表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獅子に牡丹の露は降り  作者: ベジタ坊
17/29

16. 後悔と安堵と

 砦の目と鼻の先にある軍人居住区。国が管理し、軍関係者に格安で貸し出している家々の中で、最も砦に近い位置にフェリクスの暮らす邸がある。

 軍医という立場上、急を要す呼び出しも多い彼は、専ら砦で眠ることが多い。それでもたまの休みには、この自宅で羽根を伸ばすのだという。


 出迎えてくれたのは、フェリクスの下で医療を学びながら、助手を務めているまだ若い娘だった。何も言わずに二人を迎え、礼を失さない程度に受け答えをする彼女は、一切無駄口を叩かず、客間までの案内を終えると一礼して下がった。


 二人きりになった室内に、重い沈黙が落ちる。レオンがソファに体を沈め、隣を手で叩いて座るように促す。おそるおそる近寄り、少しの間を空けて腰を下ろすと、すぐに肩を抱き寄せられた。

 そっと見上げた顔はまっすぐ前を向いている。もぞもぞと体を動かし、しっかり隣に収まると肩の手が離れた。残念に思いながら、ペオーニアも前を見つめる。正面の壁には見事なタペストリーが掛かっていた。見るともなしにそれを見ていると、レオンが口を開く気配がした。


「恐い想いさせて、悪かった。俺は世話係で、護衛で、お前を守る義務がある」


 黙って耳を傾ける。


「俺は、常にお前に付いていることが出来ない。それならば、他の奴に護衛を頼むべきだった。普段はゴンサロが、今日はあの男がお前を守ってくれると思っていた」


 感情の感じられない声だ。己を律することが出来る声だ。


「お前を預けるなら、もっと確認をするべきだった。ゴンサロは昔なじみで、信頼できる。だからと言って、あいつの店の常連だから、お前を助けてくれたから。それだけの理由で、人を信じるのは、護衛失格だ」


 膝の上で握られた拳が震えている。力を入れすぎてすっかり白くなった手に、自分の手を重ねた。

 教会にいた頃は何の苦労もなく、毎日丁寧に手入れされていた手は、フェルテに来てからすっかり荒れてしまった。毎朝の洗濯に食器洗い、穴ウサギ亭で働き始めてからは、さらに水仕事が多くなり、元の綺麗さは見る影もない。


 しかし、ペオーニアはそれを恥とは思わない。誇りとしている。ただ傅かれ世話をされるだけで何も出来なかった少女(お人形)が、されるがまま、言われるがままだった『エルブリージョの寵児(おかざり)』が、自ら考え働いた手は、ペオーニアがペオーニアである証だった。

 その手を、ただ重ねる。レオンの懺悔を止めるつもりはない。

 あなたの声を聞いている、と。守ろうとした私は生きている、と。そう伝えるように、寄り添った。


「お前にナイフが振り下ろされるのを見て、心臓が止まるかと思った。お前はこんなにも小さくて、弱くて、すぐに死んでしまいそうで。本当にお前が死ぬかと思って、そんなことをしたあいつが許せなかった」


 言葉に感情が滲む。護衛対象(ペオーニア)を危険な目に遭わせたことと、護衛の本分を見失って暴走した事への後悔だ。


「けど、俺はお前を優先するべきだった。お前の前での振る舞いは、許されることじゃない――」

「誰が許さないの?」


 最後まで口を挟まずにいようと思っていたが、我慢できなかった。


「レオンは、誰に許されたいの?」

「俺は、」

「私は、レオンが来てくれて、嬉しかったわ。必ず来てくれるって、信じてたから」


 今度はペオーニアの番だ。レオンが自らの行いを悔いると言うなら、ペオーニアは彼の行動を讃えよう。


「レオンが普段から私と一緒にいられないのは、私を守るためだと思ってる。傍で守れなくても、大将に私のこと頼んでくれたり、危ない路地を教えてくれたり。時々、大将に私の様子、報告させてるでしょう?」


 レオンの体が揺れる。やっぱりそうだ。ペオーニアが働くことを渋っていたレオンのことだ、それくらいはしているだろうと思っていた。


「勘違いしないでね、それも嬉しいの。レオンはいつだって私の名前を呼んでくれた。私のことを気にかけてくれたわ。護衛をするだけなら、私を家に閉じ込めておくのが一番なのに、それもしない」

「…………」

「あの家に、私を置いておきたくない理由があるのよね? それもきっと、私のために。レオンに不都合な事があるとしても、あなたは私の安全を、そして何より、私の意志を優先してくれる」


 安全よりわがままを優先させるのは問題がある。しかし、フェリクスからペオーニアの話を聞いていたレオンは、彼女が願うことはできる限り叶えてやりたかった。穴ウサギ亭で働くことも、今日の祭も、彼女自身がやりたいと願ったことだ。

 それを叶えることで、教会での時間を忘れさせてやりたかったのかも知れない。


「私は、あなたが私の世話係で良かったと思ってる。きっと、あなた以外だと、もっと息苦しかったと思うもの」


 ――そしてきっと、他の誰でもないあなただから、私はこんなにも心動かされる。


「だから、ありがとう、レオン。私の世話係を引き受けてくれて。ありがとう、私を守ってくれて。今日も前も、助けてくれて、ありがとう」

「こないだ助けたのは、あの男だったけどな」


 水を差す台詞に、むっとして見上げると、それ以上に気分を害した顔がペオーニアを見下ろしていた。その表情の意味がわからず見つめると、目元を大きな掌で覆われた。


「……。お前を守るのは、いつだって俺がいい、って事だ」


 目元に置かれた手をはずそうと手をかけると、後頭部にも手を当てられた。そのまま両手で挟むようにされ、ペオーニアの力では外せない。


「ちょっ、ちょっとレオン! 手外して? 見たいわ、あなたの顔がすごく見たい!!」

「うるっせえ、見んな!!」


 目元の手が外されると同時に、レオンの肩に顎を乗せるように引き寄せられた。確かに顔は見えないが、真っ赤に染まった耳が見えるのでよしとする。

 ペオーニアの顔がレオンの耳元にあるのと同様に、レオンの頭もまたペオーニアの肩に乗せられている。


「…………ほんとうに、おまえが無事で、よかった」


 万感の想いを持って紡がれた言葉に、体温が上がる。隙間なく密着した体は、心臓の鼓動さえも溶け合うようで、全身で感じる熱に目元が熱くなった。

 あっと思う間もなく、両の瞳から雫がこぼれる。


「……っ、……!」


 咄嗟に歯を食いしばって声を漏らさないようにしたが、レオンはすぐに異変に気づいた。体を離し、両手でペオーニアの頬を包む。


「ペオーニア」


 彼の声で名前を呼ばれ、さらに涙があふれた。

 恐怖を隠し、他人を気遣ってみせる勇敢な娘を、先ほどの強引な動きとは打って変わって優しく、胸に抱き寄せる。逆らうことなく胸に倒れ込んだ彼女を、両腕で囲い込む。

 ためらったのは一瞬で、すぐに幼子のようにすがりついてきた。


「……こわ、がっだ。リオさん、に、つかまっでしばられ、て。……すっ、ごぐごわかっだ、の…………!」

「ああ、助けるのが遅くなって、悪かった」


「わた、わたしを、いらないって。きょうがいで、ずっどいわれてた。けど、いらないって、いわれて」

「ペオーニアは要らなくなんかない。教会が要らねえって言うなら、俺がもらうさ」


「わたしだっで、すきで加護もってるん、じゃ」

「ああ、そうだ、そうだよな。俺たちは好きで加護を持って生まれてきたわけじゃねえ。それをとやかく言われんのは、辛いよな」


 ペオーニアが吐き出す言葉に、一つ一つ応えてくれる。妙に実感の籠もった言葉もある。彼も加護で嫌な目に遭っているのかも知れない。

 暖かな手に背を撫でられ、前には安心できる体躯。胸元に添えていた手を背に回し、全力でしがみついた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ