14. 最大の抵抗
ペオーニアの体を衝撃が貫いた。
「うそ……」
「残念ながら本当です。どのような加護かまでは知りませんが、彼は加護を発現させているようです。おそらく教会にとってあまり良い加護ではないのでしょう――」
滔々と語るエウラリオの声が頭を通り過ぎていく。同時代に一人しかいない『エルブリージョの寵児』と『ラオスクリーダの最愛』は、強く引き合う運命にある。それは教会にある数多の記録が証明している。いつまで経っても加護が発現しないペオーニアに、教会の者は『ラオスクリーダの最愛』と出会えば加護が発現するかも、と慰めることもあった。
ペオーニアの唯一の希望、加護が発現するかも知れない対の一。
その相手とすでに出会っていたのに、あまつさえともに多くの時間を過ごしたのに、ペオーニアには何の変化もなかった。
加護が発現したのか、というエウラリオの問いは、そう言う意味だったのだ。対に出会ってなお発現しない加護持ちなど、本当に用済みだ。
「……教会にとって、要らない加護持ちをまとめて始末するつもりだったのね」
レオンは知っていたのだろうか。ペオーニアのこと、自分が殺されるかも知れないこと。知っていたら、こんな仕事など引き受けないだろう。いやしかし、上からの命令で逆らえなかったのかも知れない。日中離れていたのは、ペオーニアに死んでほしかったからだろうか。そうなると自分も死ぬのに。いや、処刑されるとは教えられていなかったに違いない。そうはいってもレオンも命に執着しないようなところがある。死ぬのに都合が良いと思った可能性も捨てきれない。
わからない、レオンが何を思っていたのか。わからない、何もわからない。
深く項垂れ、黙ったペオーニアに、今度こそ引導を渡そうとエウラリオが立ち上がる。
壁にもたれかかったペオーニアの眼前に立ち、ナイフを構えた。胸を刺し、金品を回収して裏路地に放り投げれば、祭に浮かれて物盗りに襲われた哀れな娘の完成だ。
「ふざっけんじゃないわよ……!!」
強い瞳に睨み上げられる。
「確かに、私は加護なしの役立たずよ。でもね、それが何だって言うのよ! 教会は今でも十分な力を持ってるじゃない、加護持ちが見つからない時期があったって、今更地位が揺らいだりしないでしょ!! だったら、もっと気長に待つべきなのよ。加護が発現しなくたって、加護持ちであることは変わらないんだもの、死ぬ間際まで粘ったって、いいじゃない!!」
溜め込んだ激情すべてを吐き出すように、のどを震わせて叫ぶ。加護持ちであるのは間違いないのだから、黙って自分を生かせ、とは、究極の開き直りだ。
そんなわがままがまかり通るはずがない。呆れて物も言えなくなったエウラリオは、さっさと終わらせようとナイフを持つ手に力を込めたが、かすかな違和感に目を細めた。注意深くペオーニアを観察し、先ほどと違う部分を探す。
そして見つけた。後ろ手に縛られているペオーニアの手から、紐が伸びている。言いしれぬ不安に押され、乱暴に手からもぎ取る。小さな悲鳴を黙殺して観察すると、水晶が付いたペンダントだった。紐を引きちぎったようだ。ペンダントを奪われた拍子に倒れ込んだ姿勢のまま、下から不敵な笑みが見上げている。
ペンダントを手に、焦りの覗く目でこちらを見つめる男に、精一杯ふてぶてしく笑ってやる。
レオンが自分の対であり、こちらの事情を知っていたかどうかわからず、心が折れかけた。知っていたならば、レオンはペオーニアが殺されることを望んでいたのかもしれない。
あるいは知らずに、ペオーニアとの時間を大切にしようとしてくれたのかもしれない。
どちらが正解かわからず、どちらも間違っている可能性だってある。
混乱のさなかで手に触れたのは、硬い水晶の感触。祭で興奮し、人混みにもまれ、運ばれたり動かされたりしている間に、背中側に回ってしまったのだろう。それに触れると、荒れていた心が嘘のように落ち着いた。
レオンの本心など、レオンにしかわからない。そして、わからないことは直接本人に聞けば良いのだ。
何より、この水晶を渡し、ペオーニアの安全を気にかけてくれたレオンは嘘ではないと、ペオーニアが信じられる。
ペンダントをしっかり握り込むと、真下に腕を下ろす。動く余地のある縛り方をしてくれて助かったと、エウラリオに場違いな感謝を抱いた。
後は、レオンが駆けつけるまで殺されなければ良い。
そもそも、加護が発現しないから殺す、という考え方がおかしいのだ。加護を持っていることは確実なのだから、もっと気長に待てばいい。
『エルブリージョ寵児』の加護は、癒やしや安らぎといった方向に傾いている。そしてそれらは、水の精霊ラホタの加護持ちにも多い傾向だ。ラホタは病人とけが人の守護精霊であり、その国は医療国家である。必然、加護にもそれが現れる。
そういった加護持ち、祝福持ちを教会は方々から広く募集している。『エルブリージョの寵児』がいなかったところで、教会としての機能は困らない。『エルブリージョの寵児』はただの象徴だ。象徴はいくらでも偽ることが出来る。ペオーニアが隠されていた十一年、教会は彼女の存在を隠しきった。体が弱く、表に出られない光の聖女として。
それと同じ事が、この先できないはずがない。ペオーニアはこのままフェルテの街で、ルミーナではなく、ペオーニア・デュポワとして暮らしていく。そのなかで加護が発現することがあれば教会に戻り、そうでなくばこの街で一生を終える。
それが、ペオーニアの選ぶ答えだ。教会では食べて眠るだけだったこの身が、穴ウサギ亭の看板娘と呼ばれた。教会では聖女様や寵児様としか呼ばれなかったが、この街ではだれもがペオーニアの名を呼ぶ。
治安が悪い部分も確かにあるが、この街は呼吸がしやすい。ペオーニアに大きな注意を払う者はおらず、皆と同じ街の住人という扱いが心地良い。特別扱いをされず、普通のことをして、できが良ければときに褒められる。
世話係としての責務からでも、一緒に暮らしてくれるレオンがいて、なにくれとなく気にかけてくれるフェリクスがいる。厳しくも優しく仕事を教えてくれ、料理も伝授してくれるゴンサロ、毎回気安い口説き文句を投げかける常連、毎日通る道の大将や女将。
人とのつながりを感じられるこの街が、ペオーニアの居場所だ。
「ごめんなさい、私、やっぱり殺されるのはやめるわ。私がおばあちゃんになって死ぬまで待つよう、教会に伝えてちょうだい!」
力強く言い切ると同時、横たわるペオーニアにエウラリオがナイフを振り下ろした。
簡単に死ぬものかと、目を見開いてナイフを追う。どうにか避けようと転がるより早く、通りに面した窓硝子が砕け散った。




