせる中で、弱い点や改善点を指摘する。
なにせ砦には多くの兵士がいる。毎日一部隊、場合によっては二部隊と訓練しても、すべての兵士と手合わせするには半年はかかる。当然実践向きではない、補給部隊などはこの訓練には参加しないため、実際にはもう少し少ないが、似たような物だ。つまり、レオンは毎日どこかしらと剣を交えるが、兵士にしてみればたまの特別訓練だ。確実に強くなれる上、レオン相手には何を仕掛けてもいいという風潮から、訓練日を心待ちにする兵士は多い。
相手がレオンならば、訓練中の不慮の事故も許されるのだ。
今日も今日とて、殺意を持って急所を狙ってきた相手を軽くいなしてきた。兵士のなかでレオンの相手になるような人物は数えるほどしかおらず、一般の兵士相手なら丸腰で目を閉じていても勝てる。それでも、連戦して指導もしなければならないとなると、疲れが出る。穴ウサギ亭にペオーニアを迎えに行くついでに、パンケーキでも食べようかと店に入ると、予想外の光景が広がっていた。
店の奥、厨房がのぞけるカウンター席に、ペオーニアを拐かし、剰えナイフを向けた男が、彼女の隣に腰掛け親しげに話しかけている。
頭で考えるより早く攻撃の態勢に入った体は、顔面に引っかけられた冷水によって解かれた。すわ攻撃かと飛びすさって距離を取ると、水差しをつかんだゴンサロが呆れた顔でこちらを見ていた。
「落ち着いてくれ、レオン。俺の店で流血沙汰はやめてくれ」
「どういうことだ?」
珍しく大声でないゴンサロの言葉に、レオンが警戒しつつも構えをといた。素早くペオーニアの近くに寄り、エウラリオを威嚇するのも忘れない。
「いえね、私がペオーニアさんにしたことは、教会の意向でしょう? ですから、軍部も強くは出られず、厳重注意で終わりです」
飄々と肩をすくめた男に、剣呑なまなざしを向ける。視線で人が殺せるなら、エウラリオは今頃見る影もないほど無残な姿になっているだろう。
「安心してください、レオンさん。私は一度失敗しました。それはつまり、エルブリージョ様がペオーニアさんの生を認めていると言うことです。つまり、教会は間違っている。正しいのはエルブリージョ様なので、私は今後、ペオーニアさんの味方です」
相も変わらず柔和な笑みで、説明する。要するに、ペオーニアを一度殺し損ねたから、もう殺さない、ということだ。
「そんな戯れ言、信じると思うのか」
「その意見はごもっともですが、私は教会に報告しなければなりません。そこに、ペオーニアさんは生かすべきだ、と書いておきました。これでしばらくは教会もせっつかないでしょう」
「あの、レオン。リオさんが言うことは本当だと思うわ。とりあえず、私の不幸を願いはしても、直接的に殺そうとする人はいないと思う」
エルブリージョに誓ってたし、と続けられ、言葉を失う。確かに、盲目的な様子からしてエルブリージョへの誓いは違えないだろうが、それで信用するのは不用心すぎる。
ゴンサロに視線を走らせると、肩をすくめられた。
「俺も散々脅したよ。フェリクスさんから話を聞いてたからな。その上で問題ないと判断した」
レオンはうなるしかない。おそらく、フェリクスも彼のことを品定めした上で解放したのだろう。もしかしたら、近いうちにフェリクスから連絡があるかも知れない。
いずれにしろ、ここで殴りつけてはレオンが軍部に連れて行かれる。送迎をするのは自分、店で見張るのはゴンサロ、というところで納得するしかなさそうだ。
「ペオーニア、いいか、奴の隣には絶対座るなよ。手が届かない位置にいろ。もし近づいてきたら、悲鳴を上げて助けを求めるんだぞ」
細い肩をつかんで言い聞かせる。ペオーニアもしっかりと頷いてくれたので、こちらもうなずき返して、帰るよう促した。
パンケーキを食べたいなどと、浮ついた気持ちはすべて吹き飛んだ。あの男がいる空間からは一秒でも早く立ち去りたい。ペオーニアも逆らわずにレオンに続く。
穴ウサギ亭に来るのを制限することも、ペオーニアの仕事を禁止することもできない以上、ゴンサロに今までよりさらに警戒してもらおう。
目配せすると、心得顔でゴンサロが首をふる。今はこれで満足するしかない。
利口なことにエウラリオは口を開かなかったので、二人はゆっくりと歩いて家へと帰った。
家には、案の定と言うべきか、フェリクスから手紙が届いていた。彼らしい達筆な文字で、エウラリオを解放したこと、ペオ―ニアに手を出さないとエルブリージョに誓ったこと、フェリクスの他に四人の加護持ちが立ち会い、それぞれの精霊にかけて誓いを見届けたことなどが綴られていた。加えて、見かけたからと言って殴りつけないようにという注意も書いてあった。
フェリクスには、レオンの考えなどお見通しのようだ。隣に座って手紙をのぞき込んでいたペオーニアが、大きな声で笑っている。エウラリオを見て取るや、拳を構えたレオンを思い出しているのだろう。フェリクスの懸念通りだと、レオンも内心自分に呆れた。
「レオン、私、夕飯の準備をするわね」
「ああ、頼んだ。俺は洗濯物を入れてくる」
肩をふるわせたまま席を立ったペオーニアに、レオンも腰を上げる。穴ウサギ亭への送り迎えを始めてから、家事の分担が変わった。ペオーニアが料理を、レオンが洗濯を担当することにしたのだ。日に日に成長する彼女の手料理に、レオンの胃袋は全面降伏を訴えた。
ペオーニアと相談し、朝食も彼女が作る代わりにレオンが洗濯をすることにしたのだ。もともと男の一人暮らし、洗濯程度なんてことはない。たった二人分の洗濯を引き受けるだけで、毎日美味しい食事にありつけるのだと思うと、なんだか申し訳なくなるほどだ。
夕飯と聞いて、いそいそと洗濯物を取り込みに向かったレオンに、ペオーニアは必死に笑いを抑えた。家事の担当を提案したのはレオン、つまり、レオンはペオーニアの料理の虜なのだ。
ペオーニアの料理の腕は、実はさほど変わっていない。毎日続けているため、上達はしているだろうが、第三者が見れば、素人料理だと評価を下すだろう。変わったのは、味付けだ。レオン好みの味付けを、ペオーニアは日々極めつつあった。
がっつりとしていつつも、薄味、けれど少量の濃い味も。
という、面倒くさいレオンの好みを、毎食観察を続けたペオーニアは正確に見抜いていた。その日の献立と、レオンの微細な表情の変化を照らし合わせ、最近はより彼好みの味に近づいているはずだ。ゴンサロから教わる料理を、一度はその通りに作り、そこから調味料を足し引きしてレオンの好みを見つける作業は、存外楽しい。その甲斐あって、朝食も作ってほしいと言われたときは、拳を天に掲げたくなった。
レオンは美味しいものは素直に褒めるので、気合いも入る。
今日は昨日より好みの味付けが出来るよう、闘志を燃やすペオーニアは台所へと足を向けた。




