勘違い
(つ、疲れた。女の子って、あんなに強引なのか)
一日中、女性たちと行動を共にしたレイドは、モンスターと戦うことと同等以上の疲労を感じた。
最初は本当にただの食事だったのだ。
男が入ることをはばかられる甘いお菓子屋さん、そこで一時の至福を得ていた。味は分からず、気分だけを味わっただけだが。
しかしそれは最初だけ。食事を終えた直後にレイドは女性たちの提案に乗っかり、そのままショッピングに行ったことが失策だった。
色々な服屋に連れまわされ、色々なアクセサリーショップに連れて行かれ、怪しげな占いやで相性占いなどもされて。
しかも服屋では着せ替え人形のごとく様々な服を着せられ、時には女性服なども着せられた。
女性たちは歓喜の声をあげ、興奮のあまり鼻血を出す気持ちの悪い行動を見せるほど。
レイドは自分が女性だとバレるのではないかと、内心ではハラハラだった。
そんなことを一日中、肉体的にも精神的にもどっと疲れが押し寄せた。
(今度からは……断ろう)
いくら好感度を上げるためとはいえ、レイドはあれに耐えられる自信がなかった。
女性の身でありながら女性に恐怖心を覚える、不思議な一日であった。
(……お風呂入ろう)
グレンが帰ってくる気配はない。
レイドは今のうちにと、速攻でお風呂の準備を済ませ、事を済ませた。
食事を終え、入浴も済ませた。
今日レイドが行うべきことは、もう何もない。
時刻はすでに九時、普段ならばもう寝る時間だ。
最近はなんだかんだ合って、この規則正しい生活リズムが狂う連続だった。
久しぶりに気持ちのいい睡眠が出来ると、淡い期待を胸にベッドに体を埋めると……。
「たっだいまー! 今帰ったぞー!」
レイドの平穏を妨害する、騒音が帰ってきた。
もはや別の宿屋を取る気など毛頭なく、あたりまえのように同居する気満々だ。
不快に思いながらも、これ以上のゴタゴタは御免だと、レイドは狸寝入りする。
「ん? 何だ、もう寝ちまったのか。そういや、九時には寝るとか言ってたっけ」
レイドの就寝に残念がるグレンは、荷物をあたりに放っぽり、お風呂へと向かった。
無造作に投げられた荷物の音は、レイドを不快にする。
(あれほど散らかすなって言ったのに)
だが寝たふりを決め込んているレイドはベッドから起き上がらない。
このまま本当に就寝につこうと、いら立ちを頭の中から消失させる。
何分か経ち、レイドに強烈な眠気が襲い始めた時、入浴を終えたグレンが大声を上げて戻ってきた。
「ふー! やっぱ気持ちいいな! 風呂は必須だな」
突然の大声に、レイドを襲う眠気が薄れた。
「っと、レイドは寝てるんだったな。静かに静かに」
(もう遅いよ!)
グレンは今さらながら音に気を遣い、静かに移動を開始した。
しかしやはり音は響く。足音はレイドの耳に確実に残る。
(……近づいてる?)
グレンの足音から、徐々に自分に近づいていると認識するレイド。
なにやら嫌な予感はしつつも、また深夜までゲーム大会よりはマシと、狸寝入りを続ける。
目を瞑り、寝息のように息を吐き出し、睡眠を演出する。
それを見てグレンはレイドが完璧に寝ていると確信し、ある行動に出る。
(ん? 止まっ…………ひっ!)
レイドの髪を、そっと撫でた。
サラサラの金髪を指に絡ませ、グレンは感想を述べる。
「綺麗だな」
その行動と発言にかつてないほどの寒気を感じたレイドは、反射的に起き上がって拳を振るった。
「何してるんだ!」
「グハッ!」
レイドの拳はグレンの顔面に直撃した。
「な、何だお前、起きてたのか?」
「起きてたのか? じゃない! なにするんだ君は? 気色悪い!」
気色悪いの一言に、グレンは精神的にもダメージを受ける。
そんなことはお構いなしに、さすがに我慢できないのか言葉を重ねるレイド。
「寝ている人間の髪を触って綺麗とか、何考えてるんだ! しかも僕に対して! この変態!」
「へ、へんた……なあレイド、少し弁明させてくれ」
「却下だ! 何言われても君は変態だ! 出てけ!」
グレンの言い訳を聞こうともせず、レイドは捲し立てる。
言い訳しようにもその隙が無い。一瞬の間もなく続くレイドの罵倒、出てけという言葉。
ならばこれもやむなしと、グレンは行動に出る。
「話を聞け!」
「なっ!?」
グレンはレイドの肩を掴んで、ベッドに押し倒した。
傍から見れば襲っているようにしか見えない光景は、レイドに恐怖を与える。
「な、何だよ、何しようって言うんだよ!」
「俺はお前が好きなんだ!」
「……………………え?」
突然の衝撃の告白に、レイドは耳を疑った。
(僕が……好き? そんな馬鹿な……)
そんなこと、レイドにとってありえるはずもなかった。
なぜならレイドは男として生きている。この町の住民はすべからくレイドを男と認識しているはずだ。にもかかわらずグレンは、レイドを好きだと言った。
「離せ! やっぱり変態じゃないか!」
さらなる恐怖が芽生えたレイドは、グレンの手を押しのけようとする。だが力の差は歴然、グレンの手を振りほどけるはずもない。
「好きになっちまったんだ! 仕方ないだろ!」
もはや開き直ったグレンは、正直な気持ちをレイドにぶつける。
男を好きという気持ちを包み隠さずに、全てを曝け出す。
「お前を見てるとこう……胸が変な感じになるんだ。確かに寝ているお前を触ったのは俺が悪い。けど、思わず触っちまったんだよ」
自身の行動を後悔しているかのようにグレンは語る。不可抗力だったのだと、あまりにも無防備だから、ついやってしまったと。
弁明しているようだが、最低は最低だ。
「だってお前……可愛いじゃねえか!」
「!」
グレンのストレートすぎる言葉に、レイドはある仮説を立てた。
もしかしたらこの男は、自分が女だと気づいているんじゃないかと。
でなければグレンのこの行動は、大胆すぎる。
男が男を好きになる。そういう人種がいることは知っている。
それらすべてが汚らわしい存在だとは思わない。
しかし、やはり世間一般では異常なことだ。
そんな異常なことをグレンはストレートにぶつけた。
これはつまり、そもそも異常だと思ってないのではないか?
女を好きになったのだから、変なことは何もないのではないか?
ゆえに、レイドは質問をする。
「……いつから?」
「昨日からだ。お前がアグラールを倒して、気絶したあとに。俺だけじゃない。他の奴らもみんな、お前のことを、意識しだしたんだ」
「じゃあ今朝のみんなの反応は……」
「お前にどんな顔を見せたらいいか、分かんなかったらしい」
(……確定、か)
レイドは確信した。自分が女であることがバレていると。
アグラールを倒した後、レイドは気を失った。
その際に、外傷が無いか調べられたのだろう。
見た目は頬に傷跡が一つあるだけ、だがどこに傷があるかはわからない。
アグラールという強敵と戦ったのだから、心配に思った他のみんながレイドを介抱することは半ば必然だ。
そしてその過程で衣服を脱がすことも、また必然だ。
女だとバレる要因は、確かにあったのだ。
さらに今日の出来事、それがレイドに確信させる要因にもなった。
男たちのあの反応、今までずっと同性だと信じ、同性として扱ってきた人間が実は異性、戸惑うのは当たり前だ。
女たちのあの対応、女であることを隠していた自分のための行動ともとれる。
普段は食べられない、女のことが集まる店での食事、女性服を着せてファッションを楽しませる、すべて自分に気を遣った行動だと。
すべてがすべて、女である自分に対して行う行動にふさわしいと、レイドは納得した。
「そっか……みんな、そうだったんだ」
英雄を目指し、全ての人間のためにあろうとしたはずなのに。
その実、気を遣われていたと。
しかもその事実を自分に気取られないように行動してくれたんだと、レイドは考えた。
実際は誰一人として、レイドを女だと思っていないのだが。
「分かってる。いきなりこんなこと言われても、いい気分にならないことぐらい。しかもギルドの奴ら全員にだもんな」
「い、いや……まあ確かに驚いたけど、嫌ってわけじゃ……」
グレンは思う。同性から好意を向けられることが嫌なことなんだと。
レイドは思う。皆からの厚意は、特に嫌なことではないと。
「ただ、みんな本気でお前が好きなんだ。そのことだけは、分かってくれ」
悪手だ。この言葉で、レイドはさらなる勘違いをする。
(そ、そうか。好きって言うのはあくまでも、人として好きってことか。女の子だから少しは男性として意識しちゃうけど、やっぱり冒険者としては好きでいてくれてるのか)
開き直ったグレンの告白は、友愛だと認識された。
あれほどの熱烈な好きを聞き、戸惑いはした。本当に異性として好きなのではないかと。
だがギルド全員がそうなのだと言われれば、それが恋心とは思わない。
あくまでも人として好きなのだと、そう解釈してしまったのだ。
可愛いといった事も、女性である自分につい言ってしまったことなのだと。
「……グレン、変態って言った事は、謝るよ」
「いや、いきなり髪を触るとか、変態って言われても仕方ない。そこは本当に申し訳ない」
「……まあ、もう少し自制心を身につけた方がいいのは確かだね。けど、グレンも男の子だもん。仕方ない部分はあるよ」
「そう言ってくれるんなら、助かる」
「それと君が、他のみんなが僕に対して複雑な感情を抱いているのは、よく分かったよ」
「あ、これ言っちゃダメなやつだったかも」
今さらながらグレンが思い出したかのように言った。
「多分、他の奴らは黙っていようと思ってたんだろうな」
(相変わらずバカだな)
グレンの軽率な行動に、レイドは呆れる。
「いいよ。聞かなかったことにするから。その代わり、君から聞いた言葉も、聞かなかったことにする」
「は? それってどういう……」
「今までと全部同じ……ってわけにはいかないだろうけど、出来る限り普段通りに振る舞ってほしい。今日僕は何も聞かなかった。君も何も言わなかった。多分それが、一番良いから」
もはや過去に戻ることなどできない。
レイドが女の子として扱われることはからは、逃れられない。
だが英雄を目指すことをあきらめたわけではない。
父に振り向いてもらうため、レイドはこの日常を出来る限り元の形で続けていきたい。
そのためには、今日は何も聞かなかった、そうすることがベストだと。
「お願いだ、グレン。僕はこのままの日常を続けたい。続けなきゃいけないんだ」
懇願の表情を見せる。
意中の相手のその顔を見れば、グレンの答えは決まっている。
「ああ、自信はないが、善処する」
「心がけてくれるだけでもいいよ。それじゃあ、いい加減どいてくれるかな」
「わ、悪い! すぐどく!」
グレンはレイドをベッドに押し付けている状態をようやく解く。
「今日は早く寝よう。色々と、気持ちの整理をしたいから」
嫌われてもおかしくない行動をしたグレンは、許されたことに緊張の糸が途切れる。
そして言わなくてもいいこと……言ってはならないことを口にする。
「……良い匂いだったな」
「出て行きたいならそう言ってくれればいいのに。それとも手足を落としてほしいのかな?」
「すんませんっした! すぐに寝ます!」
剣を持ったレイドの冷静な発言を聞き、グレンは即座に眠りに入った。




