着せ替え人形
「そう言えばレイお嬢様、まだ男性として活動されるんですか? もう女性とバレているのなら、いっそ女性として振る舞った方が楽なのでは?」
「ううん、僕は男として生きるよ。あの街ではバレているけど、他の場所ではそうじゃないからね。やっぱり女より、男の方が冒険者稼業は都合がいいし」
「そうですか……この家では、僕と言わず、私と言ってはどうですか?」
「それがねえ、なんかこっちの言い方が慣れちゃって、僕の方がしっくりくるんだよね。……けど、たまに頭がスーッとした時なんかは私って言うんだ」
レイはレイド、女ではなく男。そう意識しているゆえか、すでに僕が定着してしまっている。アグラールとの戦闘後はなにやら清々しさがあり、レイとして接した。だがそれ以外は、常にレイドであると意識して行動した。
その結果だろう。レイの普段ですら、レイドの名残が残ってしまっている。
「……なんか、すいません」
レイの言葉に、リリは頭を下げて謝罪した。
その意味を理解しているレイは、困ったような笑顔を見せる。
「そんな、謝らないでよ。確かに僕が最初に男になってみようって思ったのリリさんの影響があるけど、それは僕がバカだっただけだし」
レイの男として生きる理由、それは英雄への近道という理由だけではない。
むしろ英雄への道は後付け、本来はあまりにも滑稽な理由によるもの。
「……ですが、私があなたにあんなことを言わなければ……」
「だから気にしないでって。それに、責任があるとしたらリリさんより、君のお兄さんでしょ?」
「そう……ですが」
あまりにも滑稽すぎる理由の元凶は、リリの兄にあった。
事のあらましはこうだ。
数年ぶりにリリは兄に会った。その兄はなんと姉になっていた。
久しぶりに会った妹への言葉が、
『オネエちゃんと呼んでね』
だというのだ。それを聞いたリリはあまりの驚きに言葉を失い、その場に跪いた。
その姿を見た、当時十三歳のレイは、リリにこう尋ねた。
「お兄さんが女になって、そんなに悲しいの?」
返事など決まりきった言葉を、当時のリリは弱々し気に答えた。
「……はい。身内の性別が変わってるなんて、悲しむなという方が無理な話です」
その言葉を聞いたレイの行動は、神速だった。
当時のレイは、父に振り向いてもらうために文字通りなんでもした。
喜んでもらうことがベストだが、まずは振り向いてもらうためと、怒らせようと家の中をめちゃくちゃにしたり、困らせようと高い物をねだったりした。
しかしそれらすべてを無視されたレイは途方に暮れ、何をしていいかもわからない状態にあった。そんな時のリリの言葉、鵜呑みにするなという方が酷な話だ。
持っていた女性服は全て焼却し、男性服を買いそろえた。
口調も仕草も何もかもを変え、完璧に男性に成り切ったのだ。
これが事の真相。
父に悲しんでもらいたいから行ったこと。
のちに英雄となることが父に振り向いてもらうための近道と考えたレイは好都合と男性のまま冒険者登録をした、ということだ。
何と滑稽な話だろう。
一人の人間の心を変えるための行動、それだけで性別を変えようとするなど。
特にそんな性癖があったわけでもなく、性同一性障害などでもない。
ただ驚かせようと、悲しませようとしただけ。
馬鹿と言わずしてなんであろうか。
「今だに私は納得していませんからね、レイお嬢様のことは。兄は……悲しいですが自らの性癖ゆえの行動ですが、あなたのそれは違います。本当は女の子の格好をしたいのに男になるという苦行なんです」
「別に、女の子らしい服装をしたいって願ってるわけでもないけど……」
レイはものぐさな人間、ファッションにも実はそこまで興味がなかったりする。
「何言ってるんですか!? せっかくそんなに可愛く生まれたというのに、オシャレしないなんて全女子に対する冒涜です! というわけで、お着替えしましょうか」
レイの部屋にあるクローゼットを開け、リリは邪な笑みを浮かべた。
基本は放置されているはずのレイの部屋、そのクローゼットに何か入っていることなどありえない。百歩譲って、レイが捨て忘れた物しかないはずだ。
それなのにその中には、びっしりと女性服が詰め込まれていた。
「いいよそんなの。そんなことよりもっとおしゃべりしようよ。パパが帰ってくるまでまだ時間があるし」
「ミーア、おいで!」
レイの言葉を無視し、リリが指を鳴らして、一人の女性を呼んだ。呼び出しからものの数秒で現れたメイドの少女。
ミーアはリリの手によるサインから意思をくみ取り、レイに襲いかかった。
「わっ! なにするんだ一体!? あっ、そんなとこに手を入れないで……」
「と言っているけど、リリ、私はどうすればいい?」
「続けて大丈夫です。レイお嬢様を素っ裸にしてあげなさい」
「了解」
「了解じゃなぁぁぁぁぁぁぁい!」
抵抗虚しく、レイは身に纏っていた衣服を、下着を含め完全に剥ぎ取られましたとさ。
「うぅ……もうパパのお嫁に行けない……」
「そんなものはなから行けません! さ、こっちのお洋服に着替えましょうねえ」
抵抗するも裸の気恥ずかしさからか、レイはなす術もなくリリの着せ替え人形になり下がる。
普段は絶対に着ることのないフリフリの衣装を着せられ、もはやレイに抵抗の意思はない。
この時間が過ぎ去るのを待つばかりだ。
(僕は今日、癒されに来たんだけどなぁ……)
弄ばれ、心に疲労がのしかかる。
「うーん、我ながらいい出来だわ! これならきっと、ご主人様も目を奪われるわね」
「え? そ、そうかな?」
嫌々な気持ちが、一瞬にして吹き飛ぶレイを見て、リリはほくそ笑む。
(ふふふ、ちょろいわ)
ここぞとばかりにリリは化粧道具を、アクセサリーを揃え、レイの着飾りを行う。
「レイお嬢様って、お化粧したことありましたっけ?」
「ないよ。興味はあったけど、めんどくさいし」
「ピアスつけたりとか指輪したりとかしないんですか?」
「しないよ。邪魔だし」
「髪やお肌のケアなんかは……」
「石鹸で十分だよ」
「……あなた、女じゃない」
「そういうのが煩わしいと思う女性だっているよ。でもまあ、パパが何か思ってくれるのなら、こうして化粧するのもありかもしれないね」
どこまで行ってもレイの行動理念は変わらない。
すべてがすべて、父のため。それ以外はどのようなことでもめんどくさい、無意味と断じ、やろうともしない。些か女性としての意識が足りないようだ。
「人間なんてのは、汚くなきゃ何でもいいんだ。実際、僕はこんなんでも女の子たちに人気なんだよ?」
「それは元がいいからですよ。本当ならもっと身だしなみに気を付けるものですよ? 男でも女でも関係なく、異性に良い風に見られたいと思うのが当然なんですし」
「僕が良い風に見てもらいたいパパは興味無さそうだからしなかっただけだよ。今更だけど、本当にパパは褒めてくれるかな? パパが女の人に現を抜かすようには思えないけど」
「何を言っているんですか。女性に興味を持たないのなら、今ここにレイお嬢様は存在していませんよ。今までは偶々そういう女性がいなかっただけで、ご主人様もちゃんと男です。素材がよく、それを最大限に活用したレイお嬢様は世界トップクラスの女性なんですから、ご主人様も何か一言ぐらい言ってくれますよ…………たぶん」
実際はそんなことは一片も思っていなく、リリはただレイが女性としての自覚を持つようにしているだけだ。父からの愛情が得られない以上、レイが本当に幸せになるには今の感情、地位を捨て、女として生きること以外にないと考えているゆえ。
むしろここまでして父親から何も言われなければさすがに諦めるだろうという、リリなりのやさしさだ。
「さ、完成しましたよ。時間的にも、ちょうどご主人様が帰ってくる頃ですね」
「ホントだ。もう薄暗いね」
窓の外を見ると、すでに日が落ち始めている。薄暗い光が街を覆い、仕事を終えた人間もちらほらと見える。
レイが街を一瞥していると、屋敷内に鈴の音が鳴り響いた。レイの父が帰ってきたようだ。
「あ、帰ってきたようですよ。レイお嬢様、さっそく見せに……」
リリが言い終わる前に、レイはすでに走り出していた。
父が何か言ってくれるかもしれない期待と、どうせ何も言わないだろうという諦観の、二つの感情が合わさった複雑な感情で。
「パパ、おかえりなさい」
父を出迎えたレイの格好は、普通ならば十人いて十人が振り返る可愛らしい物だった。
そんな娘の姿を見た父の反応は、
「……いたのか」
何ともそっけない反応であった・
レイを視界に入れただけでそれ以外は何の干渉もしない。レイの格好に感想を言うことはもちろん、一瞬も目を奪われることなく自室へと戻っていった。
一言返ってきたとはいえ、無視と同義のその反応を見たレイは、さすがに心が傷つき……
(さすがパパ! 女なんかに目を奪われたりするような低俗な男じゃないんだね!)
評価が上がるだけだった。父のこの反応に慣れ過ぎたレイは、無視ぐらいでは何とも思わない。むしろその姿にかっこよさを見出し、心の活力とする強い精神は出来上がっていた。
(パパが振り向かないって再確認できたし、着替えてこよ。スカートって好きじゃないし)
もうこんな格好はしないだろうと自室に戻るレイだが、そんなことはメイドたちが許さなかった。着ていた服を再度剥され、一糸まとわぬ姿にされる。
「……ねえ、僕って敬われてないの?」
すでにすべてを諦めているレイは、虚ろな目で問いかけた。
「敬ってますよ? ご主人様の娘としてももちろん、美しい女性としても。これはすべてお嬢様のためにやっていることなんです。ご容赦ください」
「ご容赦くださいと言っている割には、ノリノリでやっているように見えるけど?」
「気のせいですよ。あ、この服なんか似合うんじゃないかしら?」
そう言ってリリが持ってきたのは、もはや服ではなく水着だった。
「あのさ、せめて部屋着にしてくれない?」
「そうですか。あ、レイお嬢様は普段下着で過ごしていますよね? これなんてどうです?」
「確かにそんな日は多かったけれども! けど今はなんか違う!」
叫びもむなしく、レイはメイドたちに体を弄ばれ、露出度の高い衣服で過ごすこととなった。
「こんな姿……パパ以外に見られたら死ぬよ……」
「どうしてこんなファザコンになれるんでしょうね。あんなに無視されてるのに」
「カッコいいものはカッコいいの! 僕を無視した時のあの凛とした表情や、仕事をするときの真剣な表情、思い出しただけで僕は昇天できる!」
「はいはい。それじゃ時間ですし、お食事にしましょうねえ」
レイの力説を軽くいなし、リリは先に食堂へと歩いて行った。レイはこの状態で歩き回るのはさすがにと、自分のもとの服装に着替えていそいそと食堂へと小走りで移動する。




