プロローグ
緑生い茂る草原を四頭の馬とそれにまたがる男たちが駆けていた。四頭は、ひし形の形を維持しながら、何かを探すかのように進んでいた。進む方向に見て、左側には王城が見えており、複数の尖塔が特徴的だった。そのうちの1つには、約200年前の大戦時についた焼け焦げた跡があった。
「そろそろだろ、こんなところで遊んでていいのか?」
左側にいた男は、少し笑いながら、先頭を駆ける男に問いかけた。問いかけられた男は、鼻で笑う仕草をするだけで、返答はせずに話題を切り替えた。
「お、いたぞ。今日の獲物だ。左へ回り込むぞ!」
そう言うと、他の3人も先頭の男に追随した。
先頭の男は、王国の王であり、執務の合間を縫って狩りに出かけていた。他の3人の内、2人は王と幼馴染であり、小さい頃から常に王城内での暮らしをともにしていた。2人との関係は、王と近衛兵と言うことにはなるが、お互いに親友としか認識していなかった。
狩りの際には、たいした声かけせずとも役割を分担し、獲物を確実に仕留める。息の合った3人である。
もう一人は、近衛兵団に最近入ってきた兵士だ。プライベートな関係こそないものの、優秀な兵士であることに違いはなく、今回初めて狩りに参加することとなった。
獲物を仕留め、持ち帰れるように縛っていた頃、早馬が近づいてきた。
「王様!王妃が産気づかれました」
王の妻、つまり、王妃は身ごもっており、間もなく産まれようとしていた。
「さっさと戻らないとな。後で王妃にどやされるぞ」
左側の男はそう言いながら、またもや笑っていた。
「王様、冗談ではなく、早く戻りましょう。狩りも済んだことですし。」
右側の男は、古い付き合いでありながらも敬語で話す癖があるのだ。
「いつも言ってるけど、敬語はやめてくれよな。さて、戻るか」
王は、再び馬にまたがり、王城へと駆けていった。
城下町の大通りを駆け抜け、王城へ到着した一行は、急いで部屋へ向かった。
部屋の入り口で王以外の3人は止められ、王だけが部屋の中へ入った。
ちょうどその時、赤ん坊の鳴き声が部屋とその外にも響き渡り、王子が誕生したことを告げた。
その赤ん坊を助産師がとりあげ、赤ん坊用のベッドに移し、それを王は最上の幸せを感じながら見ていた。
「あなた・・・良かったわね」
王妃が王に向かって、かすかな声で話しながら、笑みを浮かべた。
王にとって、初の子供であった。跡継ぎとして男の子を願っていただけに無事に男の子であることを確認すると安心感とともに幸せを感じていた。
早くも王は、その子が、次の王として国を発展させていく姿を思い浮かべていた。その為の内政方法や国民との接し方、隣国との外交交渉など、教えなければいけない項目を多少、にやつきながら列挙していた。
王にとっては、我が子が育つ姿を見るのが楽しみで仕方なかったのだ。
だが、しかし、助産師からの一言でその幸せは吹き飛ぶこととなった。
「もう一人お生まれになります・・・」
特に王妃にとっては絶望の一言であった。
この国の建国時に、双子の兄と弟による民を巻き込んだ壮絶な争いがあった為、双子は家を分けると伝えられていた。つまり、一般的な家庭で生まれる分には大きな問題とはならなかったが、商売をしている家では、商売を2つに分けてしまうと考えられた為、双子で何をどう分けるかと言うのを産まれた時に、親が2人の子供と契約をする形で分与内容を取り決めるのが風習となっていた。子供たちに知識がついてからでは、争いが起きるとされていたからだ。
そして、もし、王家で双子が産まれるようなことがあった場合は、国を分けるような争いがまたも起きてしまうと忌み嫌われていた。これまでの王国の歴史上、双子が産まれたことが一度だけあったが、兄と妹であった為、その双子が産まれた時は妹が5才年上の男性と婚約することで、跡取りは1人となり、特に問題とはならなかった。
今回も女の子であればよかったのだが・・・
「二人目も男の子でございます・・・」
これから自分の身に何が起こるかなんて一切気にしていない二人目の赤ん坊は、一人目と同様に無邪気に鳴き声をあげた。
その鳴き声と助産師の言葉を聞いて、王妃は涙を流した。
もし、男兄弟の双子が産まれた場合、国を分かつ争いが起きるぐらいであれば、と二人目を産まれたその場で殺してしまうと言うのが、想定していたことであった。
しかし、いくら国の伝統や言い伝えとは言え、産まれた子の人生をその場で終わりにしてしまうなど、母親として許容できる訳がなかった。
「なんとか、なんとかなりませんか・・・せっかく、この世に生を受けたというのに数分とない命だなんてかわいそすぎます」
ベッドに横になり涙を流しながら、助産師とその横で王妃を見つめる王へ懇願した。
王は、苦悩の表情を浮かべた後、王妃に優しく笑いかけ頷いた。そのまま外にいる新米近衛兵を呼び出した。
「おい、中へ入れ」
中に入った新米近衛兵は、その部屋の雰囲気と外にも聞こえていた2人分の鳴き声で、事の深刻さを察していた。
「この子を誰にも分からぬように貧困街へ置いてきてくれ。もし、この子がこの世に必要であれば、きっと誰かが拾ってくれるだろう。運を天に委ねようと思う」
「分かりました、ただちに」
と返答し、高級な布にくるまれた二人目を抱え、部屋を出ていった。
「あなた・・・ありがとうございます」
王妃は、さっきよりもましにはなったものの涙を流しながら、王へ感謝の言葉を述べた。
王が、やれることとして限界ギリギリであることも理解していた。だから、これ以上、何も言わなかった。