苦悩する男性たち
朝日が昇り、レイドは起き上がる。
周囲を見てみると、グレンはいない。おそらく一日中飲んでいたのだろう。
人としてどうかとも思うが、いないのならばちょうどいいと、レイドは大っぴらに着替え始める。
(やっぱり、筋肉痛だな)
足に痛みを感じる。動くたびに声を上げそうになるほどの激痛がレイドを襲う。
無理もない。三十キロもの距離をマラソン、すぐあとアグラールとの戦闘。
しかもストレッチも何もしていない、前準備無しで行ったのだ。
体が悲鳴を上げるのは自明の理。
(それでも今日は行かなきゃ。好感度を上げる絶好のチャンスだから)
アグラールという強敵をたった一人で倒したという事実、その話が多少なりとも広まっているはずだ。
レイドの評判は上がっている今は、さらに好感度を上げる最大の好機。
たとえ体に激痛が走ろうとも、動かざるをえなかった。
長い時間をかけて着替えを終えるレイド。軽く朝食を取った後、すぐさまギルドへと向かう。
(少し、心を落ち着かせておこう)
グレンにあった時、心が暴走しないように。
昨日は父の店ということもあり、耐えることが出来た。
だがグレンへの怒りが完全に消えうせているわけではなく、顔を思い浮かべても腹立たしい。
その感情が表に出ないよう心に蓋をして、ギルドのドアを開ける。
「みんな、おは……お酒くさっ!」
中に入ると、鼻に突く強烈な臭いがした。
床に伏せた冒険者がうめき声を上げながら、頭を押さえている。
「なにこれ?」
こんな状況、今まで見た事が無い。
冒険者たちが酔いつぶれた姿は何度か見たことはある。だがこれほどひどい状態はレイドの記憶にない。明らかに異常だ。
レイドはこの中でも正常な状態の女冒険者たちに話を伺った。
「ね、ねえ、これどうなってるの?」
「あ、レイド様、おはようございます。この人たちは見ての通り、酔いつぶれているだけです」
「それで、どうしてこんな状態でギルドに来たのかな? 家で休んでいればいいのに」
「まあ……この人たちも色々と複雑な思いを抱えてるんですよ」
「複雑な思い?」
「まあそれは私の口から言うことではありません。とりあえず言えることは、この人たちは酒場で夜遅くまで飲んでいたんですが、三時ごろに追い出されたんです。その後はどこからかお酒を調達してギルドで飲んでいた、というわけです」
「……呆れて何も言えないよ」
ギルドを酒盛りの場として使用したこともそうだし、こんな状態になるまで飲んだことにも呆れ果てる。もはや人間としてダメだ。
「う……うぅ……」
床からのうめき声が絶えない。
その中には当然、グレンの姿もある。
あれほどあった強者の風格など、どこ吹く風だ。微塵も感じない。
「君たち、こんなところで寝てたら迷惑でしょ。早く家に帰りなさい」
床に伏せる冒険者たちに、頭に響かないように耳元で囁く。
一人一人丁寧に声掛けし、時には起き上がらせて椅子に座らせる。
(気持ち悪い)
親身に接してはいるが、内心では傷つくレベルの毒を吐いている。
気持ち悪いと言っても、人間性ではなく酒臭さによるものだが。
「……レイド?」
顔を上げたグレンが、レイドの存在を認識した。
地を這う冒険者たちも同様の動きを見せ、レイドの顔をじっと見つめた。
「……なに?」
自身に降りかかる視線に気づいたのか、レイドは訝しむ。
対して冒険者たちは、疑惑の目を向けられたからか即座に視線を外す。
ここで冒険者たちの心境を紹介しよう。
(やべえ、やっぱめっちゃ可愛いよ! 胸が高鳴るよ! 俺どうしちゃったんだ!?)
(落ち着け。レイドさんは男だ。そして俺も男だ。こんなこと……変かな?)
(なんか変な目で見られちゃったよ! どうしよ! 嫌われたらどうしよ!)
(俺やっぱ……好きだわ)
こんな感じだ。
レイドへの気持ちに複雑な思いをする者。
自己の正当性に疑問を持つ者。
嫌われたらどうしようと怯える者。
そして開き直って自分の気持ちを受け入れた者。ちなみにこいつはグレンだ。
様々な感情を胸に男たちは、それぞれの行動を選択する。
「お、おはようございます、レイドさん。お恥ずかしいところをお見せしちゃって」
少しでも好感度を下げないように、今さらながら取り繕う者。
「あ……と……その……」
気持ちの整理がつかず、しどろもどろになる者。
「お、俺、宿屋に戻って休んできます!」
なにやら気恥ずかしくなり、この場を去る者。
そして、
「よおレイド、昨日はお疲れ様。どうだ? 昨日のお疲れ様会ってことで、どっか飯でも」
朝っぱらから好感度の上昇に努めようとする者。
グレンだけはレイドへの感情を受け入れ、その上でアプローチに来た。
だがそのレイドはまさか自分に恋心を抱いているとは考えず、グレンの言葉をただ自分が楽しむために酒の場を作りたいのだと考えた。
「僕はいつも通り活動するから、まずはそのお酒のにおいをどうにかしてから来るんだね。はっきり言って不快だよ」
「ぐはっ……!」
グレンの心臓に、槍が突き刺さった。
床に膝を付き、項垂れる。
「そうか……臭いか……シャワー浴びてきまーす……」
世界の終わりでも見たかのような絶望的表情を見せたグレンが、宿屋に戻ろうとした。
そんなグレンにさらなる追い打ちをかける。
「部屋のシャワーは使わないでよ。部屋に臭いが付いたらやだし。お金あげるから、大衆浴場を使ってよね」
「ガハッ!」
再び突き刺さる槍に、グレンの体力は根こそぎ持っていかれた。
どんな攻撃よりも重い、致命的なダメージ。精神は崩壊寸前だ。
そんなグレンの様を見て、冒険者たちはヒソヒソと話し出す。
「おい、俺たちはどうする?」
「俺たちもグレンさんと同じくらい酒臭い。それを指摘される前に、退散だ!」
冒険者たちは勢いよく立ち上がり、レイドに指摘される前に驚異的な速度で立ち去った。
その光景を、不思議に見つめるレイド。何が何だかわかっていない。
「どうしたんだろ? みんな、何かおかしいな?」
「放っておいた方がいいですよ。ああいうのは時間が解決してくれるものです」
「解決? 何かあったのなら、相談ぐらい乗るのに」
しかしそれは逆効果である。
酷な話だ。実はあなたを好きになってしまったんです。どうしたらいいですか?
などと聞かれても、レイドには何の解決案も出せない。
むしろ多数の男性にそのように思われていると知れば、今度はレイドが苦悩する。
女冒険者が言うように、時間が解決するのを待つしかない。
「今日はどうしますか? モンスターを狩りに行きますか?」
「んー……いや、やめておこう。昨日の疲れがあるからみんなにサポートしてもらいながら戦おうと思っていたけど、居なくなっちゃったし。今日は休みにするよ。一昨日も休んじゃったけど、アグラールを倒したんだから問題ないよね?」
「はい、むしろレイド様は働きすぎです。一度、まとまった休暇を取ることをお勧めします。そうだ、今日は私たちと一緒に食事に行きませんか? おいしいパンケーキを出すお店があるんです。レイド様、甘いものはお好きですか?」
「うん、好きだよ。そうだね、たまには君たちと食事も悪くないね」
「では早速まいりましょうか」
「あ、ちょっと待って。一度この装備品とかを宿屋に置いてくるから」
「はい、分かりました。では九時に中央広場の噴水で待ち合わせするのはどうでしょうか?」
「それでいいよ。それじゃ、またね」
レイドは着替えをしに、宿屋まで戻った。
その後ろ姿を見ながら、女冒険者たちは嬉しそうに話し始める。
「やったわ、レイド様とお食事よ!」
「ナイスよ! これを機に、レイド様と一気に距離を詰めるのよ!」
「これで男どもよりも一歩リードね!」
女の身でありながら男として振る舞うレイドは知らなかった。
女性と一緒に今日という日を過ごすことの、過酷さを。




