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最強の人間

「くうっ!」


 迫るアグラールの爪を、剣で受ける。

 側面を敵に向け、自身は体を斜め前に跳び、ギリギリのところで躱しきる。

 そして直後に振り向き、隙を見せたアグラールの横っ腹を切り付け……!


「なっ……!」


 レイドの剣は、確実にアグラールの体に傷をつけた。

 ほんの一筋の、かすり傷にも等しい傷を。


「どんな体だ。くそっ」


 即座に距離を取るレイド。

 先の攻撃ですでに悟った。たった一撃、それだけで自分を殺すに足ると。

 殺されないように立ち回り、、グレンの救援を待つなど不可能、危なくなった時点でグレンは助けに来るのだろうが、グレンが危ないと認識した時には、すでにレイドは死んでいるだろう。

 この勝負が始まった時点で、勝つか負けるか、その二つしか選択肢はなかったのだ。

 殺せなければ死に、殺せば生きる。実に単純だ。

 ただそのためには、一度たりとも間違えないことが必須だった。


(速さは分かった。あとは行動のタイミングだ)


 アグラールの行動を予測する。

 攻撃を見てからでは絶対に間に合わない速さを持っている敵だ。

 先の攻撃も、足を踏み込んだその瞬間を見ての予測、レイドの目はアグラールの動きを捉えてなどいなかった。

 すべてを予測しての行動だ。

 これを一度も間違えずに遂行する。

 勝算などゼロに等しいだろう。

 だが最初に、一度だけとはいえ成功している。その時点で勝算はゼロではない。

 相手の行動をすべて予測し、その上で勝つという荒唐無稽なことですら、起こりえるのだ。

 そして、そんなありえないことをやってのけてこそ、英雄。

 レイドの求める英雄ならば、これぐらいの修羅場は難なく乗り越えるのだ。

 だから、死ぬわけにも退くわけにもいかない。

 何があろうと絶対に、勝たなければいけないのだ。


「さあ、来い」


 レイドは剣先を下に向け、わざと隙を見せる行動をする。

 獣相手に挑発が通じているかどうかなど分からない。

 だがやれることならばやる。たとえ無駄な行為だとしても、意味があるかもしれないなら、どんなことでもやる。


「ガウッ!」


 アグラールはレイドに突進する。

 ただの頭突き、しかし驚異的な速度、加えてアグラールの固い頭を向けた突進だ。

 その威力は一軒家を軽々吹き飛ばす物だろう。人間など、木端微塵だ。

 レイドは攻撃を再び剣で受け流し、ダメージなど微々たる攻撃を繰り出す。

 アグラールの体に、一筋の赤い線が浮き出る。血が、うっすらとにじみ出てきた。

 人間にとっては蚊に刺された程度の傷、痛みなどないだろう。

 アグラールはすぐさま振り向き、前足を振るう。

 その攻撃を予期していたのか、そこにレイドの姿はない。

 いち早くアグラールの死角に回り込み、渾身の一撃を食らわせる。


「グゥッ!」


 攻撃を繰り出したレイドの手に、衝撃が走る。

 腕が痺れ、一瞬だが硬直する。

 渾身の力を込めた一撃はアグラールの体にほんの少しのダメージを与え、それ以上のダメージをレイドに与えた。

 今だ痺れの残る両腕、レイドは距離を取って体勢を整える。


(ダメだ、剣の真ん中より下で攻撃したら、衝撃がモロに響く。切っ先で攻撃しないと)


 レイドは意識的に剣を少し引く。

 決して根元で攻撃しないように注意し、アグラールの攻撃を予測する。


(重心が下がった? 来るな)


 動きを……特に移動の際に最初に動く足を注視する。

 一秒、二秒、溜めに溜めた力でアグラールは跳躍した。

 レイドとの距離を一瞬にして詰め、爪を振り回す。


「分かってるよ!」


 動きを予測していたレイドは、さきほどと同じようにアグラールの死角に回り込むように動く。そして剣で切り付けようと……。


「ガウアッ!」


 突如振り向き、レイドに爪を突き立てる。

 動きを予測していたつもりが、逆に予測されていたのだ。


「くっ……!」


 爪の側面を剣で叩き、ギリギリ軌道をずらす。だがよけきれず、頬に一筋の赤色が滲む。


(……最悪の事態を想定していてよかった)


 避けたことに一瞬だけ安堵するも、すぐさまアグラールの攻撃が襲ってくる。

 即死につながる攻撃は止むこともなく、雨のように降り注ぐ。

 その攻撃を、レイドは受け流し続ける。


(なんだこいつ、本当にモンスターか? 力加減が絶妙すぎる!)


 アグラールの攻撃は、非常に考えられたものである。

 爪による攻撃は幾度もなく受け流される。だがそれによりアグラールに隙が出来ることはない。すぐさま体勢を立て直し、間のない連続攻撃を繰り出すのだ。

 レイドの想定は、受け流した直後に出来る硬直を狙い、傷をつけるというもの。

 それなのに、この攻防でアグラールが一切隙を見せない。

 受け流されても体が泳がない、だがレイドを確実に仕留めることのできる力加減で攻撃するのだ。

 もはやレイドが攻撃する手段はなく、攻防ではなく、防御一辺倒の戦いになった。

 攻撃を受け流し続け、時には体をひねって回避に努め、いつ来るかもわからない隙を待つ。

 何秒も、何分も、何十分も、その行動を繰り返す。

 だが一時間ほどが経過したころ、ついにアグラールが隙を見せることはなかった。


(も、もう……体力が……)


 いつ死んでもおかしくない死闘、確実にレイドの精神は摩耗していく。

 加えて、ついさっき三十キロという長距離を走ったという疲れが、レイドを苦しめる。

 むしろここまで良くやったと、ロクに傷をつけられていない今でも褒められるレベルだ。

 普通の冒険者ならば、すでに百以上が死んでいただろう。

 それを一時間も耐えたレイドは、明らかに強者だった。

 だが所詮、人間の枠組みの中での強者だ。その力はたかが知れている。

 あと数十分もすれば、レイドはその命を散らすことだろう。


 そんな必死の死闘を、安全地帯で眺めている人間がいる。


「さすがだなあ、レイドさん。アグラールの攻撃を全部捌いているよ」


「ホント、どうやったらあんなことができるんだか」


「あとどれくらいで倒せるか、賭けようぜ」


 冒険者たちの中で、レイドが勝つことはもはや確定事項らしい。

 押されている、ように見える。

 負けそう、に見える。

 だがレイドなら何とかするだろうと、楽観的な思考を持って見守り続ける。

 そしてグレンも、焦る様子は一切なく、レイドの戦いを観戦していた。


「……レイドの奴、強すぎんだろ」


 何気なくつぶやいた言葉を、冒険者たちは聞き逃さなかった。


「おい聞いたか? あのグレンさんに、強すぎだって言われたぞ」


「ああ。やっぱレイドさん、世界レベルで強いんだ!」


 グレンからのお墨付きをもらい、もはやレイドの勝利を疑う者はいない。

 どれだけ劣勢でも、何とかして勝つという根拠のない自信は、より強固なものとなる。


「強いが……人間だな」


「……え?」


 楽しそうな笑顔を見せていた冒険者たちは、グレンの言葉で一瞬だまる。

 強いと言った直後の、人間だという感想。わけがわからない。


「グレンさん、今の言葉、どういう意味ですか?」


「どうもこうも、人間レベルを超えられないって意味だ。アグラールにも勝てないだろうな」


 さきほどの、強すぎるだろ、という感想とは矛盾しているような言葉。

 レイドの力を信じて疑わない冒険者たちは、グレンに食って掛かる。


「どういう意味ですか? レイドさんが勝てないって? 現に今、対等以上に渡り合っているじゃないですか」


「まあ、確かに渡り合ってる。正直、他の誰にも、レイドのようにアグラールの攻撃を受け流すことなんてできないだろうな。まさに神業、拍手を送りたいぐらいだ」


「じゃあ……!」


「だがそもそも、俺が見てきた超一流の冒険者たちは、受け流さない」


「受け流さない?」


「そうだ。巨大モンスターの攻撃を受け流そうなんて思わず、普通に避ける。もしくは魔法なりスキルを用いて、正面から受けて立つ」


「そ、そんなの、もう人間技じゃ……」


「その通り、人間技じゃない。正面から受けるのはもちろん、避けることもな」


「避けることも、ですか?」


「アグラールの動きなんて反応できない。普通の人間なら目視も出来んだろ」


「で、でも、レイドさんは最初は避けて……」


「ありゃあ予測した動きだ。見て避けた物じゃない。その証拠に、レイドの動き出しは攻撃を仕掛けるアグラールよりもいつも一瞬速かった」


 グレンはレイドを正確に分析していた。

 言っていることに間違いはなく、グレンやそれに近い能力を持っている冒険者は、レイドと比べて圧倒的な身体能力を誇っている。

 そして、グレンのように身体強化や特別な力を持つものが超一流の冒険者だ。

 どちらも持たないレイドは、所詮人間レベル。

 決してグレンたち超一流冒険者のいる場所になどいけない。

 だが、それなら最初の言葉がどうなるのか。


「グレンさんは、レイドさんを強すぎるって言ったじゃないですか」


「言ったな」


「それって、レイドさんの方が強いってことじゃないですか!?」


「そうだし、そうじゃない」


「……どういうことですか?」


 理解できないグレンの言葉に、冒険者は少しイラつく。

 レイドならば理路整然とした言葉を用意してくれる。

 納得のいく説明を施してくれる。

 少しだが、グレンへの憧れは薄れつつあった。

 それだけ、冒険者たちの中でレイドの存在は大きいということだろう。


「俺は多分、あいつに勝てない」


「なら……!」


「だが俺は、あいつの勝てないアグラールに勝てる」


「……!」


 絶対の自信を持って放たれた言葉に、冒険者は黙った。

 そしてグレンは言葉を続ける。


「あいつの強さは技だ。巨大モンスターの攻撃すら受け流すなんて、聞いたことが無い。おそらく世界一だ。それでもな、モンスター相手に技は相性が悪いんだ。見て分かるだろ? レイドの攻撃が全く効いてないことを。それに、ここ何十分かはレイドの攻撃を見てない」


「そ、それは……」


「誰も到達できない、達人レベルの技を持っていることは認める。対人であいつに勝てる人間なんて、この世にはいないだろう。最強の人間だ。だがそれは人間相手であって、モンスターには勝てない」


 グレンの表情はいつになく真剣だ。

 それほどレイドの力を冷静に、冷徹に見ているということだ。


「人間とモンスター、二つを混合させた枠組みの中じゃ、人間レベルを超えられない。あいつより強い人間は、ごまんといる」


「じゃあ、強すぎるって言ったのは……」


「所詮平凡レベルなのにここまで戦えるってのは、人間の中じゃ最強レベルの強さだってことだ。まあ三十キロの道のりを息も絶え絶えな様子で走ったことで、力のほどは予想してたがな」


「……アグラールには、勝てませんか?」


「勝てないな。そのうち体力が無くなって、死ぬだろ」


 無慈悲に言い放った言葉を聞き、冒険者はグレンに縋りつく。


「死ぬって……! グレンさん、助けてあげてください!」


「分かってるよ。あいつの力はもう見極めた。これ以上、傍観するつもりはねえよ。ブースト!」


 グレンは腰に装備している剣を抜き、身体強化の魔法をかけた。

 一気に身体能力を強化し、レイドとアグラールが戦う地へと、全力で降りて行った。

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