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無意味な策 結局は実力行使

(パパ、待っていてね。僕はパパの役に立つ人間になるから)


 最悪な決意を胸に秘めたレイドは自身の取っている宿屋へと戻り、準備を始めている。

 グレンを殺す準備を。


(腐っても英雄だ。入念な準備は必要不可欠、それでも勝てるかどうかわからない)


 レイドの頭の中では、殺す算段はついている。たとえグレンといえど、うまくいけば確実に殺せるだろう策が。しかしグレンは数多の修羅場を潜って来た生粋の戦士、何があるかはわからない。

 予想外なことが起こり、それがレイドの身を滅ぼす結果にもなりうる。

 どれだけ策を考えても、武器を用意しても、グレンを殺せないかもという懸念は消えてはくれない。返り討ちにあう恐怖は確実に胸に残り続ける。

 だがそれは戦うことへの恐怖。人間ならば誰しもが持つ、殺すことへの恐怖は無い。

 グレンを殺すことはレイドの中で確定事項、躊躇うことはない。悪いこととも思っていない。もちろん、良い事だと思ってもいない。

 ただ目的のため、グレンが邪魔な存在だから殺す、自分の満足のために殺す。

 そこには善も悪もない。子供のような純粋な心で、無邪気な思考だけがある。

 事が成功した時の、自身にとって都合の良い結果だけを期待して。


(これで準備はオーケー、あとはグレンを殺しやすい場所に誘導するだけ)


 すべての準備を終えたレイドの行動は早かった。嫌っている男の部屋へと赴き、作戦の第一歩を開始する。


「グレン、いるかい? ちょっと話があるんだけど」


 レイドは扉をノックして、声をかける。すると部屋の中から何やら慌ただしい音が聞こえてくる。何かがぶつかった音が連続的に鳴り響き、グレンの絶叫が聞こえる。


(いつもいつも、やかましい男だ)


 騒音をまき散らすグレンにいら立ちながらも、レイドはじっと待つ。グレンのこの行動は、待っていれば自然と止むものだ。胸の内から溢れる感情を押し込め、頭の中で作戦を反復して落ち着きを取り戻す。

 十秒くらい経ってから、ようやく部屋の扉が開いた。現れたグレンはシャツにパンツのだらしない姿だ。男の無防備な姿に目を逸らしそうになるも、レイドは正面を向いて話を切り出す。


「今日はちょっとお願いがあってきたんだけど……」


「いいぜ、付き合ってやるよ。準備するからちょっと待ってな」


(……要件聞いてから答えなよ)


 早すぎるグレンの行動、レイドにとっては好都合なはずなのに、自由すぎる行動がより一層の苛立ちを与える。計画を前倒しにして、今すぐ剣を突き立ててやりたいほどに。

 しかしそんなことをするはずもなく、作り笑顔を浮かべて思ってもいないことを口に出す。


「ありがとう。やっぱりグレンは頼りになるね」


 そんなことは一度も思ったことが無い。力があることは認めても、それに頼ろうなどと思わない。困ったことがあっても助けなど求めないのが英雄。それにたとえ助けを求めるにしても、グレン以外の、レイドと気心が知れた気になっている冒険者たちに頼む。

 そんなレイドの気持ちを知らないグレンは、好きな人からの頼りになる発言を聞き、体中に力がみなぎる。露出している腕に力こぶが見え、やる気が見ただけで伝わってくるほどに。


「よっしゃ! 俺の頼りになるとこ、特等席で見せてやるよ!」


 とびっきりの笑顔でそう言ったグレンは瞬く間に支度を済ませた。レイドほどの大きさの巨大な剣を携え、すでに臨戦態勢が整っている。


「やる気満々だね。ま、今からそんなに肩ひじ張ってなくても、目的地は遠くの方だからリラックスしてなよ」


「おお! リラックスだな!」


 まったく体の力を緩めることなく言い張るグレン。レイドはそんな態度にため息をつきつつも、何も疑っていないグレンの顔を見て安堵もする。

 これも日頃の信頼のなせる業だろう。


「で、どこに行くんだ?」


「この街から北に三十キロほど行ったところにモンスターの巣があるらしいんだ。今はまだ依頼として扱われてないけど、お金のために放っておくのは良くないからさ。まだ情報が少なくて危険もあると思うから、他の冒険者には内緒で、僕とグレンで解決したいんだ」


「なるほどな。昨日どっか行ってると思ったが、情報を集めていたのか」


 もちろん嘘だ。北にモンスターの巣などありはしない。もしかしたらあるかもしれないが。


「それじゃあ早速行こうか。秘密裏に行くから、馬車は使わないよ。歩いて行くんだ」


「走った方が早くねえか?」


「歩いて行くの!」


 以前のように走らされたことをレイドは忘れていない。余計な体力を使わないためにも、念には念を入れて、走ろうとするグレンに念押しする。


「いい!? 勝手な行動はしないで、僕についてきてよね!」


「お、おぉ……」


 レイドが顔をよせ、グレンの鼻先につくかもという至近距離で詰め寄る。その行動にたじろいだのか……いや、微妙にうれしそうな顔を浮かべてグレンは首を縦に振った。

 そして二人は多くの荷物を携えて、目的地へと向かった。


 歩き始めてから三時間ほど、グレンは疑問に思い尋ねる。


「なあ、こんなペースじゃ目的地に着くことには日が暮れてるぞ?」


 平均よりも早いペースで歩いているとはいえ、この時点でまだ十五キロほど、単純計算であと三時間かかることになる。そして予定を済ませたあと、また六時間も歩くことになる。

 すべてが終わった時には、夜中になっているだろう。


「……大丈夫だよ。それより喉は渇いていないかい? 水でも飲む?」


 レイドはバッグの中から水筒を取り出し、グレンに差し出した。


「お、悪いな。んじゃもらうわ」


 思い人からの差出物、たとえ水を所持していたとしても、グレンは受け取る。

 何の疑問も抱かず、ただ喉を潤わすためだけに水を流し込む。

 罠とも知らずに。


(毒を盛ることには成功っと。効果が表れるのは一時間ほど。その時が狙い目だな)


 レイドがグレンに与えた水は、当然のごとく善意ではない。殺意に満ち溢れたものだ。

 遅効性の毒物を流し込んだ、特別製の毒水。常人ならば歩くことすらままならなくなるだろう。さしものグレンといえど。何かしらの反応を示すはずだ。


(でも念には念を入れて、もっと毒は持っておこう。用意していた食料を食べさせて……)


 水を飲ませた後も、レイドは用意していた毒物をグレンの胃の中にぶち込み続ける。

 一つ二つ、三つ四つと、大量に。


 そして一時間が経過したころ……


「あー、食い過ぎたな。俺、ちょっと走ってカロリー消費してくるわ。お前は歩いていていいからよ」


 大量の毒を摂取していたはずなのに、なにも問題ないかのようにグレンは振る舞う。

 むしろ栄養を摂取したおかげで、元気が有り余っているようにすら見える。


(あ、あれ? 一時間たったよね? そろそろ効いてくるはずなんだけど……というか死んでもおかしくない量を摂取してるはず。いくら遅効性の毒とはいえ、あれだけの量を摂取すれば一時間どころか即死でもおかしくないはず)


 何か不備があったのではないか? そう思い立ったレイドは毒水を近くの植物に流し込む。そしてグレンが戻ってくるまでの三十分の間、その植物を見守る。

 すると見る見るうちに植物は枯れ、見るも儚く散っていった。


(ちゃんと毒だよね? 毒で間違いないよね?)


 自身の持ち物が毒であることを再確認したレイドは、首をかしげる。

 なぜグレンはあれほど軽快に動けるのだろうか? なぜ生きているれるのだろうか?

 そう考えていると、何やら怪しいキノコを食べながら、グレンが戻ってきた。


「よお、休んでたのか?」


 グレンの食べている物を見て、レイドは驚愕した。

 それは紛れもない毒キノコ、しかもレイドの持ってきた物以上に強力な、食べた物を一瞬で滅ぼす殺傷力を持った毒キノコだ。


「グ、グレン、それ……」


「ああ、さっき拾ったんだ。食べたいのか?」


「い、いらないいらない! ていうかそれ、毒キノコだよ!? アサイダゲっていう毒キノコ!」


「ん? そうなのか?」


「そうなのかって……平気なの?」


「まあな。俺には特別な加護があって、体内に入った毒物は全部浄化されんだ」


(……まじかよ)


 作戦失敗。毒物を飲ませて力を根こそぎ奪う作戦は、グレンの予想外かつ都合の良い加護によって無に帰したのであった。


(ま、まだだ! まだ作戦はある!)


 その後も何度もアクションを起こしたレイドであったが、そのすべては空しくも無意味に終わった。グレンの想像以上の身体能力、および特殊能力にはレイドのチャチな作戦など微塵も効かず、目的地まで何の問題もなくついてしまった。


(……しょうがない。予定と大分違ったけど、グレンを殺そう)


 予定ではすでにグレンは息も絶え絶えのはずだった。最高の場合、もう死んでいていもおかしくはなかった、だが実際は毛ほども苦しんでおらず、ピンピンしている。

 こうなれば直接殺すしかないと、無防備な背中を晒すグレンの後ろで、剣を抜く。


「なあレイド、ここらへんに巣があるのか? そんな気配、何も感じないんだが……」


 辺りを見回し、モンスターを探すグレン。その姿はレイドに対して何の警戒も抱いていないことが分かる。隙だらけのグレン、殺すことを決意したレイドの行動は、早かった。


「ターゲットなら、ここにいるよ」


「ここにって、どこにも……………………っ!」


 振り向こうとしたグレンの横っ腹に、レイドの剣が突き刺さった。

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