敷居が低い
先日突然高熱を出した時、旦那と「これはインフルエンザだろうか、ただの風邪だろうか」と賭けをしました。
旦那は「インフルエンザではない」に賭け、もし旦那が勝ったら、わたしがなろうさんで「駄洒落の短編を書く」ことに決まりました。
不死身のようなしぶとさで、高熱は一晩で見事に下がり、一応通院したら、やはりインフルエンザではありませんでした。
職場が気を使ってくれて、大事を取るよう休ませてくれたので、休養中の手慰みに「駄洒落の短編」を書いてみます。
わたしみたいなのでも気軽に入ることができる、高級レストランに連れて行ってやろうと友人が誘ってくれたので、半信半疑で乗ってみた。
ドレスコードはないのかと聞いたら、露出高めか汚いのでいいと言われて、からかっているのかコイツと思った。
相当値の張るレストランだというし、まさか毛玉のついたトレーナーで行くなんてあり得ないだろう。
それでわたしは、一張羅のリクルートスーツを着て待ち合わせまで行ったのである。
「あんたなにやってんのー」
駅前の黄金の大根のモニュメントの前で、友人は既に待っていた。
わたしの姿を見て、半笑いを浮かべている。このバカどうにかしてくれと言わんばかりの表情だ。
「そんな格好で、あの店入ったら浮いちゃうよ。知らないからねー」
そういう友人は、胸の前にでかでかと「おっぱい触りまくり」と達筆で走り書かれたTシャツを着ている。デニムスカートの尻には「いやんばかんもっとして」と、フェルトで文字が抜かれた変なアップリケが貼り付けられていた。
「男来る者拒まず」「どすけべ大好き」と書かれた缶バッチをちりばめたトートバッグを下げ、いつも以上にオカシナ恰好をしている。
(おまえこそなんだ、チンドン屋でも始めるつもりか)
常識的な恰好をしているわたしが、馬鹿にされるとは意味が分からない。
友人はしかし、真剣な顔でわたしを頭からつま先まで眺め、うーんと唸った。このままでは、あの店に恥ずかしくて入れないなあ、どうしようかなあ、と言っている。
やがて、あっ、いいものがあった、と言って、恥ずかしいトートバッグから何か引っ張り出した。
びよーん。
カチューシャの脳天部分に「うんこ」と書かれたプラカードがばね仕掛けで揺れている。そんなアイテムを取り出すと、喜々としてわたしの頭にはめたのだった。
「おっしゃ、これでバッチグー」
さー、おなかも空いたし、早速参ろうか。いやっはー、いやっほー。
友人は大張り切りで歩いてゆく。わたしはおどおどと後をついて歩く。
道行く人々の視線大集合。そりゃそうだ、この界隈は上品なお店が集うセレブどころ。こんな格好で歩くなんて罰ゲームもいいところだ。
(きっと、店では門前払いを喰らう)
友人の誘いに乗ったことを心底後悔してとぼとぼ歩いた。頭の上ではびろんびよーんと「うんこ」が揺れる。
友人のスカートのケツの「いやんばかんもっとして」が、ぶりぶりぶりぶり揺れている。
さあ、到着した。
瀟洒な佇まいのお店だ。
左右に高級ブティックが営業中。そして漂って来る品の良い美味しそうな香り。
がーと自動ドアが開いたら、店員のお兄さんがにこにことお辞儀した。
「ようこそいらっしゃいませ。ご予約のお客様ですね。こちらへ」
(とがめないのか、この有様を)
クラッシックが流れる店内は赤じゅうたんが敷き詰められ、重厚なテーブルが並んでいる。
天上からはシャンデリアが下がっている。御殿のようだ。
かたや、痴女をアート化したような友人。
かたや、頭にうんこプラカードを揺らしたわたし。
どうして誰もとがめないのか。
品の良いお兄さんは笑顔で席に案内してくれ、我々は腰を下ろした。
お水をメニューがやってきて、早速選び始める。
「ディナーコース行こうよ、ディナーコース」
せっかくだからさ、フルコースで行くぜ。日頃の鬱憤を晴らすんや。
友人は鼻息荒く、誠に下品な様子でメニューを漁っている。
一方、わたしは気が気でない。
ふんがふんが、お、これうまそうやな、くっそ高え、だけどしゃーないべ、とか大声で言いまくっている変な友人が、周囲から非難の目を浴びないわけがない。
そうっと恐る恐る周囲を見回し、わたしは一瞬目を疑った。
斜め後ろのテーブルの恰幅の良いご婦人二人。
それなりに瀟洒なドレスを纏っているが、食事の合間にハナクソをほじっているではないか。
おまけに、こちらに背中を向けている側のご婦人が、尻を片方持ち上げたかと思うと、「ぶ」と大音響をお放ちになったのだった。
「げはははは、出たわー」
「わてのハナクソもでかいわー」
見間違いか、たまたまか。
わたしはあちこちを見回した。
窓際の席のカップル。
女はストリップショーさながらの露出度である。
上質なステーキを食べながら、表情は和やかだ。
(セレブでよくある露出ファッションだろうか)
そう思う事にしていたら、男の方がいきなりプレゼントを取り出して女に渡した。
女は嬉しそうにプレゼントを開いた――まあ嬉しいわ、前から欲しかったの、ハニー――女は出て来たものを周囲に見せびらかしているのではないかと思う程たかだかと掲げている。
「げ」
玩具だよ。ただし、大人用。
「ハニー、これで僕がいない夜も寂しくないね」
とか、男はムーディに言っている。なんなんだこのバカップル。
「なー、あんたもさっさと選びなー。それともシェフのお勧めコースにしとく」
無遠慮に友人が言う。
驚愕の表情を浮かべているわたしを眺め、あんたどうしたの、と友人は不思議そうに言った。
(この店なんなん)
口パクでわたしは言った。
友人はしばらくわたしを眺めてから、思い当たったように「はーん」と言った。
そして、メニューを閉じると、表紙をわたしに見せたのだった。
「よく見てみ。あんた勘違いしてるわ」
一流高級フランスレストラン。
店の肩書を読み上げた。
友人は、違う違うと言った。苦笑いしている。
「あんた思い込み激しいからなー。先入観捨ててよく見てみ」
あっ。
わたしは息を飲んだ。
いやん、こんなところでだめよダーリン。
あっちのテーブルではバカップルが早速何か始めている。
ちょっと便所行って来るわ。大か、小か。げははははは、大やー。
こっちのテーブルでは、さっき放屁したご婦人が出すものを大声で宣言してトイレに立っている。
そんな客には構わず、店員さんはにこにこ品よくスマートに、料理を運んで歩いているのだ。
クラッシック音楽が滑るように流れる中を……。
「一流高級ハレンチレストラン」
わたしは、読み直した。
この店の肩書である。
高級フレンチを出す、ハレンチレストラン。
「敷居の低い、いい店やろ」
友人が、満面の笑みで言った。
誰得だろうか。