12. 祭へ
中心部から離れた家の中にいても、祭の喧噪が聞こえてくる。今日から三日間、昼も夜もなく騒ぎ明かす日が続くのだという。
「いいか、ペオーニア。これを持って行け。絶対になくすな、落とすな、肌身離さず持ってろ」
レオンがくどくどと言い聞かせて、ペオーニアにペンダントを渡す。台座に丸く加工した水晶をはめ込み、紐を通しただけの簡素なものだ。
「これがあれば、お前がどこにいてもすぐに駆けつけられる。見張られてるようで窮屈かも知れねえが、こらえてくれ」
このペンダントは、ペオーニアの位置を知るための目印だという。あくまで位置を知るだけで、会話の内容や周りの風景はわからないそうなので、特に気にする必要はなさそうだ。申し訳なさそうに眉尻を下げているレオンは、ペオーニアを縛るようなペンダントが気に入らないらしい。祭に何も持たせず送り出すわけにも行かずに、苦肉の策としてこの方法を採用したと、苦虫を噛み潰したような顔で説明された。
「気にしないで? 祭に行きたいってわがまま言ってるのは私だから。それに、いつでもレオンが守ってくれるなら安心だわ」
レオンはどうにか祭に参加できないかと軍部に掛け合ったそうだが、最終三日目の、祭も終わる夕方以降しか時間が取れなかった。初日と二日目の祭は夜通し行われるが、最終日は日が落ちる頃には祭は終わる。祭を楽しみにしていたペオーニアにそれは悪いと、悩むレオンにペオーニアが言ったのだ。「初日はリオさんと祭に行ってもいいか」と。
本音としてはレオンと二人が良かったが、そうなると最終日しか参加できない。ペオーニアを楽しませたいと大いに悩むレオンを見かねて、ペオーニアは初日だけエウラリオと回ることを提案した。
酒が入って前後不覚の状態で始まる二日目と違い、初日はまだ酒が入っていない。昼も過ぎれば酔っ払いが出てくるが、二日目ほどではない。
祭の屋台は三日間変わらないが、最終日だと品切れで店じまいする店も出てくる。初日ならその心配もなく、好きな屋台を見て回れる。
そういった理由から、レオンは渋々ながらエウラリオとの祭参加を許可した。正直に言うと、ペオーニアを他の男に任せる不安はあったが、祭に目を輝かせるペオーニアに最大限楽しんでほしい気持ちが勝った。
しかし、エウラリオにすべてを任せる不安から、フェリクスを介して、特定の物の場所を把握できる『飛視の加護』持ちに、一日ペオーニアの居場所を見てもらうよう頼んだのだ。
ペンダントの紐は切れやすく、もみ合いにでもなればすぐに切れる。そうすれば加護持ちに伝わるようになっており、レオンがその場に駆けつける、という寸法だ。
祭の初日に、私用で一日つぶさせるのは申し訳なさがあったが、そこはフェリクスがうまく交渉してくれた。あまり人付き合いの得意でない、祭に興味の薄い加護持ちに話を付け、報酬を呈示して依頼した。
そのおかげで、レオンは砦で待機しながらも、ペオーニアに何かあった場合すぐに駆けつけられる。ペオーニアの傍に行くには『移送の加護』が必要だが、それは軍に常駐している者に頼むことになっている。
レオンが持ち場を離れるのは問題だが、レオンはペオーニアの世話係であり、ペオーニアを最優先にすべきだと、上層部にフェリクスが掛け合ってくれた。そのおかげで、休みは取れなかったものの、ペオーニアを優先しても良い状況を作ることが出来た。フェリクスには感謝の証に酒でも贈ろうと心に決める。
「これを持ってるってことも言うんじゃねえぞ、わかったな?」
華奢な両肩をつかみ、目を合わせて言い聞かせる。水晶目当てにペンダントを奪われて、肝心なときに助けられなければ意味がない。軽く声をかけてくるような不逞の輩は、傍にいるエウラリオが追い払ってくれるだろう。
「わかったわ」
レオンを安心させるよう深く頷く。願いを叶えてくれたレオンに、余計な負担はかけたくない。レオンの注意に一つ一つ了承を返す。
「それじゃ、気を付けて楽しんでこいよ」
「レオンもお仕事頑張ってちょうだいね」
諸注意を終えたレオンが笑顔で頭に手を置く。ペオーニアも笑顔を返す。
二人は並んで家を出た。大通りに出たところでエウラリオと待ち合わせをしているというペオーニアについて歩く。エウラリオと合流するのを見届けてから、レオンは砦へと向かう。
祭の始まった街は、一見すると普段と変わらない。見通しが悪くなると言う理由から、装飾を施さないのだ。代わりに、大通りに所狭しと屋台が並ぶ。路地は逃げ道故に何も設置されず、そのため祭の時期には目的の場所へ行きたい人間で、狭い道がごった返す。それさえ楽しんで、普段使わない路地を探検する者達もいる。
「ペオーニアさん! こっちです」
人混みの中で、必死に手を振っている姿が見えた。ペオーニアにはすっかり見慣れた常連の姿だ。
「では、ペオーニアさんはお預かりしますね。ペオーニアさん、今日はよろしくお願いします」
前半はレオンに、後半はペオーニアに向けた言葉だ。笑顔と共に手が差し出される。祭の混雑を思うと手を繋ぐのが自然ではある。そっとレオンを伺うと、貼り付けた笑みを浮かべていた。
「カルカテルラ殿、ペオーニアをよろしく頼む」
「はい、任せてください。ペオーニアさん、行きましょう」
焦れたようにペオーニアの手をつかむと、大通りに向かってエウラリオが歩き出す。すぐに二人は人混みに紛れて見えなくなった。
それを見届けてから、レオンも勤めを果たすために砦へと向かった。
「わっ! あれは何かしら? あっちは? 向こうにも何かある!」
「いくらでもよそ見してくれてかまいませんから、手だけは放さないでくださいね」
きょろきょろと間断なく当たりを見回すペオーニアに、エウラリオが注意を促す。祭を楽しむのは良いことだが、はぐれてしまっては元も子もない。繋いだ手にそっと力を込め、ペオーニアがどこかに行かないようにする。せっかく二人きりになれたのだ、この機会を逃す手はない。
「リオさん、私、あれが食べてみたいわ! あの人が持ってる、あの赤いの!」
「どれですか? ああ、フランクフルトですね。ソーセージみたいな――」
「ソーセージなの!? だったらなおさら食べたい! 丸々食べるなんて、普段出来ないじゃない!!」
すっかり興奮して、食い気味に返答をかぶせてくるので、意思の疎通が難しい。幼い子どものように活き活きと、目に映る物全てに瞳を輝かせて、感嘆の声を挙げる。
白皙の肌は紅潮し、きらめく瞳は見るもの全てを魅了する。このような人混みにあってなお、彼女の美しさは人目を惹いた。
周りから好奇の視線と、彼女と連れだって歩くエウラリオに嫉妬と羨望の視線が刺さる。
祭の空気に当てられて、連れがいようとお構いなしに、不埒な事を考えない輩がいないとも限らない。エウラリオは気を引き締め、とりあえず彼女が指さすフランクフルトの店を探した。
「これもおいしい!」
「よく食べますね……」
感心半分、呆れ半分のエウラリオの言うとおり、ペオーニアは朝から食べ続けていた。食べ歩きをするという宣言に偽りなく、腹にたまる食事も、小腹に向く軽食も、甘いおやつも、果物やジュースに至るまで、ペオーニアは祭の出店を制覇する勢いだった。
最初は一緒に食べていたエウラリオだったが、早々に音を上げ、食べるペオーニアを見つめるのに徹している。
「今日は食べ歩きをするのよ? 食べないでどうするの! この雰囲気でいつもの三割増し美味しいんだから、食べなきゃ損だわ!」
穴ウサギ亭で得た給金のほとんどを費やすと決めているペオーニアに、怖いものはなかった。毎日せっせと働いたペオーニアに、ゴンサロがお小遣いと称して色を付けてくれ、普段のお礼にレオンに何か贈ろうとしたペオーニアに、存分に楽しんでこいと諭された。今日は目一杯楽しんで、山のような土産話をすると決めている。
「食べるのも良いですが、大道芸もしているんですよ。この後見に行きませんか?」
祭の時は財布の紐が緩む。大道芸人達もそれがわかっているから、いつも以上に気合いが入る。
「それ以外に、剣舞もあるんですよ」
軍人の剣は実用重視だが、ときに住民へのパフォーマンスとして、剣舞を披露する軍人がいる。普段は敵を切るための刃を、繊細な装飾が施された模擬刀に持ち替え、人々を魅了する。祭でもっとも盛り上がる演目と言ってもいい。
そう聞いて俄然興味がわいた様子のペオーニアの手を引き、剣舞が行われる広場へと向かう。
「剣舞って危なくないの?」
「そういう訓練を積んでるいる人たちですからね。危ないことはありませんよ。フェルテに来たのなら、ぜひ見るべきだと、おすすめされました」
常に体が人と触れあっているような人混みで、器用に隙間を見つけてエウラリオが進んでいく。ペオーニアは彼に手を引かれるままに歩けば良いので、ずいぶんと楽だ。最初は戸惑った手も、朝から繋がれたままであれば必然慣れる。昼を過ぎた今では、楽に移動できる安全紐のような感覚だった。
「ペオーニアさんはなぜこの街に来たんですか?」
「? どういうこと?」
おもむろに発せられた問いの意味がわからずに聞き返す。前を歩くエウラリオは、「いえ」と首を振ると無言で目的地を目指す。
不可思議なエウラリオの態度をいぶかしんでいると、開けた場所に出た。大道芸の行われる広場だ。大通り以上に人が集まり、夏の終わりとは思えないほどの熱気を感じる。
広場の中心、高く作られた舞台に、長剣を持った男の姿があった。ちょうど剣舞が始まるところらしい。
「それでは皆様! これより剣舞をご披露いたします! どうぞ心ゆくまでご覧くださいませ!」
開始の宣言がなされると、男は抜き身の長剣を自在に操りだした。柄から刀身から、美麗な模様で埋め尽くされた剣は、切れ味は悪そうだが刃はつぶされていない。扱いを誤れば自身が傷つくことは明白で、ペオーニアははらはらしながら剣舞を見守った。
群衆の中には、失敗して流血沙汰になることを望む声もあったが、剣舞は滞りなく進んだ。直線の刃は陽光をはじき、男の手の中で優美な曲線を描く。足運びにも迷いがなく、わずかに傾けた首のすぐ横を剣が滑っていく様には、言いしれぬ艶があった。
息をするのも忘れて魅入っている間に、剣舞は終わりを告げた。場に万雷の喝采が満ちる。誰も彼もが興奮して、花やハンカチ、果ては靴までが舞台に向かって投げられた。
男が一礼して舞台を降りると、次は大道芸人が舞台に上がる。
ヘビ使いにジャグリング、クラウンが出てきて人を笑わせたかと思うと、さっきとは別の男が長剣と短剣を手に舞う。限られた面積の舞台上で、羽根でも生えているのかと思うほど軽やかに跳ね踊る者もいて、終いには舞台に飛び乗り歌い出す観客までいる始末だ。
食べ歩きが第一の目的だったが、次から次へと登場する芸人達に、気づけばすっかり足が止まっていた。すべての芸が終わり、観客も交えたどんちゃん騒ぎに発展する頃には、ずいぶん日が傾いていた。
「楽しめましたか?」
幼子を見るような目でのぞき込まれ、赤面する。舞台をかじりつくように見ていた姿は、年齢不相応だった。
「素直に喜びを表現できるのは、良いことだと思いますよ」
微笑ましそうに言われて、余計に羞恥が募る。
「ごめんなさい、私だけが楽しんじゃって……。リオさんは行きたいところとか、食べたいものとかなかった? 私も付き合うわよ」
「そうですね……。ときにペオーニアさん、今日はいつまで私とともにいてくれるのでしょうか?」
考えるような沈黙のあと、唐突に質問された。レオンからは、水晶も持っているため、多少遅くなってもかまわないと言われている。
「いつもより遅くても大丈夫って言われてるわ。せっかくのお祭りだからって」
嘘ではない。レオンは最大限ペオーニアの願いを叶えてくれたのだ。
「それはいいですね。それでは、今からしばし、私に付き合ってください」
言うや否や、近くの路地へと入っていく。普段は使わない路地だが、今日は通行人の姿が見えた。
祭の期間の路地は通行路。
その認識とエウラリオへの信頼が、ペオーニアの警戒を緩めていた。祭で浮かれていたのもある。
いくつか角を曲がり、人通りの少なくなった道にさすがに不審を抱いて尋ねようとすると、エウラリオが振り返った。勢い余って彼の胸に跳び込んだペオーニアを難なく抱き留めると、間髪入れずに口元に布をあてがった。
「――!?」
まずいと思ったときには遅く、甘い匂いを感じると共に意識が曖昧になっていく。最後に見上げたエウラリオは、ペオーニアを祭に誘った時と同じ、真剣な目をしていた。




