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連続する苦難

 アグラールの生息地は、依頼書によればこのイスタの街から南東に三十キロほど行ったところにある森林地帯らしい。

 レイドたち一行はその場所まで行くための馬車を借りに、街の入り口まで来た。

 この街ではクエストの場所が十キロ以上離れた場合、無料で馬車が利用できる。

 馬車は一つにつき四人まで乗れ、冒険者たちは一様にそれぞれの馬車に乗り込む。

 が、ここで一つ問題が発生した。


「すいません冒険者様。貸し出せる馬車の数は三十まででして、その……二人余ります」


 馬車は三十、つまり百二十人まで乗れる。しかし冒険者の数はレイドとグレンを含めると、計百二十二人、空きがたりない。

 さてどうしようかと、頭を抱える冒険者一向。

 下手をすれば帰らされるかもしれないこの状況、周りの人間を蹴落とそうと画策する。

 そんな画策も無意味、冒険者にとっては僥倖、レイドにとっては苦行の提案をグレンがした。


「よし、んじゃ俺たちは走っから、お前らが馬車に乗っていいぞ!」


「…………ハァ!?」


 突然のバカげた提案に、得意の笑顔もはがれるレイド。

 冒険者たちもさすがにこの提案にはざわめき……。


「さすがです! まさか三十キロもの道のりを走ろうだなんて! お二人には感服します!」


 驚きはした。だが二人ならできるかも、という理想が頭を埋め尽くしたようだ。


「いやちょっと待って。さすがにこの距離は……」


 いくら皆の期待に応えることが英雄としてあるべき姿とはいえ、出来ない物は出来ない。

 馬車について行き三十キロを走る? 出来るわけがない。

 そんなことはもはや人間業ではない。

 レイドはもちろんのこと、グレンにもできないはずだ。


「グレン、あまり無茶を言うもんじゃないよ」


「なあに、俺の身体強化の魔法を使えば、軽いもんだぜ」


(この卑怯者!)


 自分にはそんな都合の良い能力があると。だから出来ないこともなく、むしろ余裕だと。

 なんともまあ自分勝手な話だ。

 グレンには三十キロを走る術がある。しかしレイドがどうかは、グレンは知らないはずだ。

 にもかかわらず、自分だけでなくレイドも巻き込み走ろうなどと宣ったのだ。


(いやもしかしたら、その身体強化を僕にもかけられるんじゃ……)


 自分勝手すぎる行動には理由があると。本当はレイドのことも慮っているのかもしれないと。

 淡い期待を抱きグレンを見る。

 この状況、自分が馬車に乗り込むことが非常に難しくなった。ゆえにこの腹立たしい男こそが最後の希望だと、縋るように見つめるが、


「そんじゃ魔法をかけて……ブースト!」


 グレンの体から素人でもわかる迫力が(ほとばし)る。

 今のブーストの言葉だけで、グレンの身体能力は何倍も強化された。

 これならば三十キロなど余裕だろう。

 さて、レイドは自分にもその魔法をと頼もうとしたその時、


「よし行くぞ! 俺についてこーい!」


 全速力で駆けだした。


(ふざけるなああああああ!)


 心で叫ぶレイドを置き去りにし、馬車が一斉に走り出す。

 先頭を走るグレンを追いかけ、魔法も使えない人間が追い付けないほどの速度で。


「……あの、冒険者様? 行かないんですか?」


「ふ……ふふ……そうか。僕ならできると、みんなそう思ってるんだ」


 あまりにも巨大な理想の押しつけに、もはや笑うしかない。


(やってやるよ…………走ればいいんだろおおおおお!)


 走り去った馬車に向かって自身もまた走るしか、道はなかった。

 そして今のレイドは気付いていない。

 帰りも同じことが起きるということに。


     *


「み、見えた……!」


 三十キロにも及ぶ激走の果て。

 木々をかき分け、森林を駆け回り。

 ようやく見えた馬車の軍勢。

 レイドには天国に見えたとか見えなかったとか。


「あ、レイドさん。お疲れ様です」


 レイドの存在に気付いた冒険者が、あっけらかんとした様子でそう言った。

 そこはかとない殺意を抱くも、荒ぶる呼吸とともに吐き出し、胸を宥める。


「ハァッ……ハァッ……さすがに、疲れたね……」


 疲れながらも、皆に見せるための笑顔は絶やさない。


「お、レイド! 遅いぞ、一時間以上も待たせるなんて」


(いつか絶対ぶっ殺してやる!)


 幾年月かけようとも絶対に殺す誓いをたて、レイドは地面に腰をおろす。

 そんなレイドにグレンは容赦なく言い放った。


「おいおい、何休んでんだ? これからアグラールと戦うってのに」


「ちょっと……休ませてよ……」


「敵はもう目と鼻の先だぜ? 座り込んでたら、あっという間にやられるぞ」


 グレンはある方向を指さした。そこには、半径五メートルほどの穴が開いた洞窟がある。

 レイドは言われずとも気付いていた。その先にアグラールがいることを。

 思わず身震いするほどの圧力を感じる。

 冒険者たちは気付いていなさそうだが、グレンとレイドだけは、敵の存在に気付いている。

 それでも、起き上がることを拒否するほどに疲れていたのだ。


「大体、もとはと言えば君のせいでこうなっているんだよ、分かってる?」


「何言ってんだ、こうしてちゃんと来れただろ? ほら、さっき洞窟に向かって石投げ込んだから、そろそろ来るぞ」


「……なんてことをしているんだよ」


 本能のままに赴くグレンに、愚痴の一つでもこぼそうかと思った。

 むしろ殴ってやりたい、殺してやりたいとも思っている。

 だがそんな気持ちを吹き飛ばすほどの強烈な威圧感が、洞窟の中から迸ってきた。

 足音が聞こえる。荒い息が聞こえる。唸り声が聞こえる。

 今回の標的アグラールが、グレンの投げた石を理由に、洞窟の外に出ようとしている。

 冒険者たちもさすがにその存在に気付き、緩んだ気を引き締める。

 レイドも疲れた体に鞭を打ち、剣を構える。

 グレンは棒立ちだ!


「何ボーっとしてるんだ! 早く構えなよ!」


「いやいや、戦うのはお前だぞ?」


「……………………え?」


 引き締めたはずの気が、どんどん緩和されていく。

 頭は真っ白になり、何も考えられない。

 グレンの言葉が、理解できない。


「もう一度、言ってくれるかな?」


 自分の耳がおかしいのだと。長距離を走ったせいで幻聴を聞いたのだと。

 自身の不調が理由であることを願い、グレンに問いかける。

 しかし出てきた言葉は、レイドを絶望させる。


「ここにいる全員で話し合って決めたんだ。最初はレイド一人で戦ってもらおうって」


 幻聴ではなかった。聞き間違いではなかった。

 疲れ火照った体を急激に冷ます冷徹な言葉は、事実であった。

 レイドが恐る恐る冒険者たちを見ると、盾を構えている。

 それは戦うことが理由ではなく、自衛が理由だということは明白だった。

 つまり、戦う気はないのだ。

 この冒険者たちは命がけの観戦をしに来たのであって、戦いは一切しないと。

 レイドの雄姿が見たいだけなのだと。


「どうして、そんな話になったのかな?」


「昨日はお前の戦いがあんま見れなかったから、見てみたいって思ったんだ。こいつらもお前が一人で巨大モンスターと戦っているところを見た事が無いって言うから、ちょうどいいし」


(敵の強さがちょうどよくないだろ!)


 グレンの自身に近いかもしれない実力者の本気を見て見たいという気持ちはわかる。

 冒険者たちの憧れの人の本気を見てみたいという気持ちはわかる。

 だが一人で戦うにはあまりにも巨大すぎる。強大すぎる。

 およそ正気の沙汰と思えない行動だ。


(どいつもこいつも、僕を過大評価しすぎだ)


 確かに英雄を目指すために、完璧であろうと努めた。

 迫りくる敵を討ち果たし、己の強さを誇示していた。

 皆がレイドに理想の強さを求め、そうであると確信しても、不思議はないかもしれない。

 だからといって、これはやり過ぎだ。

 三十キロという長い道のりを走らせる拷問。

 そのすぐ後に、先日百人がかりで倒したバードグレイルと同等以上の実力を持つアグラールとの戦闘。

 あまりにも過酷すぎる苦難の連続は、レイドの心身に計り知れない傷をつける。


(……それでも、やるしかないのか)


 これほどの苦難にあっても、レイドは戦うしかない。戦い続けるしかない。

 己の体にどれほどの傷が付こうとも。

 英雄になるためには戦うしかないのだ。

 そうでなければ、父が自分を見てくれない。

 生まれてから、一番欲しいと思った物が手に入らない。

 苦難を乗り越える理由にしてはあまりにも小さい。

 普通の人間ならば当たり前のように持っている物、それを欲し、地獄に足を踏み入れる。


(やるよ! やればいいんだろ!)


 意を決して皆の先頭に立つレイドに、冒険者たちは歓喜する。

 それでこそレイドだと。自分たちの目指す存在だと。


「お、出てきたぞ」


 洞窟の中から、四足歩行のモンスターが身を露わにする。

 大きさは体長四メートルほど、バードグレイルと比べればひと回り小さい。

 だが指先の爪は鋭く、鋼鉄すら引き裂くと言われても納得する代物。

 三十センチは超えそうな真っ白な牙、引き締まった体躯は見る者に恐怖を与える。

 そして獰猛さとはかけ離れた、美しい白い体毛。

 恐怖を感じながらも、その綺麗さに思わず目を奪われる。


(これを……一人でか)


 アグラールと向かい合うレイドは、なぜか落ち着いていた。

 体力を使いきったことにより、体の力が良い具合に抜けているのか。

 それとも圧倒的強者を前にしての諦めなのか。

 理由は分からない。

 だが不思議と、体の調子がよく感じる。

 今なら最高のパフォーマンスを見せられると。

 いつも以上の技を繰り出せると。

 そう確信していた。


「お前ら、アグラールは接近戦タイプのモンスターだ。邪魔にならないように離れてな」


 グレンに言われ、冒険者たちはレイドとアグラールから距離を取る。

 ギリギリ対決を目視できるぐらいのところまで離れ、固唾をのむ。

 今まさに死闘が始まる直前。

 戦いもしない冒険者たちに緊張が走る。

 そしてその視線の先にいるレイドは、覚悟を固め、剣先を向ける。


「絶対に……死なない」


 勝つのではなく、負けないと。

 何があろうとも死にはしない。もがき生き抜き、この死地を駆け抜けると。

 当てにすることは業腹だが、本当の本気で危険が迫れば、グレンが何とかするだろう。

 だから、瞬殺だけはされないよう、アグラールの一挙手一投足を注視する。

 対してアグラールは、ゆっくりと足を動かし、レイドとの距離を少しずつ詰める。

 獲物に狙いを定め、その爪で、その牙で、レイドを蹂躙しようという行動だ。

 やがてアグラールがレイドの間合いのすぐそばまで近づいた瞬間、動いた。


「ガアウッ!」


 レイドとアグラールの一騎打ちが、始まる。

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