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獅子に牡丹の露は降り  作者: ベジタ坊
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11. 祭へのお誘い

「じゃあ、穴ウサギ亭は祭の期間はお休みなの!?」


 いつにも増して客が多かったてんてこ舞いの昼時を切り抜け、業務終了の合図であるまかないに舌鼓を打つ。今朝のレオンとの会話を思い出し、ゴンサロに確認したところ、穴ウサギ亭は祭期間の営業はしないらしい。


「祭には屋台が多いからな! 普段食えねえもんを食うのが祭の醍醐味よ!」


 昼間っから酒をかっくらうのもな、と付け足され、苦笑を返しておく。

 ゴンサロは祭を作るのではなく楽しむ側の人間だと言いたいのだろう。穴ウサギ亭の仕事がないと言うことは、ペオーニアが働く必要もない。


「ペオーニアさん、もし良ければ、私と祭を見て回りませんか?」


 まだ見ぬ祭に思いを馳せていると、隣に座っていたエウラリオがそう提案した。


「私も美味しいものはたくさん食べたいですし、祭というのは誰かと一緒の方が楽しいですからね」

「違えねえ! だったらペオーニア、俺と一緒はどうだ?」


 レオンからペオーニアを任されている身としては、目の前で、客とは言え見知らぬ男にペオーニアを預けるわけにはいかない。代替案として自分と祭を回ることを持ちかけてみる。


「いえいえ、亭主はお酒を楽しみに行くのでしょう? そこにペオーニアさんを付き合わせるのはおすすめできません」

「そうよ、お酒が祭の楽しみなんでしょ? 私のせいで呑めないのは悪いわ」


 エウラリオとペオーニア、双方から反対されて、ゴンサロが引き下がった。自分の迂闊な発言を呪う。


「私も一人で回るのはつまらないと思うんだけど……」


 脳裏に浮かぶのは、不器用だが優しい、黒髪の世話係だ。


「昨日のあの方ですか」


 心を読まれたのかと慌てると、真意の読めない、幽寂な瞳がこちらを見つめていた。しかしそれは一瞬のことで、瞬きの間にいつもの柔和な笑みに戻っている。見間違いかと、粟だった腕をさする。


「どなたか他に、一緒に行く方がおられるなら、私は諦めます。ですが、ペオーニアさんが一人だというなら、私と共に祭を回ってください」


 手を取られ、まっすぐに見つめて真摯に請われる。男性とふれあった経験のないペオーニアには、いささか刺激が強すぎた。まっすぐこちらを見つめる瞳は真剣で、ペオーニアの顔に勝手に血が集まってくる。

 言葉もなくこくこくと首を縦に振ることで了承を伝える。押し切られるような形になってしまったが、エウラリオは昨日もペオーニアを助けてくれた。もしもレオンが時間を作れないなら、彼と回るのも楽しいだろう。


「よかった。断られるかと思っていました」


 ほっと安堵の息を漏らし、相好を崩すエウラリオは、ペオーニアが承諾したのを心底から喜んでいるようだった。


「おいおい、俺の前で看板娘を堂々と口説くなんざぁ、いい度胸してんじゃねえか!!」


 店外まで轟く大声でゴンサロが茶化す。


「看板娘! 私まだまだその域には達してないわ!」


 看板娘、という言葉にペオーニアが反応する。口説かれていることよりも、そちらの方が重大だ。看板娘は店の顔とも言うべき存在で、それをペオーニアが名乗るのはあまりにおこがましい。まだまだ修行が足りていない。


「そこか、ペオーニア!! 安心しろ、お前は立派な看板娘だ!! 仕事はまだまだだが、客がお前の笑顔見て喜んでんだから、看板娘でいいんだよ!!」

「大将……!!」


 感動のあまり目が潤む。ゴンサロにそんな風に思われていたとは気づかなかった。これからさらに精進して、より立派な看板娘になろう、と決意を新たにする。


「亭主、私は客として軽い気持ちで口説いているのではありません。エウラリオとして、ペオーニアさんと時間を共有したいから、誘っているのです」


 盛り上がる二人の間に静かな声が割って入る。エウラリオの穏やかな笑みはそのままなのに、妙な迫力があった。真剣な想いを否定されたくないという気持ちがにじみ出ている。

 いくらペオーニアを任されているとは言え、部外者に過ぎないゴンサロは押し黙るしかない。熱い男の想いに、ゴンサロは一人静かに白旗を振った。エウラリオを止めようと思うなら、レオン自ら動くしかなさそうだと悟る。


 張り詰めた空気に、鐘の音が響く。帰る時間だ。皿に残っていたまかないを、行儀が悪いのを承知で慌ててかき込む。教会にいた頃は考えられなかった行動だと思いながら、急いで咀嚼して飲み込んだ。こんな食べ方でも、ゴンサロのご飯は美味しい。


「それじゃ、私は失礼します。今日もお疲れ様でした、大将。リオさんも、また」


 さっと頭を下げて店を出る。数歩歩いたところで、エウラリオが追いかけてきた。気づいて立ち止まると、エウラリオが真正面に立つ。


「ペオーニアさん、祭の開催は一週間後です」

「そうなの? 教えてくれてありがとう」


 わざわざそれを言うためだけに追いかけてきたわけでもあるまい。長身のエウラリオが眼前に立つと、ペオーニアは見上げなければ顔が見えない。しかし見上げた顔は逆光で、どんな表情を浮かべているのか、うかがい知ることはできなかった。

 エウラリオがそっとその長身をかがめる。


「あなたと二人で過ごせる時間を、心待ちにしています」


 とっさに引きかけた肩を掴まれ、耳元に唇を寄せてささやかれた。離れる際に柔らかいものが一瞬頬を掠める。頬に口づけられたのだと理解したときには、エウラリオは何食わぬ顔で前に立っていた。

 頬への軽いキスは挨拶と変わらない。親しい間柄であればなおさらだ。そうはいっても、今まで一度もそんな素振りを見せたことのないエウラリオ(男性)からの挨拶に、ペオーニアは硬直する。

 本人は柔らかな笑みを浮かべて、ペオーニアの反応を楽しんでいるようだ。


「それでは、私はこれで」


 固まってしまったペオーニアを面白そうに見つめると、何事もなかったように穴ウサギ亭へと帰って行く。彼からすればただの挨拶。祭に誘った女性へのアピールに過ぎないのだろうが、ペオーニアからすれば一大事だ。心中は大荒れ、いかにしてレオンに隠すかと言うことが最重要課題となっている。

 そもそも言わなければ、ばれることはない、とペオーニアが気づいたのは、自宅の前に着いてからだった。


 無意識に帰り道を歩いていたらしい。道中の記憶が一切ない。昨日の今日でこれはいけないと気を引き締め、ペオーニアは家の扉を開けた。

 まずは美味しい夕食を作って、レオンを迎える準備をしよう。昨日の失態を取り戻し、祭のことを改めて持ちかけるのだ。

 ペオーニアが楽しい時間を共に過ごしたいと願うのは、レオンただ一人なのだから。


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