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冒険者たちの気持ち

「んー、よく寝たな」


 レイドは上体を起こし、思いっきり伸びをする。


(女だってバレて心労で眠れないと思ったけど、案外開き直れるんだな)


 この先に起きうることに不安を感じてはいるものの、隠し事を一つしなくなったことにストレスが少し軽減した。

 レイドは自分でも驚くほどに十分な睡眠をとることが出来た。

 対してグレンは、


「う……うぅ……」


 寝てはいる。が、何やら悪夢でも見ているのか、うなされている。

 苦しそうな表情を見せ、汗も尋常ではないほど流している。


「わ、悪かった……その剣を、収めてくれ……!」


(ちょっと脅し過ぎたかな?)


 グレンの見ている夢が、昨夜、剣をグレンに向けたことが起因していると悟ったレイドは、ほんの少しだが申し訳なく思う。

 それでも後悔などはしない。あれはすべてグレンが悪い。

 女の子の髪を勝手に触り、体を押し倒し、あまつさえ良い匂いだと宣った。

 正直セクハラで訴えたら勝てるレベルのことだ。

 そう考えれば、グレンが悪夢を見ることも因果応報、自業自得と言える。


(……そろそろ起こすか)


 時刻を確認し、レイドはグレンの体を揺さぶる。


「ほら起きて、もう朝だよ。昨日は早く寝たんだから、ちゃんと起きれるはずだろ」


「…………ん?」


 目を開けたグレンは、レイドの姿を目視して直後、目を限界まで見開く。


「わ、悪かったレイド殺さないでくれ!」


 飛び起きたグレンはレイドへの恐怖を抑えきれないのか、涙を浮かべている。


「……どんな夢を見ていたのかな?」


「ゆめ? ……そうか、夢か……あー夢か! マジびびったぁ!」


 夢を見ていたと理解したグレンは額に滴る汗を拭い、深く深呼吸をした。


「いやー、実はお前に襲われてる夢を見てな。あと少し起きるのが遅かったら、首が刎ねてたとこだったよ」


(……起こさない方がよかったな)


「んー、久しぶりに朝から目が覚めたな」


 悪夢を見た事により、逆に目が覚めてよかったようなことをグレンは口にする。

 何ともポジティブな発言だ。夢とはいえ真に恐怖することを体感したとは思えないほどに。


「さあグレン、準備をして」


「ん? ああ、そろそろメシか」


「それもあるけど、君にはやるべきことがあるだろ」


「やるべきこと?」


 キョトンとしたグレンの顔を見ると、レイドは苛立つ。

 この男は本当に何も考えていないのだろうと。無神経なのだろうと。


「まずはギルドの人たちに事情説明! 次に宿屋探し! 絶対やってよね!」


 これからの生活を維持するために、ギルドの冒険者たちに、というよりも自分を女だと知っている人たちに、いつも通りに接してほしいとグレンに説明してもらいたい。

 それはレイドの誤解であり、グレンが言うべきは好意を隠し普通に振る舞えということだが。

 次に宿屋探し。こちらは事情説明よりも重大事項だ。

 寝ている女性に対して何のためらいもなく触る男、そんな奴と一つ屋根の下など、無理だ。昨夜は時間的に仕方なくこの部屋に住まわせたが、もうダメだ。

 絶対にこの部屋には泊めないと、レイドは固く誓った。

 しかしその誓いとは裏腹に、グレンはあっけらかんとした様子でこう言った。


「宿屋の方は問題ない。実は昨日、契約を済ませておいた」


「……え?」


「結構多めに金を払ってな、泊まっている奴に部屋を譲ってもらったんだ。さすがに時間が時間だったから昨日は無理だったが、今日からはそっちの部屋に住むから」


「そ、そう……ならいいんだ」


 いつまでも居座る気でいるのだろうと思っていたが、予想に反した行動に戸惑う。

 ありがたいことなのだが、自分にとって都合が良すぎることは、レイドを不安にさせる。

 何か落とし穴があるのではないかと。


「さてと、んじゃさっさとメシ食って、俺はギルドの方に行くな」


「う、うん。それじゃあ、行こうか」


 グレンは全て自分のために行動してくれると、そう言っているのだ。

 なのに、そこはかとない不安がある。

 レイドはそんな不安を抱えながらも、今の自分があまり大っぴらに動くわけにはいかないと、グレンの行動を信じるしかない。


(大丈夫……だよね? 馬鹿だけど何度も修羅場を潜った冒険者なわけだし、そんなに変な方向には物事を持って行かないよね)


 グレンの人間性は知っている。信用に足る人間だということはわかっている。

 だが説明など知力を必要とする場面において、グレンは信頼できない。

 能力がないにも関わらず信用は出来る、つまり悪気が無く悪いことをする人間こそが、最も面倒な状況を作りだすとレイドは知っていた。

 それが不安の正体だろう。


 時間が過ぎ、グレンは一人でギルドまで向かった。

 レイドもグレンが下手なことを言わないか心配でついて行きたかったが、それは出来ない。

 こういった事は本人よりも他者が、特に説得したい人間と同じ気持ちを有している人間がする方が効果的だ。さらにグレンは皆からの羨望を受ける存在、これ以上ない適任だ。


「オマエラ、ゲンキニシテタカ?」


 ギルドに入って第一声、棒読みにもほどがある不自然極まりない言葉で挨拶をするグレン。

 そんな態度に不信感を抱きつつも、皆はグレンに挨拶をし返す。


「おはようございますグレンさん。今日はレイドさんと一緒じゃないんですか?」


「あ、ああ、今日は俺からお前らに話があってな。ちょっと席を外してもらったんだ」


「話、ですか?」


「冒険者は、ここにいるやつらで全員か?」


「んーと、正確には分かりませんけど、全員に近い人数はいますよ」


「そうか、ならいいか。じゃあ話をするから、他の奴らを俺のとこまで呼んでもらえるか?」


「はい、分かりました。おーいみんな、グレンさんから話があるってよー」


 一人の冒険者はギルド内のすべての人間に声をかけ、グレンの元まで集結させた。

 皆はグレンの真剣な表情を見て、かつてないほどの緊張を感じる。


「今日お前たちに話したいことは、他でもない。レイドのことだ」


 瞬間、冒険者たちはざわめき立った。

 今一番悩んでいること、レイドについて。

 グレンのように開き直れたものは少なく、いまだ複雑な感情を抱いている者たちは。正直聞きたくないと思っていた。

 それでもこの場の雰囲気がそれを許さず、グレンは問答無用で語りだす。


「昨日、レイドに俺たちの気持ちがバレた」


「……は?」


「ちょっとしたゴタゴタガあってな、俺たちがあいつを好きだってことを、ばらしちまった」


「ちょ、ちょっと待ってください。なんだってそんな話を……というか、レイドさんに全部しゃべっちゃったんですか!?」


「その通り。みんながレイドを好きだってことは、お伝えしました」


 冒険者たちの表情を見たグレンは、これ以上の動揺を与えないように、少し敬語を織り交ぜて穏やかに話す。だがそれで冷静さを取り戻せるわけはない。


「そんな! だってその……まだこの気持ち、自分でもよく分かってないんですよ!?」


「そうですよ! みんなグレンさんみたいに開き直れてないんですよ!」


「まあ聞けみんな。落ち着いて、話を聞け。これから話すことは、レイドの気持ちだ」


「……レイドさんの、気持ち?」


「そうだ。このことについて全部語った後、レイドがどうしたいかを言ったんだ。俺は今日、それを伝えに来たわけだ」


「…………無理無理、聞きたくない! グレンさんやめて!」


 レイドの気持ちなど、知りたくないと冒険者たちは耳を塞ぐ。

 当然だ。男が男を好きだと、それに対する返事など、良いもののはずがない。

 最悪の場合、キモイ、変態、死んでしまえ、そんな精神を崩壊させる言葉が飛び出てきてもおかしくない。というよりも、この場の冒険者たちはもしも同性に言い寄られたら、間違いなく拒否する自覚がある。

 ゆえに聞きたくない。

 対して女性冒険者たちは、余裕を持って聞いている。

 女から男への好意、なにもおかしいことはない。好きという気持ちに応えられないと言われたとしても、人間として拒否されることはないと、男性たちよりも穏やかな気持ちだ。


「あいつは昨日、こう言っていた」


「聞きたくない聞きたくない!」


 耳を塞ぎ、グレンの言葉を聞こうとしない。

 だが良く通るグレンの声は耳を塞いだだけでは完全に遮断することなどできず、確実に伝えてしまう。


「俺たちからの好意は、そんなに嫌じゃないそうだ」


 自分にとって都合の良い事を、まず先に言うグレン。


「ホント……ですか?」


「本当だ」


「俺たちが嫌いとかは?」


「言ってない」


「もう会いたくないとかは?」


「一言も言ってない。俺やお前たちに対しての否定的な言葉は、一切言っていない」


 確かにその通りだ。レイドの口からは否定的な言葉は一切出ていない。

 強いて挙げるならばグレンの行動に対して変態と言っただけ、それ以外は特に言っていない。


「ただ、あいつも戸惑いはした。俺たち全員の想いに、複雑な感情を抱いているのは確かだ」


「まあ、それは無理もないですけど……」


 その点に関してはさほど問題ではなかった。複雑な感情の中に、嫌いという感情が無いのであれば、冒険者たちは全く持って問題ない。


「レイドは言っていた。これまで通り、普通に振る舞ってくれと。思うところはあるかもしれないが、冒険者同士の関係をあいつは壊したくないんだ。だからみんな、なるべくいつも通りに、今までと同じようにレイドに接してやってほしい」


「そ、それは……」


 正直なところ、それは難しい。

 レイドが複雑な感情を抱いているのと同様、冒険者たちも複雑な感情を抱いているのだ。

 真実を知らないゆえに、自身を同性愛者だと思ってしまっている者。グレンのように開き直れれば問題ないが、人間そのように簡単に割り切れるものではない。

 普通の人間には葛藤があり、それは日々の生活の仕草にも影響を与える。

 いつも通りに振る舞うことこそ、最も至難なことなのだ。


「無理を言っている自覚はある。お前らにはお前らの感情があって、それを殺すような真似をしてくれと言ってるようなモノだ。だけど、俺たちが好きになったレイドのために、どうかその感情を隠してほしい。今までと同じように、レイドと接してやってほしい。頼む」


 深々と頭を下げるグレン。その態度に、冒険者たちは覚悟を決める。


「分かりました。自信はありませんけど、やってみます」


「俺も、何とか頑張ってみる。レイドさんのためだし」


「お、お前ら……!」


 己の心が通じたかと、グレンは感極まっている。

 グレンの説明は多少は雑なものであったが、レイドの気持ちは十全に伝えられるものだっただろう。

 レイドの抱えていた不安の、一つは杞憂だったのだ。

 そう……一つは。


「そんじゃ、俺はレイドを呼んでくる。お前らは心の準備をしといてくれ」


 即座にレイドの元へと向かうグレン、その背中を眺める冒険者たちは、胸に手を当てて深呼吸を繰り返している。

 レイドと目を合わせた時、胸が高鳴らないように。

 好きな男を見て、目を逸らさないように。

 そして、いつも以上の成果を見せようと、武器の手入れを開始する。

 いつも通りを心掛けつつも、アピールする気は満々らしい。

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