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レイドに拒否権はない

「ん……」


 疲れ切ったレイドの目を、朝日が覆う。

 黒く染まった視界は明るさを取り戻し、レイドに今日の始まりを告げる。


「……だるい」


 ほんの四時間しか寝てないことから、夜通しゲームに興じた疲れは取れない。

 今日一日、指先一つとして動かしたくないほどの億劫さだ。


(でも、今日は起きないと。昨日は全然活動できなかったし)


 アリゴブリンを倒しただけという成果は、今までと比べて少なすぎる。

 英雄になりたいという願望をかなえるためには、戦い続けなければいけない。

 戦って戦って戦い抜いて、その先に英雄の称号があると信じて。

 ゆえに起き上がらなければいけない。

 体を襲う倦怠感を振り払い、体を装備に包み、剣を構えなければいけない。


(ここでまた……眠るわけにはいかない!)


 二度寝の誘惑を何とか振り払い、その身を奮い立たせる。

 体はだるい。力も思うようには入らない。

 それでも、こうして起き続けるのだ。

 身体が真に目覚める、その時まで。


(……二度寝するかどうかにこんなに真剣になるの、僕ぐらいかな)


 茶番にも等しい行動に苦笑しつつ、レイドは着替え始める。

 グレンはまだ寝ている。気持ちよさそうな寝息を立てているから大丈夫だろうが、満を持して部屋を移動して洗面所で着替える。

 もしサラシを巻くところでも見られたら、わざわざお風呂に入らなかった苦労が無になる。

 グレンの一挙手一投足に細心の注意を払い、着替えを済ませた。


「さて、今日は出て行ってもらおうか。グレン、そろそろ起きなよ。もう七時だよ」


「ん~……あと五日……」


「いつまで寝るつもりだよ! というか、今日はちゃんと宿屋を取ってよね」


 さすがに二日連続でお風呂に入れないなんて事態は避けたい。

 それ以前に、いくら女という性別を捨て、男として生きると決めたとはいえ。

 一つ屋根の下で男と一夜を共にするなど、何も感じるなという方が不可能だ。

 今日は絶対に宿屋を見つけ出し、そこにグレンを放り込む。

 この部屋にいたいとごねようが何だろうが、絶対だ。

 そう、固く決意したレイドであった。


「早く起きて。朝食は七時半に予約してるんだから、そろそろ起きないとご飯無しだよ」


「なに? 飯抜き? そりゃいかん!」


 突然パッと起き上がるグレンに、レイドは体をびくつかせる。

 いくら起こすために行動していたとはいえ、急遽起き上がられては驚くというものだ。

 レイドは腰を抜かして、床に座り込んでしまった。


「……どした?」


 グレンは寝ぼけ眼で床に座り込んだレイドを見る。


「急に起き上がられたから、腰が抜けちゃったんだよ」


「あはは、意外とビビリなんだなお前」


「うるさいよ。いきなり真顔で起き上がられちゃ、誰でも驚くよ」


「……しかしお前、体柔らかいんだな」


 床に座っているレイドを見て、グレンがつぶやく。

 今のレイドは崩れた体勢を立て直した時、女の子座りにしたのだ。

 反射的にそうしてしまったが、男としてはふさわしくない格好だ。

 そもそも、男は体の仕組み的に女の子座りがほとんどできない。

 男として振る舞おうとしているレイドにとって、最悪手だった。


「こ、これは……その、普段から柔軟をしてるからね。これぐらいならできるよ。あはは……」


 咄嗟にそう言い、グレンも、「頑張り屋だな」と、レイドの言葉を疑問に思わなかった。


(危ない危ない。こういう反射的な行動にも気をつけなきゃ)


 自分の浅慮さを反省し、心を切り替える。


「そんなことはいいから、早く着替えなよ。ほら、着替えはここにあるから。ああもう、よだれのあとがあるよ。ちゃんと顔も洗ってきて。あ、寝癖直しは洗面所にあるから」


「……おふくろ?」


「誰がだよ!」


「ああすまんすまん。言ってることが昔おふくろに言われたことと同じでな」


「まったく。ほら早くして。朝食に遅れると宿屋の人に迷惑だからね」


「わーったわーった」


「ちょっと、昨日も言ったけどそこらへんに脱ぎ散らかさないでよ。畳んでおくから早く準備を済ませて」


「……やっぱおふくろ?」


「しつこい!」


 動きが鈍いグレンを叱咤し、素早い行動を促す。

 着替えに洗顔に寝癖直し、荷物の整理。

 本当の母親のようにグレンを動かす。

 しかしこれは母親のようにちゃんとした大人にしようという考えからではない。

 単純に出て行ってほしいのだ。

 いち早く自分のテリトリーからいなくなってほしい。

 これ以上侵害されたくない。

 そんな思いからの行動だ。グレンためになど、微塵も思っていない。


「はい、準備は出来たね。じゃあ朝食を取った後は、君の宿屋を探しに行くよ」


「……俺は別にここでもいいぞ?」


「たった一日でずいぶん図々しくなれるもんだね!」


「冗談だって。怒るなよ」


(こいつといると、ホント調子狂う)


 グレンにかき乱された心を落ち着かせ、深呼吸を繰り返す。

 今はまだいい。グレンは口うるさい母親、みたいにしか思っていない。

 だがこれ以上かき乱されれば、本当の自分を見せてしまうかもしれない。

 誰にでもやさしくする、全てを救う英雄からはかけ離れた自分に。

 それだけはしてはいけない。


「準備できた?」


「おお、髪型もバシッと決めたぜ。さっさと飯食って、モンスターを倒しに行くか」


「その前に宿屋探し!」


 下手をすれば本当にこの部屋に居座りかねない。

 それだけは何としても阻止したいと、念には念を押す。

 グレンは渋々といった感じで返事をし、荷物をまとめたバッグを持ってきた。


 軽く朝食を済ませ、二人は宿屋を探す。

 グレンの要望では、ベッドとトイレがちゃんとしていればいいという話だ。


(分かっているのか? それが結構贅沢なことだってこと)


 ちゃんとしたベッドにトイレ、この二つが揃っている宿屋は基本高い。

 なぜなら良いベッドを扱っている宿屋は相対的に他の部分も優れている。

 そしてそれらの部屋は、数が限られている。

 高価、ゆえに中級冒険者の多いこの街では需要が低い。

 遊びに来た貴族や、偶然、弱った強いモンスターを倒して臨時収入を得た人間だけが使う。

 おそらくは空いていないだろう。そんな人間はこの時間、大抵寝ている。


「条件を変える気はない?」


「もちろんだ! 多忙を極める冒険者にとって、ベッドは必須だ!」


「……普段は野宿してるんだろ?」


「それはそれ。こんな街中だとちゃんとした生活をしたいもんだ」


「はぁ~、じゃあ宿屋探しは昼過ぎね」


「理想としては、お前の部屋なんだが……」


「しつこい! 僕はいつも九時には寝るの! 君に付き合ってたら生活リズムが狂うの!」


「うは~、真面目かよ。夜遊びは冒険者の基本だろ? 人生楽しいか?」


「余計なお世話だよ。君こそもうちょっとちゃんと生きないと、いつか損するよ」


「大丈夫。俺はいつ死んでもいいように毎日を楽しく生きてるからな」


「それが出来なくなったときのことを考えろって言ってるんだよ」


 それから色々と話を……というよりも、グレンが好き勝手を、レイドがツッコミを入れる。

 漫才のような問答を繰り返しながら、ギルドへと足を運んだ。

 二人がギルドに足を踏み入れると、それだけでざわめき立つ。


「お二人とも、おはようございます!」


 同じ冒険者とは思えないほど(へりくだ)った様子で、レイドとグレンに挨拶をする。

 それに軽く反応を示し、二人は依頼の掲示板に目を通す。


「どうするよ? 何を相手にする?」


「僕と君が一緒にモンスターを討伐することは確定事項なのかな?」


「何か問題でも?」


「……別にいいよ」


「よし、そんじゃこれにすっか」


 そう言ってグレンが選んだ依頼は、アグラールというモンスターの討伐だ。


「君は僕のことを過大評価しすぎじゃないかな?」


 そのモンスターは、レイドが力の限りを尽くして何時間にも及ぶ死闘を演じ、それでも勝てるかどうかは五分五分のモンスターだった。

 徹夜明けで戦うには少々……いや、かなり無茶なことだ。


「心配すんな。俺もサポートすっからよ」


「……しょうがないな。だけど少しでも危険を感じたら、すぐに逃げるからね」


「それでいいさ。まあ俺様がいれば、逃げるなんてことにはならないだろうがな」


 腰に手を当て、鼻を鳴らして自信満々の顔を見せるグレン。

 本来ならアグラールと戦う場合、こんなに余裕がある人間などいない。

 何日もかけて覚悟を固め、入念な準備を済ませて戦うべきモンスターなのだ。


(それなのにこの余裕……これが本物の英雄なのか)


 恐れなど抱いていないのだろう。

 負けることなど微塵も考えていないのだろう。

 どんな強敵を相手にしても絶対に勝つ自信を失わない。

 そんな姿に、憧れる。自分の目指すべき英雄とは、こうなのだろうと。

 頭は悪い。態度も軽薄だ。

 それでもなお、これこそ英雄なのだろうと、そうレイドに思わせた。


「あの、僕らもついて行っちゃだめですか?」


 依頼書をパタパタとうちわ代わりに使うグレンに、冒険者が聞いてきた。

 その後ろにいる冒険者の数は百ほどだ。

 レイドだけならば、その申し出を受け入れただろう。

 そもそも、レイドは一人で戦うのではなく、集団で戦うのが常だ。

 自分の武勇を見せつけるため。語り継がせるため。

 私利私欲のために同行を許可する。

 だが今回は、


「悪いけど、アグラールは危険すぎる。今回は僕たちだけの方がいいよ」


 グレンと二人だけの戦闘、それをこそ望む。

 理由は様々あるが、最大の理由は自分が足手まといの姿を見せたくないというものだ。

 冒険者たちの力が足りないとは思っているが、それは自分もだ。

 アグラールを相手にするにはさすがに役不足、下手をすればグレンの足かせになりかねない。

 そんな姿を、グレンだけならいざ知らず、他の冒険者にも見せるわけにはいかない。


「そこを何とかお願いします! 自分の身はちゃんと自分で守りますから!」


 レイドの気持ちを知らず、冒険者たちは頭を下げて頼み込む。

 正直、どれだけ頭を下げられようともレイドの心が揺らぐことはない。絶対にだ。

 どうにかして納得させようと頭を回転させるも、それはまるで無駄な行為となるが。


「いいじゃねえか。俺たちが守ってやればいんだろ? お前ら、さっさと準備してきな」


(この馬鹿が! 何もわかってないくせに安請け合いするな!)


 サラッと、何でもないことかのようにグレンは冒険者たちの願いを聞き入れる。

 冒険者たちは顔をパァーっと明るくし、中には喜びのあまり「よっしゃ!」と叫ぶ人もいる。

 今の状況、レイドに何とかする術はない。

 こんなにも喜びに包まれた人間たちには、何を言ったとしても聞き入れられないだろう。

 仮に聞き入れる理屈を並べたとしても、一度許可されたことを否定されては不満が募る。

 それが巡り巡って自身への不満になるかもしれないと一瞬でも頭によぎってしまえば、レイドは何も言えない。

 何も言えず、流れる状況の言いなりになるしかない。


「レイドさん、決して迷惑はおかけしないので!」


(絶賛迷惑中だよ!)


 結局、百余名の大人数でアグラールの討伐に出向くこととなった。

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