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父は笑顔を見せない

「レイドさん、今回の報酬、どうしますか?」


 冒険者ギルド、そこで一人の青年がレイドに、大量の金貨と少量の銀貨が入った袋を持ってきた。

 袋を覗き込むと、思わず目を覆いたくなるほどの輝きが目に入る。

 レイドは開けられている袋から銀貨を一枚とり、袋を持ってきた青年に押し付ける。


「この報酬は、みんなで分けていいよ」


 討伐の最大の功労者は、あまりにも割に合わない対価だけを受け取り、残りのすべてを戦闘に参加した戦士たちに渡した。

 通常であればありえるはずもない驚くべき行動、だが青年はレイドの言葉に何の疑問も抱かず、むしろそれが当たり前のように、慣れた手つきで金貨を戦士たちに渡していく。

 戦闘に参加した戦士は約百人、金貨を皆に平等に渡せば一人当たり五枚の金貨が手渡される。普通に過ごせば十日は働かなくとも食べていける額だ。

 この報酬、本来ならば半分はレイドの懐に流れても不自然ではなく、誰も不満を言うことはないだろう。それぐらいのことをやってのけていたのだ。

 だがレイドにとって、金など微塵もほしいとは思ったことはない。

 たとえ一生遊んで暮らせる金を手に入れたとしても、それで喜ぶことなどない。

 すべては英雄になるための行動。

 自分はわずか一枚の銀貨を受け取る。他の人間には報酬のすべてを明け渡す。

 それは英雄に確実に近づく行いだ。


「レイドさん、この後みんなで飲みに行くんですけど、どうですか?」


 金貨を配り終えた青年が、自分の取り分をポケットに無造作に入れた状態で聞きにきた。

 レイドは苦笑を浮かべて返答する。


「ごめんね。今日は父と食事の約束があるんだ」


「そう……ですか」


 飲みに行く金を稼いだ張本人、飲みの席で主役になれる男の不参加にがっかりする青年。

 いつもなら特に行きたいとも思わない飲みの席に参加し、少量の酒を飲んで退散するレイドだったが、今回ばかりは行けない。

 父親との食事は、何にも代えがたいイベントだった。


「今回はみんなで楽しんできて。これ、少ないけど使っていいよ」


 レイドは先程の自分の報酬の銀貨一枚と、懐から十枚ほどの銀貨を取り出し青年に手渡す。

 初めは申し訳なさから銀貨の受け取りを渋る青年だったが、差し出した厚意をレイドは引っ込めることはない。

 根負けした青年は銀貨を受け取り、仲間とともに酒場へと向かった。

 皆が酒場へと移動したのを見送ってから、レイドは自宅へと戻る。


 レイドの自宅はここから馬車に乗って三時間ほどの場所にある。

 いつもはギルドのある街の宿屋を取って生活しているが、月初めの一日だけは実家へと戻り、父親との食事をすることになっている。

 自宅へと戻る馬車に揺られながら、レイドは思う。


(パパ……今日は何を話そうかな)


 会話の内容を考え、頭の中で何度もシミュレートする。

 自分がこう言い、父はああ反応する。ほぼすべて理想に近い妄想、現実はそううまくはいかない。父親はレイドの想像通りに言葉を交わすことはないだろう。

 だが、レイドは一つだけ確信があった。妄想通りに動かない父の行動で、ただ一つ、絶対の確信をもって想像できることがある。


(今日こそは、笑顔が見たいな)


 想像の中の父は、一度も笑わない。一瞬でも微笑むことなどしない。

 そしてそれは、想像の中だけではない。レイドは生まれてから一度も父の笑顔を見た事が無い。

 見た事が無いから、父が笑顔でいるところなど想像できないのだ。

 どうせ今日も笑ってくれない、感情を動かしてもくれない。そんな悲観的な感情で、だがもしかしたらという淡い期待を抱いて、話せる内容を整理する。

 やがて馬車は自宅までたどり着く。

 住宅街から少し離れた場所、他の建物と比べると倍以上の大きさを誇る、豪邸ともいえる建物だ。

 レイドはポケットに入れてあったカギを取り出し、扉を開ける。

 内装は外観の豪華さに負けず劣らずの見事なものだ。

 煌びやかな照明は広大な面積を隅まで照らし、廊下には多くの芸術品が並ぶ。

 有名な画家が描いた絵画、彫刻家の掘った見事な石像、どれも一つだけで家一軒は建つ値段だ。

 さらに広大な家にもかかわらず、床には誇り一つない綺麗なものだ。

 数多くの使用人を抱えていることは容易に想像できる。


「ただいま」


 レイドは誰もいない虚空に向かい、ただいまを言う。

 玄関には誰もいない。おそらく自室で休んでいるのか、別のところで仕事をしているかなのだろう。

 閑散とした空間に響く声に虚しさを覚えるレイドの元に、一人の女性が現れる。


「あ、おかえりなさいませ。レイ……ド様」


 言い慣れない様子で、メイド服に身を包んだ女性がレイドを出迎える。


「うん、ただいま。パパはもういる?」


「はい、今は自室でお仕事をしています。お食事まで時間はありますし、レイド様はお風呂にでも入ってはどうですか?」


「そうだね。血は拭っただけでまだ汚れはあるし。そうさせてもらおうかな」


 レイドは自身の体にこびりついている血や土汚れなどを一瞥し、メイドの言う通り体を綺麗にすることを決める。

 帰ってくるのが月一とはいえ、十年以上暮らした家だ。迷いなく浴場に向かう。

 洗面所についたレイドは衣服を脱ぎ捨て、それを傍に置いてあるカゴの中に不躾に投げ入れる。

 下着は狙いが外れて床に放られているが、メイドが勝手に洗濯してくれるだろうと、無視しようとした。


(いけない、普段からもっとちゃんとしないと)


 思い直したレイドは床に置かれた下着を拾い、それを丁寧にカゴの中に入れる。

 そして体を拭くためのタオルを持ち、浴場へと足を踏み入れる。

 この家の浴場は一人で使うには大きすぎる、大浴場だ。大勢のメイドも使うゆえに、全くの無駄ではないが。

 レイドは体を入念に洗い、浴槽に入る。


「ふぅ~、やっぱりお風呂は、大きい方が気持ちいいなぁ」


 大きく息を吐き出し、快適な浴槽に快感を覚える。

 肩まで深く浸かったレイドに、一人のメイドが声をかけた。


「レイド様、お着替え、ここに置いておきますね」


「うん、わかった」


 レイドはたっぷり一時間、湯船につかって今日一日の疲れを存分に洗い流した。

 時刻は七時だが、ベッドに入れば即座に眠れるほどに、今のレイドは夢心地だ。


(これでパパの笑顔が見れたら、本当に夢みたいなんだけどな)


 今だ叶ったことのない夢を描きながら、レイドはメイドに用意された衣服に着替える。


(ちょっと、子供っぽいな)


 用意された衣服にプリントされた子猫の絵に微笑みを浮かべ、レイドはダイニングへと向かう。

 時間的にはちょうど父が食事するときのはずだ。

 父は時間厳守の男、予定通りの時間に遅れないようにか、レイドは早歩きだ。

 時折すれ違うメイドにあいさつをしながら、今夜、父と話す内容を頭の中で整理する。

 時間にして一分にも満たないものだが、心の準備をするのには少々役に立つ。

 そしてダイニングについたレイドは、息を整えてドアを開ける。


「パパ、こんばんは」


 テーブルに座って、メイドが食事を運ぶのを待っている父に、笑顔で声をかける。

 だが父はレイドの存在に気付いてないかのように、その言葉を無視する。

 その行動に傷つきつつも、いつも通りのことだと、自身の心を慰めながら椅子に座る。

 父と向かい合うように、会話をするのには絶好の位置だ。


「パパ、今日は面白い話があるんだよ」


「…………」


 レイドの言葉を無視し、運ばれてきた食事を口に運ぶ父、

 そんな姿にレイドは構うことなく話を続ける。


「今日はバードグレイルと戦ったんだ。僕と百人ぐらいで、すごい戦いだったんだよ」


 腕を広げるジェスチャーで、戦ったモンスターがどれだけ巨大だったかを伝える。

 大げさなほど腕を大きく広げ、子供に話を聞かせるように、テンションをあげて言葉を続ける。


「いつも通り僕が先頭に立ってモンスターと戦ったんだけどね、今日のはいつもより一段と強かったんだ。炎のブレスや腐敗ブレスで遠距離から攻撃されるし、距離を詰めて接近戦をしても、爪を器用に使って僕の剣を捌くんだ。まるで生粋の剣士と戦ってる気分だったよ」


「…………」


「でもね、僕が近距離で戦っている時、みんなが魔法を放って少しずつだけどダメージを与えていったんだ。そして十分なダメージを与えた直後、僕がとどめを刺したんだよ!」


「…………」


 父は何も言わない。

 どれだけ大げさにことを話そうとも、時に誇張して物語性を足そうとも、父はレイドの話に少しも心を動かされない。

 ただ黙々と食事を口に運ぶだけだ。


「そ、それでね、バードグレイルを討伐して、あの地域のモンスターは少し減ったんだよ」


「……そうか」


「……!」


 父が、食事以外で初めて口を動かした。

 久しぶりに聞いたかと錯覚するほどの父の声を聞き、レイドは期待のまなざしを向ける。が、その期待はすぐに打ち砕かれる。


「あの地域のモンスターが減ったのなら、新たに店の支部を増やすのもいいか。職員を十人ほど寄越し、あとの従業員は現地調達、それが理想か。いや、モンスター減少は一時的な物の可能性もある。まずは暇な人間を出向かせ、調査を行うか」


 父の言葉はレイドに向かない。

 モンスターが減ったという事実、それだけに関心を寄せ、レイドが何をしたのかはまるで眼中にない様子だ。



(……そうだよね、お仕事につながる話だもん。しょうがないか)


 父が自分の世界に入り、仕事について思案していることに悲しみを感じながら、その悲しみを誤魔化すために一人納得のいく理屈を並べる。

 なによりも仕事が大事なのだ。だから自分に構ってられないのだ。

 そう考え、溢れ出る悲しみを最小のものにとどめる。


「リリさん、今日のご飯も美味しいね」


 少しでも悲しみを紛らわすよう、傍らで立っているメイドに話しかける。

 メイドは父と違い、自分の言葉に反応してくれる。笑顔を向けてくれる。

 ただその行為は、レイドの悲しみを一瞬とはいえ忘れさせるも、自己嫌悪に陥らせる。


(最低だな。自分のために、リリさんを利用してる)


 自分のためだけに、思ってもないことを口にする自分が心の底からあさましく感じる。

 本当は物の味など分からない。いつからか、レイドの舌は何も感じられなくなってしまっていた。

 原因は分かっている。過度なストレスのせいだ。


「ごちそうさま。それじゃあパパ、僕はもう寝るね。おやすみなさい」


「…………」


 やはり父は応えない。おやすみなさいの一言すら返してくれない。

 レイドは虚しさを覚えたまま、今日という日を終える。


 十分すぎるほどの睡眠をとり、時刻はすでに十時を回っている。それほど昨日の戦闘は疲れたということだ。


「パパ、僕はもう行くね」


 仕事に励んでいるであろう父に、迷惑をかけないようにドア越しに語り掛ける。

 案の定、返事は帰ってこず、寝起きから沈んだ気分で家を出るレイド。

 そんな寂しそうなレイドに、この家のメイドたちは笑顔で見送る。


「いってらっしゃいませ、レイ……ド様。お気をつけて」


「ふふっ、言いづらいなら、この家の中ならいつも通りでいいよ。元々そうだったんだし」


「で、ですが……いいのですか?」


「うん、僕も少しくらい、気楽になりたいからね」


「分かりました。では……いってらっしゃいませ、レイお嬢様」


「いってきます」


 お嬢様と言われ、彼……いや彼女は、レイは再び街へと戻っていった。

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