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歴史の始まり

 不安を抱え、レイドはギルドに向かう。

 いくらグレンが皆に事細かに事情を説明し、レイドの願いを聞き入れたとしても、そう簡単にはいつも通りに振る舞うことなどできないだろう。

 何かしらのしこりが生じることは間違いない。

 問題はそのしこりが許容範囲を超えているか否かだ。

 もしかしたら今後の冒険者生活に支障をきたすかもしれない。さらに言えば、レイドの英雄への道が非常に困難なものになってしまう可能性すらあるのだ。


(僕にとっては、人生が決まると言っても、過言じゃない)


 計り知れない不安を抱え、グレンに連れられギルドに到着する。

 息を整え、せめて自分だけでも平静を保っていられるようにと、気をしっかりともつ。

 数秒間、覚悟を固めたレイドは意を決してギルドのドアを開ける。


「み、みんな、おはよう」


 恐る恐る、普段よりも弱いトーンでギルドの皆に声をかけるレイド。

 それに反応した冒険者たちは……。


「お、おはようございましゅレイドさん!」


「きょ、今日はいい天気ですねえ」


「キョウハナニヲシマショウカ?」


 明らかに不自然だ。

 視線はレイドを見てはどこか別を見てと、規則性が全くなくぶれている。

 頭を掻いたり手を後ろにしたり、伸びをしたり、落ち着きなく動いている様子からも、レイドを意識していることが分かる。


(ある程度は覚悟してたけど、まさかここまでとは)


 予想以上に冒険者たちの動揺はすさまじく、レイドは驚き、落胆した。

 このままではいつも通りなど望むべくもない。普段よりもモンスターと戦う時のパフォーマンスが落ちることは間違いなく、最悪の場合、いつもは簡単に倒せていたはずのモンスターにも負けてしまう可能性がある。


「おいおいみんな、なんだその態度は? いつも通り、楽に行こうぜ!」


 この場にいる男でただ一人、グレンだけはいつも通りを貫いている。

 それはこの男だけは自分の気持ちに開き直れているからだろう。

 男を好きということを自覚し、受け入れている。

 普通の男ならば受け入れがたい感情をだ。

 レイドにとって、忌々しいがグレンこそが希望だ。

 この無神経さが、浅慮さが、冒険者たちをいつも通りに引き戻してくれるのではないかと。

 そんな淡い期待をレイドはグレンに抱いている。


「よっしゃ、ならさっさとモンスターを狩りに行こうぜ! やらなきゃいけない状況になりゃ、さすがに四の五の言ってらんなくなるだろ」


「……確かに、多少は荒っぽい方が、吹っ切れるかもね。それじゃあ、何を倒しに行こうか?」


 グレンの提案に乗り、レイドは依頼書が貼ってある掲示板に目を通す。

 冒険者たちは何も言わない。レイドとグレンが選んだモンスターの討伐について行くだけだ。

 先日のアグラールは突然のことでレイドは同行を拒んだが、普段は各々が依頼をこなす、もしくはレイドが依頼を見繕い、それを複数人でこなすのが日常だ。


「……よし、これで行こう!」


「却下。今日のところはこの依頼で行こう。それとついでにこの採取依頼も受けるよ」


 グレンの意見をばっさりと切り捨て、レイドは依頼書を受付に見せ契約する。

 今回選んだ依頼は、北に五キロほど行ったところに生息するアサルトドッグの討伐だ。

 アグラールやバードグレイルなどとは違い、群れで行動を成すモンスター、その数は低く見積もっても三百は超えているだろう。

 だが戦闘能力はそれほどでもなく、あくまでも数の暴力で敵を倒すのがアサルトドッグ、同じように数を揃えれば難なく対処可能だろう。

 ついでに受けた依頼はアサルトドッグの生息地周辺に生えている薬草の採取、知識がある者はこの二つの依頼はセットで受けることは常識だ。


「そんなんより、もっとやりがいのあるモンスターにしようぜ」


「ダメだよ。依頼って言うのは僕らが満足するためにある物じゃない。困っている人の手伝いをするための物なんだ。今回の依頼の中じゃ、アサルトドッグの討伐が一番街のためになるんだよ。この場所のモンスターを倒せば、薬草だけじゃなくて色んな資源も手に入るし、行商のルート確保にもなる。他にもいろいろな要因があって……」


「分かった分かった、もういい…………マジメすぎだろ」


「別に君が僕と行動を一緒にする必要はないよ? 勝手に一人で強いモンスターと戦いに行けばいいさ」


「つれないこと言うなよ。一緒に熱い夜を過ごした仲だろ?」


「ゾッとする言い方はしないでほしいね。ただ夜中まで遊んだだけじゃないか」


 この時、冒険者たちに衝撃が走った。

 熱い夜を過ごした?

 夜中まで遊んだ?

 たった二つの、実際は子供の遊びの意味なのだが。

 レイドに複雑な感情を持ち、いまだ冷静とは程遠い心理状況の中のこの言葉。

 邪推するなという方が酷な話だ。


「グレンさんとレイドさんが、一つ屋根の下で……」


「熱い夜……それってセッ……」


「やめろ! それ以上は言うな! 口に出した瞬間に俺たちの心臓が停止するぞ!」


 半狂乱になりつつある男性冒険者たち。

 対して女性冒険者たちは、


「男同士で夜を…………良い!」


「なんでかしら? 二人の夜を想像するだけで、興奮するのは」


「おかしいはずなのに。男同士なんておかしいはずなのに。どうして良いって思っちゃうの?」


「叶うのなら私が熱い夜を過ごしたいのに、なんで許せる私がいるのかしら?」


 疑問に思いつつも、グレンとレイドの夜を想像しているだけで、興奮している。

 あんなことやこんなこと、それらを想像するだけで女性たちは恍惚な表情を浮かべ、心臓を高鳴らせている。


「ちょっと私、絵師に二人の夜の様子の絵を依頼してくるわ」


 一人の女性がそんな言葉を発すると、周囲の女性たちは肩を持って引き止めた。

 ただそれは、制止ではない引き止めだが。


「だったら噴水広場で活動しているエックがおすすめよ。これ、私の分の代金、よろしくね」


「あ、私の分もお願い。絵の内容は、二人の濃厚なキスで」


「それいい! 私も同じので」


 あろうことか自分たちの絵も頼み、二人のそういう絵を求めた。

 続いて、男性たちも冷静さを失った状態で、ある行動に出る。


「俺も……絵師に頼もうかな」


「何言ってんだお前!? 正気か!?」


「そうだよ! 男同士の絵なんか見て一体なんの意味が…………待てよ? 絵なら、レイドさんを女性として描いてもらっても問題ないんじゃ……」


「お前……天才かよ!」


「いや待て、けど俺は、レイドさんがグレンさんとそういうことをしてる絵を見るのは、なんかいやだ」


「バカ! そんならグレンさんを描かなきゃいい! 自分たちの絵を描いてもらうとか……」


「いやそれだとかなりの時間がかかる。一人一人の要望を聞いていたら、全部が完成するには何カ月もかかるぞ」


「けど、何カ月かかっても俺は見たい!」


「俺だってそうだ。だけど考えてみろ。最初にレイドさんの絵を手に入れた奴を、お前はどう思う?」


「……殺したい!」


「だろ! ここはみんなで共有できる絵を頼もう! そうすれば一枚の絵を刷れば全員の手に行き渡る!」


「じゃ、じゃあどんな絵にしてもらう?」


「そうだな、ここは普通にレイドさんのカッコいい姿を絵にして……」


「そんなもん絵にしなくてもいつも普通に見れるだろ。普段は絶対に見られない物にしよう」


「そもそも、レイドさんを女性として描いてもらうんだろ? だったらそうだとはっきりわかるように、裸を描いてもらうしかないんじゃないか?」


「だったらレイドさんの裸の絵、表情は恥じらっているものとかがいいな。やべっ、鼻血でてきた」


「ポーズとかはどうする?」


「両腕で胸を隠している。下は無防備。それがいい。毛は無しの方向で」


「……決定だ! おいお前、この金で噴水広場のエックに依頼して来い!」


 男は金貨を取り出した。

 レイドの自宅にあるような芸術品ならば金貨一枚などでは絶対に買えない金額だが、街の絵師に頼むならば問題ない。むしろ多すぎるくらいだ。

 それなのに、一人一人が金貨を取り出して、その数は百に届きつつある。


(な、何だ? よく分からないけど、悪寒が……)


 冒険者たちの邪な視線を感じ取り、レイドは背筋に強烈な寒気を感じた。

 だが男も女も、これらの情報を漏洩するヘマなど決してしない。

 すべてはレイドの与り知らぬ場所で、秘密裏に行われることだ。


 これが、後の世に伝わる同人誌の歴史、その始まりとなることは、誰も知らなかった。

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