プロローグ 英雄になりたい
いつもと変わらない日常がある。
武器を手に取り、モンスターと戦う日々。別に戦いたいと思っているわけではない。
そう望まれているからだ。
この世界のほとんどの人間はモンスターに恐怖している。
いつか殺されてしまうんじゃないかと、普段の日常ですら不安は募るばかりだ。
だからこそ彼は……レイドは、自身よりもはるかに巨大な敵にすら立ち向かう。
一メートル六十センチほどの人間が、体長十メートルを超える化け物と命がけの勝負を行う。
無論、一人だけではない。レイドを応援するものは多数存在し、共に戦う者もいる。
先頭に立って戦うのはレイドなのだが、それをサポートする人間は必ず存在するのだ。
「みんな! あと少しで倒せる! もうひと踏ん張りだ!」
レイドはモンスターの攻撃をさばきながら、みなに激を入れる。
実を言えば、レイドにそんな暇はない。
たった一言しゃべるだけでも集中は一度途切れ、目の前の敵から意識が一瞬とはいえ外れる。
致命傷になりかねない行動だ。また、そんな行動はする必要すらない。
言われずとも死なないために行動し、最善を尽くすだろう。
レイドの言葉が力になる存在など、この場では一人もいない。
この言葉は後のための言葉、死地から生還した時にレイドの武勇伝として語り継がせるために過ぎない、打算的な掛け声だ。
そんな無意味な行動をなぜするか。
それは、レイドが求めている物が……
「とどめだあああああぁぁぁぁぁぁ!」
巨大なモンスターに思いっきり剣を振るう。
何時間にも及んだ死闘の末に繰り出された、渾身の一撃。
疲労からか、ベストコンディションではない。だがいま出せる最大級の攻撃だ。
叫びとともに繰り出された一閃は、モンスターを確実に仕留める。
「……勝った」
モンスターを退治したレイドは、降り注いだ血しぶきにより汚れた体の、顔だけを綺麗にして振り返る。
「みんな、ありがとう! 力を合わせたおかげで、また一歩、平和に近づいたよ!」
笑顔で、この戦いの一番の功労者は、皆のおかげで勝てたと高らかに宣言する。
その言葉に呼応し、戦いに参加した戦士たちは剣を天に突きあげ、雄たけびを上げる。
目の前の結果に感激し。
目の前の英雄に、心奪われ。
これがレイドの変わらない日常だ。モンスターを倒し、人々から称賛の声を受ける。
何度も死を覚悟する場面はあった。
実際、死ぬほどの致命傷を受け、高価な治療薬がなければ死んでいたこともあった。
今際の際に常に身を置くことが、レイドの日常だ。
なぜそんな危険な行動をするのか?
集団の先頭に立てる能力を持つ戦士だ。
わざわざモンスターの中でも強大な力を持つ化け物を相手に戦う必要などない。そこそこ強いモンスターを狩れば、日々の生活には困らない。
レイドが身の丈よりも大きなモンスター討伐に挑む理由、それは……
『英雄になりたい』
だれもが振り向く存在に。
みなの視線を一身に浴びる存在に。
老若男女すべての人間が無視できない存在に、レイドはなりたいのだ。
だからそこがどんな死地であろうと……いや死地であればあるほど、喜んで身を投げ出そう。
危険であればあるほど物語性が増す。レイドの功績は華やかなものとして住民に伝わり、その評判は上がるだろう。命を懸けてみなのためにその腕を振るう英雄と称えられるだろう。
事実、今まで数々のモンスターを討伐したレイドは数え切れないほどの称賛の声を浴びた。
このような日常を続けることにより、レイドの存在は街に住む住民の心に刻み込まれていく。
自身の望む英雄に、確実に近づいて行ったのだ。