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手に入れたもの

「……見つけた」


 森の中、そこで大きめの岩の上に座っている男に、レイは声をかける。


「グレン」


「ん? レイドか。なんか用か?」


 まるで何事もなかったかのように、グレンはあっけらかんと聞く。

 胴体にはレイ以上に包帯が巻かれ、相当なダメージを負っているはずなのに。

 その原因となった人間が目の前にいるのに。

 グレンの目には一切の憎悪が宿っていない。


「何で私を助けたの?」


「……気になってたんだが、何でお前、私って言ってんだ?」


 レイを男と認識しているグレンは、さして重要でもないことが気になるらしい。


「何でも何も、女が私って言うのは普通でしょ?」


 すでに性別がばれていると疑っていないレイは、グレンにとって衝撃な事実をあっさりと語る。それに対するグレンの反応は……。


「はあ!? 女って……お前が!?」


 この反応でレイは気付いた。自分の勘違いに。


(……まったく、一人で深読みして、バカみたいじゃないか。どうでもいいけど)


 自分の愚かさを認識しつつも、どうでもいいことと捨て置く。

 もはやレイには何も残っていない。自分の馬鹿さに呆れたところで、何の問題もない。

 しかしグレンは、何でもないと断じられることではない。


「ちょ、ちょっと待て! てことは今まで俺がやってきたことって……」


 自分のやってきたことを思い返すグレン。

 一つ一つ精査して行こう。


 一つ、女性の部屋に押し入り無理やり同居した。

 二つ、寝ている女性の髪を触った。

 三つ、女性の部屋に数十秒とはいえ忍び込んだ。

 四つ、身体情報を金で買った。

 五つ、エロい絵を買った。


 他にも余罪がちらほら。明らかに下劣で最低な男だ。知らなかったとはいえ、有罪確定。


「もういいよ、気にしなくて。それより私の質問に答えてよ。なんで助けたの?」


「い、いや、お前が許したとしても、それではいそうですかって納得したら、俺ってクズだろ?」


「君がクズかどうかなんてどうでもいい。それに君を殺そうとした私の方が、よっぽどクズだろ? どんな理由があるにせよ、人を殺そうとしたんだし」


「……なんか、今までのことをお前が女だって認識して考えて見たら、殺されても文句言えなそうなんだが……」


「そうかもしれないけど、された人間がどうでもいいって言ってるんだ。これ以上この話を広げるのも、クズな行為じゃないの?」


「それは……そうか?」


「そうだよ。それより私の質問に答えてよ。なんで私を助けたの?」


 これ以上グレンがクズかどうかなどという、レイにとって何の価値もない話を終わらせ、本題に移る。

 なぜ殺そうとした相手を助けるような真似をしたのか?

 普通ならばそこら辺に放っておくか、とどめを刺すもの。こうしてレイの傷が手当てされていることなどまずありえない。

 グレンの行動は、異質そのものだ。


「別に理由なんてねえよ。何となく助けただけだ」


「そんなわけないだろ。自分に非があると思っていたとしても、殺そうとした相手に慈悲を与えることなんてしない。君は私を殺すべきだったんだ」


「……何かお前、キャラ変わってねえか? いつもならもっと怒ったように言い返すよな? それなのに、今は冷静そのものだし」


「背負っていた物を全部捨てた。それで残った私が、今の私なんだよ」


「なんかよく分かんね」


 今までのレイと何かが違うと感じたグレンは疑問を呈するが、レイは依然としてあっさりとすべてを済ませようとする。

 自分については限りなく希薄に物事を進め、グレンの心情をこそ主題にする。


「早く私の質問に答えてよ。どうして私を殺さなかったのか」


「そうはいってもなー。マジで何となく助けただけだし」


「……そう、ならいい。なんで助けたか分からないってことは、特に助ける理由がないってことだよね?」


「そりゃあ……そうなるか?」


「なら、君にとって私はどうでもいい存在だってことだよね? 殺してよ」


「……は? ちょ、ちょっと待て。なんでいきなりそんな話になるんだ? 今までの話的に、俺がお前を助けた理由は無いにしても、殺す理由もないから助けたんだぞ?」


「つまり、私が死んでも生きていてもどうでもいいんでしょ? 私はもう生きてる意味はないから、殺してもいいよって言ってるんだよ」


 レイのこの言葉は、本心から来るものだ。

 何もかもを捨てたレイには、生きる理由も目的もない。このまま屍のように無為に人生を過ごすだけだ。

 ならば、それは生きているのも死んでいるのも、何も変わりはしない。


「……なら、勝手に自殺でもすりゃいいじゃねえか。何で俺に殺させようなんてするんだ?」


「自殺してもいいし誰に殺されてもいい。ただ君には迷惑をかけたからね。ストレス発散ぐらいはさせてやってもいいかなって思っただけだよ」


「……お前、狂ってるぞ」


「知ってる。私の見解では、狂ってると言うより破綻している、だけどね」


「なんだよ。あの時はお前の目に今まで会ったことのある奴とは比べようもないほどの熱を見たってのに、あれは俺の勘違いだったのか?」


「そんなことはないよ。あの時の熱は君を殺すために宿っていた物。それが失敗したから、こうして無気力になっただけさ」


「……俺の所為ってか」


「違うね。全部私の自己中心的な考えのせいだよ。君を殺せなかったからこうなった。けど君を殺さないと今までの私ではいられなかった。どうしようもないでしょ?」


「なんでそんなに俺を殺したいんだよ。マジで涙が出てくるぜ……」


 言葉通り、グレンの目には確かに涙が溜まっている。あと少しで流れ落ちてしまいそうなほどに。


(最後ぐらい、こいつの気持ちを晴らしてやってもいいかな)


 泣きそうなグレンを慰めるべく、レイは自分の行動の理由を話すこと決める。

 どうせ死を予定としている身だ。ここで何の話をしようとも問題はない。


「グレン、別に君が悪いわけじゃない。私は……」


 それから、そこそこに長い時間をかけてレイは説明を施す。

 今までの行動、それをすべて父に認められるためにやっていたこと。

 そのために演技をしていたこと。

 父は自分に憎しみを抱いていたこと。

 称賛される方法が、全ての英雄を殺すことと思い至ったこと。

 すべてを事細かに話した。


「これが私の行動理由。ね? 君は何も悪くないだろ?」


「……確かに、俺は何も悪くないな。完全なとばっちりだ」


「納得してくれたならよかった。で、不満は溜まったかい? 殺したければ殺すといいよ。私の事を犯してもいいよ。君、私に好意を持っていたんでしょ?」


「女の子がそんなことを言うもんじゃありません!」


 ヤリたければヤレというレイに、グレンは剣幕で詰め寄る。

 それを無表情で見つめ返すレイ。


「私は気にしないよ? どうせ後で死ぬんだし、君に処女膜を破られようと恨んだりしないから、安心して襲うといいよ。なんなら気持ちいい演技だってしてあげるよ? さっき話した通り、演技は得意なんだ」


「だから女の子がそんなこと言うな! てかお前は俺がどんな男だと思ってるんだ!?」


「金で女性の情報を買いあさる外道。あまつさえ部屋に忍び込む変態」


「ぐっ……!」


 実際に犯した変態的行為を冷静に論じられ、グレンは何も言えない。

 今までの行動を考えれば、グレンがレイを襲って欲望の限りを尽くしたとしても不思議はない。むしろそうしてこそつじつまが合う。

 グレンは女性の敵、どうしようもなく下の方はだらしない男という認識だ。


「どうするの? 私はここで服を脱げばいいのかな? それとも着たままやる? 折角だし君の性癖に付き合ってあげるよ」


「……お前、ちょっと黙れ」


 レイの言葉を遮り、グレンは頭を抱えた。

 目の前の女性は完全に生きることを諦めている。人生の大半を占めていた生きる目的がなくなってしまえばそれも分からなくはないが、そう納得できるほどグレンは器用ではない。

 たとえ自分を殺そうとした相手であろうとも、同情できる理由があり、今も継続して好意を持っているという事実から、どうしても放っておくことなどできない。

 しかしグレンの稚拙な頭では、レイに生きる目的を作り出すことなどできない。


「殺しもしないし犯しもしないんなら、もう自殺してもいい?」


「……させねえ。させねえよ! 殺さない、犯さない。自殺もさせない!」


「なら行動で示しなよ。それができもしないくせに理想論を語らないでよ」


 助けを求めて助けてもらえなかったレイの意思は固い。

 それは夢の中の話で、現実とは違う。現実ではレイを助けようとする人間は大勢いるだろう。大金を払ってでもレイの力になりたいという人間は確かに存在するだろう。

 が、それはあくまでも、助けようとする人間だけだ。

 どれだけの行動を起こそうとも、何もかもを諦めつくしたレイの心を真に救える人間などいない。

 冒険者たちも、街の住人たちも、グレンも、メイドたちも。

 唯一いるとすれば、それはただ一人。レイの父のみだ。

 しかしそれが絶対にありえないからこそ今の状況がある。

 誰も、レイを救うなどできはしないのだ。


「早く決めなよ、私をどうするか。見捨てるか欲望に忠実になるか、どっちか一つだよ」


「俺の欲望は、お前に生きてもらうことだ」


「なら残念。それは叶えられない。分かる? それは一番、私の心を傷つける行為なんだよ。生きていることが辛いと感じる人間の気持ち、考えたことがある? この世にはどうしたって救えない人間は確かに存在するんだよ」


「それでも! 俺はお前を助けたい!」


「……話してても無駄だね。私はそこらへんで死んどくよ。冒険者たちは騒ぐだろうから、納得のいく遺書は作っておく。君の名前は出さないから、安心して」


 頭を抱えるグレンを放置し、レイはこの場を去ろうとする。

 誰も自分を救えないんだという絶望を胸に……。


「待てよ、待ってくれ」


「待たない。私を助けられもしない人と話しても意味がない」


「……頼むよ。俺に、見捨てさせないでくれよ」


「助けられないんじゃ、結局は同じでしょ?」


「そうだけど! でも、見捨てられないんだよ! お前だってわかるだろ!? 長い間叶えられない目標を捨てずに持ち続けたお前なら!」


「分かるよ。けどそんなの私には関係ない。君の中で私がどれだけ大きな存在なんだとしても、私の人生をどうこうする権利はないんだよ。」


「分かってるよそんなこと! ……けど、どうすればいいんだ?」


「考えなよ。それでだめなら諦めな。分かるでしょ? どれだけの力を持っていたとしても、出来ないことは確かに存在するってこと。それとも挫折するのは初めて? 今までは君のその剛腕で無理やりにでも叶えてきたのかな?」


「……いや、救いきれなかった人間は確かに存在する」


 歯を食いしばり、グレンは苦悶の表情をする。

 それほど、助けられないことが辛いのだろう。

 しかしレイには関係がないことだ。

 その助けられなかった者のリストに加わるだけの話。


「もう行くよ。絶望したまま生きるってのは……つらいからさ」


「待てよ!」


「待ってほしかったら私に生きる理由を頂戴」


「そんなの……だいたい、生きる理由ってのは、時間をかけて見つけるものだろ?」


「その時間が、私には耐えられないんだよ」


「なら俺が支えてやる! お前が倒れても、目を閉じても、お前のすぐ隣にいて、ずっとずっと支えてやる! 耐えられるようにしてやる!」


「……どうして、そこまでできるんだい?」


 レイには、純粋に分からなかった。どうしてグレンは赤の他人にここまで執着するのか。

 殺そうとした相手にここまで親身になるのか。

 ただ好きだからという理由だけでは、納得が出来ない。

 しかしその問いに対するグレンの解答は、不明瞭なものだ。


「んなの分かんねえよ! けど、目の前で死ぬなんて言ってるやつ、放っておけねえだろ?」


「私なら放っておくよ」


 偽りのない事実だった。

 レイはたとえ誰が死のうとも、悲しまない。涙を流さない。

 例外は父だけ、そんな人間なのだ。


「それはお前が何も知らないからだろ? さっきの話を聞いたら、俺みたいなバカでもわかるさ。お前は英雄になるために必死で努力した。だから、それ以外には見向きもしなかった。マニュアル通りの人を演じるだけ。そんなんじゃ、人の心は分からねえよ」


「……つまり、人間として破綻してるんだろ?」


「今の話だ! 全部を捨てて、なんのしがらみもなくしたお前なら、普通になれる! いや、俺がさせてみせる!」


「……分からないな、分からないよ。君の考えていることが……したいことが、まるで理解できない。なにもかも、理解できないよ」


「俺だってわからないんだ。お前に分かるかよ」


「自分でも……わからない、か……」


 その発言が、レイの心にわずかな変化をもたらす。

 グレンの考えなしの行動は、言動は。

 明確な答えを求め続けるレイにとって、信じられないことだった。


「そんなに考えなしで生きて、大変じゃないの?」


「したいからしてることだ。大変だと感じても、つらくはない」


「……そうか」


 レイは、分かった気がした。

 自分の求める答えが何か?

 どうありたいと思っていたか?

 その答えは、とても単純なものだった。


(私はグレンみたいに、バカになりたかったんだ)


 目的のためにすべての思考を捨て去る非効率極まりない行動を。

 それだけしか目に映らない愚者の有様を。

 グレンにはおそらく、レイしか見えていない。


「君はきっと……どうあっても私に死なせてくれないんだね」


「当たり前だ」


「……うん、やっぱりね。君には、私しか見えてないんだ」


 求めていた物とは違う。

 英雄になれたわけでも、父に認められたわけでもない。

 ほしかったものは何一つ手に入れてなどいない。

 感じた苦痛に対する対価などなにもない苦痛だらけの人生。

 そんなレイの唯一手に入れたものは、好きでも何でもない男からの視線だった。


「……いいよ。君に免じて、死ぬのだけはやめてあげるよ」


「本当か!? 本当に死なないんだな!?」


 レイの言葉を聞き、グレンは勢いよく肩に掴みかかった。

 鼻息がかかるほどに顔を近づけ、レイは正直いやになる。


「邪魔」


「うおっ!」


 グレンを押しのけ、足を払い、地面に転ばせる。


「いつつ……なにすんだよ!」


「女性に詰め寄る物じゃないよ。下手をすれば嫌われるから」


「……すいません」


「分かってくれたならいいよ。ほら」


 地面に伏せるグレンに、手を差し伸べるレイ。

 その表情は、グレンの心配が吹き飛ぶほどに清々しいものであった。


「なあレイド……」


「私の名前はレイだよ。レイドは偽名」


「そうか……ならレイ」


「なに?」


「お前、これからどうしたい?」


「特にしたいことはないかな。やることもないし、とりあえず君についていくよ」


「……それって、俺と付き合うってことでいいのか?」


「違う。ふざけたこと言ってると、君を殺すか私が死ぬよ?」


「ワリィワリィ、もう言わねぇよ。……けどよ、アタックし続けるぐらいはいいよな?」


「……勝手にするといいよ」


 そこで、二人の会話は途切れた。

 まだ傷が完治していない同士の二人は街に戻り、病院へと足を運ぶ。


     *


 レイは英雄になれなかった。

 求めるものをすべてなくし、生きる理由さえ失った屍のような存在になった。

 だがグレンという、考えなしの底無しの馬鹿であり、英雄と呼べる存在により、意味のない人生を生きてみようと思えた。

 死んでもいいという心はいまだに残っている。ちょっとしたきっかけでレイは己の命を絶つだろう。今はただ、グレンに興味があるから生にしがみついているだけ。

 破綻した心はそう簡単には戻らない。

 しかし、大丈夫だろう。

 問題を抱えながらも、一度は死のうと決意した心をグレンは変えた。

 考えのない、直感的な物だったとしても。

 たまたまレイの琴線に触れただけだったとしても。

 グレンの言葉は、確実にレイに突き刺さったのだ。

 きっと、レイは幸せな人生を見つけることが出来る。

 自力で見つけられなかったとしても、グレンがいる。

 数多を救い続けてきた英雄が、レイの傍にいる。

 確信などない。根拠などない。

 それでも、レイは幸せな生活に巡り会うことが出来るだろう。

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