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身勝手な憎悪

 食堂にはすでに食事が用意されており、レイの父はレイを待つことなど当然せず、先に食事を始めていた。レイも急いで椅子に座り、食事を開始する。

 すると、普段からは絶対にありえない行動を、レイの父がする。


「そう言えばレイ、一つ聞くが……」


 まさかの父親からの言葉に、レイは驚きと歓喜の入り混じった、思わず叫びたくなる感情になる。。


「なにパパ? 何でも言ってよ」


 今日一の笑顔を見せながらレイは言う。この一瞬の時間が、レイにとって最も至福な時となる。それはすべての人生において。

 だがそのすぐ後に、すべての人生において最も絶望するときになる。


「お前の拠点としている街に、グレンという冒険者が来たそうだな」


「っ……!」


 思わず、苦虫をかみつぶしたような、不快な顔をするレイ。それでも父からの質問、苦い感情を押し殺して笑顔を保つ。


「うん、確かにグレンはいるよ」


「そうか。長い期間いるのか?」


「正確には分からないけど、たぶん……」


「なるほど、ならばこちらから接触しに行くのもありか」


「それは……!」


 さすがに許容できなくなったのか、己の衝動の思うままに立ち上がるレイ。

 不満を口にしようと口を動かした瞬間、遮るようにレイの父が口を開く。


「あの男を使い私の経営する店の宣伝をすれば、さらなる利益を得られることは間違いない。今までの実績から考えても、今の五割増しにはなるか」


 レイの父のグレンに寄せる関心はあくまでも利益目的の物、そこにレイの求める感情はない。だが感情はなくとも、行為はしている。

 見るという行為を。

 レイは十数年間、一度として父に見てもらった記憶がない。もしかしたら赤ん坊のころにあるのかもしれないが、そんなものはレイの記憶にない。してくれたことがないと同義だ。

 なのに、レイの父が一度として顔を合わせた事のないグレンは、見てもらっている。

 レイの胸に宿る感情は、爆発寸前だった。


「……宣伝だったら、僕がするよ。僕だってたくさんのモンスターと戦って、実績を上げてきた。パパの求める結果を、僕だってあげられる!」


 初めてかもしれない。レイが自分の口から、父の力になると言ったのは。

 今までは父という偉大な存在を手伝うなど、自分にはしてはいけないことと考えていた。

 しかしグレンが父の手助けをするならばと、対抗心のような感情で、初めての手助けを申し出る。それに対する父親の反応は、


「お前の助けなどいらん」


 あまりにも簡素なものだった。

 父の言葉の真意は分からない。ただ一つの事実は分かる。

 父はレイではなく、グレンを求めていると。


「なんで!? 倒してきたモンスターの強さが違うから? 活動してきた範囲の違い? 期間の長さ? 僕とグレンの何が違うのさ!?」


 はっきりと明確化すれば、レイとグレンの差は計り知れないだろう。

 助けた人間の数、活動範囲の広さ、対モンスターの実力、どれをとってもレイがグレンに勝てる要素はない。あるとするならば、それはレイの拠点とする街での信頼と、対人スキルのみだ。差など、歴然としている。

 そんなことは無論、レイは分かっていた。しかしあの街での宣伝ならば、レイとグレンに差などないはずだ。むしろレイの方が多くの人間を引き付けるはずだ。

 そのことに対する父の返事は、レイを絶望させる。


「私はお前という娘が、憎いのさ」


「……憎……い……?」


 考えたこともなかった。父の自身への仕打ちが無関心から来るものではなく、憎悪から来るものなどと。好かれていないことは百も承知、だが嫌われてもいないと、レイは思っていた。

 なのにレイの父は言った。憎いと。


「ど……して……?」


 予想外かつ絶望的な言葉に、レイは言葉をうまく吐き出せない。

 しかし両の目から、涙だけは流れている。


「私の妻シルフィは、お前を生んで死んだのだ。お前さえいなければ、妻は死ななかった」


 それは、あまりにも身勝手な暴論。レイの知ったことではなく、起きてしまった不幸な事故でしかない。それなのにレイの父は、全ての責任がまるでレイにあるかのように語る。


「そん……なの、僕には……」


 何も関係がない、そう言おうとしたレイを遮り、レイの父は続ける。


「本来なら妻の体を考え、子など一人も作る気はなかった。だが両親からの強制的な命令により作るしかなかっただけだ。私はお前に一切の愛情はなく、憎悪しかない」


 レイにとっては死刑宣告にも近い、無慈悲な言葉は続く。


「失敗だったよ、お前を作ったことは。本当なら両親もろともお前を殺してやりたいが、シルフィはお前に一定の愛情は持っていたからな。不自由のない暮らしぐらいならさせてやる」


「殺して……?」


「分かったなら早く座れ。飯時だというのに、埃が立つだろう」


「…………」


 レイにはもはや、何も聞こえてはいない。意識すらあるかどうかわからない。

 巨大な鈍器で殴られたとさえ錯覚する衝撃が、レイを襲っていた。

 ふらふらと頭を揺らし、今まさに倒れようとしたとき、


「危ない!」


 リリが意識を失ったレイを支えた。そしてそのままレイを抱えながら、自身の主人を睨みつける。


「なんてことを言うんですか! 奥様を失ったご主人様のお気持ちは察しますが、それでもこれは言い過ぎでしょう! レイお嬢様は、何も悪くないのですよ!?」


「うるさいぞ、静かにしろ」


「いいえ黙りません! レイお嬢様は本当にご主人様がお好きなんですよ? その気持ちに応えようとは思わないんですか? 実の娘ですよ!?」


「思わん。私は誰がなんと言おうとレイに愛情を示すことはない。持つ感情はただ一つ、憎悪だけだ。いい加減に黙らないと、お前をクビにするぞ。出自ゆえに低賃金で雇える貴重な人材だが、それでも代わりはいくらでもいるのだ」


「そんな……!」


「黙れ。次はないぞ」


「っ……! かしこまりました……」


 自身のクビを握られては、リリは強く言えない。それ以降は何も言うことはなく、気を失ったレイを静かに部屋まで運んだ。

 その行動には少しの興味もなく、ただ粛々とレイの父は食事を続けた。

 この場にいるメイドたちは、みな全員がこう思っていた。


『ひどすぎる』と。


 実の娘に対しての仕打ちとしては考えられないほどの暴挙、暴言の数々、誰であろうとレイに同情し、レイの父を蔑むだろう。

 そんなことは、レイの父は自覚している。

 普通の父親とはかけ離れた行動をしていることも、多数の人間から軽蔑されていることも。

 すべてすべて、理解し自覚していた。

 だとしても、この態度が変わることはない。自身のひどさを自覚しているように、レイに対する憎悪もまた、揺るぎないものだと自覚している。

 誰に何を言われようと、この態度が変わることはない。

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