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獅子に牡丹の露は降り  作者: ベジタ坊
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18. 祭の終わり

「レオン、早く! あそこの屋台、美味しかったのよ!」


 数歩先を行くペオーニアが急かす。酒が入っている者も多い三日目は、混雑も最高潮で、周囲に気を払う余裕はなくなる。それを知っているレオンは、ペオーニアを案内したいつかとは違い、顔を隠すことなく堂々と歩いていた。人混みに紛れてしまえば、忌み嫌われる容姿も問題ではなくなるのだ。


 祭の最終日、残すところは広場での大焚火だけである。火を司り、戦と闘争の守護精霊であるエルフィーゴを讃える証として、天に届くほどの火柱を作り上げるそれは、祭を締めくくる大切な儀式だ。噴き上がった炎はエルフィーゴがすべて持っていくため、火勢が最高潮に達すると、独りでに消える。炎が消えると同時に祭も終わりを迎えるのだ。


 神聖な儀式ではあるが、街中で民衆と共に催されることもあり、厳粛さは求められない。屋台の食べ物を食べながら、呑みながら見物する者も多い。精霊への信仰心、崇拝の気持ちがあれば、なんら問題はないとされている。


「ペオーニア、待て! あまり急ぐとはぐれる!」


 行ったそばから、通行人にぶつかってペオーニアが体勢を崩す。変な姿勢で人波にもまれたら、足を痛めかねない。慌てて近寄り、腕を引いた。

 ペオーニアは照れくさそうに笑うと、何か思いついた顔でレオンの腕を取った。


「手、繋いでもいい? そうしたらはぐれないわ」


 レオンの返事を聞かずにさっさと手を繋ぐと、ぐいぐい引っ張る。ペオーニアの強引さに苦笑しつつ、悪い気分ではないと、レオンはされるがままに足を進めた。

 ペオーニアに薦められるまま、屋台で軽食を買い、どうにか人の隙間を見つけて立ち止まった。背を預けた壁のすぐ横には、よろしくない雰囲気の路地があるが、レオンにはたいした問題ではない。ペオーニアと二人並んで、パンに長細く成形した肉を挟んだものにかぶりつく。


「! うまいな、これ」

「でしょう!? 『ホットドッグ』って言うんですって。美味しい上に手軽に食べられるなんて、これを作った人は天才ね」


 口いっぱいにホットドッグをほおばり、ペオーニアはご満悦だ。レオンと二人という状況も、機嫌が良い理由だろう。


* * * * * * * * *


 レオンは当初の約束通り、祭最終日の夕方に時間を空けた。あんなことがあったため、二日目もペオーニアに付いていようとしたレオンを、フェリクスと二人で説得したのだ。ペオーニア自身はフェリクスの邸でゆっくり休むと約束し、レオンは渋々砦に行った。

 何度も振り返る未練がましい背中に、後で笑い転げたのは内緒だ。


 フェリクスも砦に行かなければならないということで、邸にはペオーニアと、昨夜二人を案内してくれた娘だけが残った。砦は目と鼻の先、外に出る用事はなく、家主か世話係が戻るまで扉に錠をかけ、邸のすべての窓に鉄窓を下ろし、日中から真っ暗な部屋で二人過ごした。

 日の光を遮断した屋内は気が滅入りそうになったが、一日だけのことだと思えば、なんだか面白く感じられて、蝋燭の灯だけを頼りに色々な話をした。


 リゼット・ロローと名乗ったフェリクスの弟子兼助手は、ペオーニアよりも二つ年下で、水の精霊ラホタの祝福を得るために、フェリクスの下で学んでいる最中なのだそうだ。

 元々行商人の両親に付いて各国を回っていたが、この街で母親の懐妊がわかり、しばらく居着くことにしたらしい。しかし、父親は商売の最中に難癖を付けられ、暴行の末亡くなった。深く愛し支え合ってきた夫の死にショックを受け、それでも懸命に働いた母親は無理が祟って倒れ、おなかの子と共に亡くなったそうだ。それが五年前の話で、以来フェリクスの世話になっているらしい。


 フェリクスの下に若い娘がいるのが不思議で、彼の子どもかと無闇に詮索したことをペオーニアは心から後悔した。好奇心で聞くような話ではなかったと謝罪すると、リゼットはあっけらかんと笑って言った。


「今、私はフェリクス様の下で学べて幸せなんです。人を助けるお手伝いができて、祝福を得られればもっと多くの人を助けられる。父と母と、弟か妹を失った私に手を差し伸べてくれたフェリクス様のように、私も人を助けたい。家族がいなくなったことは悲しいですけど、私は生きてますから。前を向かなくちゃ」


 彼女の瞳には強い意志が見え、蝋燭の小さな炎しかない部屋ではなく、未来を見据えているようだった。


「あ、ところで。ペオーニア様はレオン様の奥様なんですか?」


 まぶしい思いで彼女を見つめていると、予想だにしない質問を投げかけられた。


「奥様!? なぜ!?」


 素っ頓狂な声が出た。リゼットはいたずらっ子の笑みを浮かべ、一切の遠慮なく身を乗り出してくる。


「フェリクス様が、レオン様は誤解されやすい方だとおっしゃっていたので。あと、女っ気が一切ない方だとも。だから、どんな関係なのかと思って」


 わくわくした様子で返事を待つリゼットに、しばらく悩んだ。


「まず、私たちは夫婦ではないわ。私たちの関係は……、そうね、護衛と護衛対象よ」


 考えながら答えると、リゼットの瞳がわずかに曇った。


「では、ペオーニア様はレオン様を護衛として見ているのですか?」


 思案にくれるペオーニアは知るよしもないが、リゼットは何も己の好奇心だけで質問したのではない。フェリクスの密命を受けて、ペオーニアの本心を聞き出そうとしているのだ。


 あの老人は、往々にして年寄りがそうであるように、要らぬ世話を焼きたがるときがある。今がまさにそれだ。いつまでも独りで生きているレオンと、明らかに彼に惹かれている様子のペオーニアをくっつけてしまおうと言うのである。

 フェリクスは、レオンがペオーニアに惹かれていることも知っている。部外者が口を挟むことではないとわかっていても、二人には早く幸せになってほしいという思いが抑えきれない。そのため、己の弟子を使って、ペオーニアをけしかけさせようというのだ。


「私は、レオンを大切に思っているわ」


 顔を上げたペオーニアは、とても優しい笑顔だった。慈愛のあふれる、愛しい者を想う表情だった。


「レオンが話を聞いてくれると嬉しい。レオンと一緒にいると楽しい。レオンがそばにいてくれると安心する」


 ほう、とリゼットの口からため息がもれた。レオン、と名を呼ぶ彼女は、恋する娘そのものだ。蜂蜜色の瞳は潤んで輝き、頬は薄紅に染まっている。名を呼ぶだけで、姿を思い描くだけで幸せになれる、と全身で語る姿に、周囲を舞う花びらを幻視した。


「私にとって、レオンは特別なのよ」

「いいですね、とっても。特別に思える相手って、すごく大事ですよね」

「ええ、そうなの。だから、この気持ちも、レオンも、大事にしたいわ」


 とろけるような笑みを見せるペオーニアに、内心リゼットは苦笑いだ。その気持ちは尊重するが、こうも堂々と惚気られては、ごちそうさまと言うしかない。

 フェリクスには、そっとしておくのが一番だと伝えよう。それから、昼食のスープには、塩気たっぷりの魚を入れようと決心して、話題を逸らしにかかった。

 なにせこれ以上甘い話を聞くと、胸焼けしてしまいそうなのだから。


* * * * * * * * *


「レオン、見て! 大焚火が始まるわ。あんなに木を積んで、崩れないのかしら?」


 初日に剣舞が行われていた舞台は今、木材のうずたかく積まれた場所へと変貌していた。


「ただ積んでるんじゃなくて、木を組んでるんだ。だからそうそう崩れやしない」


 ペオーニアの隣でレオンが解説してくれる。いつ何があってもいいように、さりげなく手が腰に回されている。それにどぎまぎしながらも表面には出さない。


「ほら、火が付けられるぞ」


 うずたかく積まれた、レオン曰く組み上げられた木に、炎を掲げた人物が近づく。遠目からだとよくわからないが、おそらく司祭の類いだろう。

 火が木に燃え移ると、最初はゆっくりと、徐々に勢いを増して燃え始めた。


 下から広がる炎が、遙か天を目指すように上へ上へと昇っていく。組まれた木の合間から見える朱色は一瞬たりとも形を留めず、不定形に形を変えてその姿を大きくする。やがて空を赤く照らし始めた炎が、組まれた木をすべて呑み込み、天をも焦がせと燃えさかる。全身で力を誇示する赤いゆらぎが、一際激しく火の粉を散らした瞬間、跡形もなく消えた。


「…………!!」


 あちこちで息を呑む音が聞こえ、感嘆の声がさざ波のように広がる。

 先ほどまで、空さえ焼き尽くさんと猛っていた炎はどこにも見えず、真白の灰がいたずらな風にさらわれて広場に舞い落ちる。一度風に吹かれた灰はすっかり熱を失い、さながら雪のようだった。


「俺らは、これを精霊様の忘れ物って呼んでる。これがあると、夏が終わって寒い季節が来るんだって実感するんだ」


 はらはらと舞う灰はすぐになくなったが、ペオーニアは初めて目にする精霊の御技に声も出ない。

 ペオーニアにとって、神はひどいものだった。加護を与えながらそれを発現させず、教会で苦痛の日を送ったと思えば死を望まれた。いつか神を信じなくなっていたが、今日の奇跡を見て、自分の考えは間違っていたのだと理解した。


 精霊・神は実在しており、それは人の身で量れる存在ではないのだ。以前にレオンが言ってくれたように、ペオーニアの加護は神の手に委ねられている。

 そして、きっと、生の守護者であるエルブリージョ加護を持つ自分は、決して死を選んではいけない。


 呆けて空を見上げるペオーニアを、軽く揺すって正気づける。

 ぼんやりとレオンを見上げたペオーニアは、心配そうに自分を見下ろすレオンを見て我に返った。


「大丈夫か? 気分でも悪くなったか?」

「ううん、大丈夫。ちょっと驚いたの。初めて見たから、精霊様の奇跡」


 教会ではこのような儀式はなかった。ペオーニアが参加を許されなかっただけかも知れないが、とにかく今まで経験したことのない精霊にまつわる儀式に、ペオーニアはすっかり驚嘆したのだ。

 そんなペオーニアを見て、相好を崩したレオンが、腰に回していた手を外すと、すっとペオーニアの手を取った。


「帰ろう、ペオーニア。俺たちの家に。そんで、聞かせてくれ。お前が何を思ったのか、全部!」

「! ええ、帰りましょう! レオンの話も聞かせてね、あなたが感じたことを、私も知りたいの」


 強く手を握り返し、満面の笑みを浮かべて応える。

 祭の終わりに片付けを始めた街の人間を尻目に、レオンとペオーニアははぐれないよう、見失わないようしっかりと手を繋ぎ、二人の家へと帰って行く。

 その足取りは軽く、その背は一対の翼のように寄り添い合っていた。


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