織田信長異伝
織田上総介三郎平朝臣信長様は、実際に「信長様」とは呼ばれなかったらしいです。
なんでも下の者が「信長様」と呼ぶのは失礼にあたり、実際には手打ちにされるとか?
そんなわけで説明の文では信長様と書きますが、呼びかけでは「殿」にしてみました
なお敵は判り易くするため「今川」です
相変わらず全体的にユルユル設定で、出たとこ勝負なのは御容赦願います
「殿と呼ぶのはやめりゃ~せ」
森蘭丸は主君の織田信長から文句を言われていた
「申し訳ありません、父よりきつく言いつかっておりますゆえ・・・」
手をつき、頭を下げる蘭丸
話は少しだけ戻る
主が夜に自室の腕を組みながら数刻も悩み続けていた
「殿、いかがなされました」
蘭丸は主の身体を気遣い声をかけた
言外に『そろそろ寝ないと明日の仕事に差し支えます』の雰囲気があった
プライベートな時間まで蘭丸に「殿」と呼ばれるのを好まない信長は苦情を言う
それに応える蘭丸
いつものことである
「あと、その口調、やめりゃ~せ」
堅苦しい口調にも文句を言いだす信長
「申しわけありまえん、こちらも父から・・・」
信長は『三郎殿』といった昔の呼び方を懐かしく思うとともに、成人して口調まで堅苦しくなった蘭丸に時間の流れを感じた
昔は良かった
朝起きて、河原で相撲をして、馬を走らせ、剣術の稽古をする
そして身分に関係なくバカな話をする
ただそれだけ
単純だった
しかし、今は違う
織田家の家督を継いで、日々、困難なことばかり
「殿、何をお悩みでしょうか?それがしにできることがあるならば・・・」
蘭丸の気遣いに信長が答える
「お蘭、今の情勢はしっとりゃ~すか?」
「申し訳ありませぬ、父からは聞くことを止められておりまして・・・」
どうやら森家での情報統制は鉄壁のようである
どこに間者がいるかもしれないこのご時世
実の子供と言えども大人の間の詳しい話は聞かされない
「今川が攻めてこりゃ~すんはわかっとるがや(攻めてくるのは判っているな)?」
信長の問いに答える蘭丸
「はい」
「調略で西の蟹江城と南の大高城が今川に寝返ったんだわ」
信長から知らされた事実に蘭丸は驚いた
「な、なんと?!それでは北の今川、東の松平も含めると包囲されているも同然ではないですか!?」
厳しい現実に顔色を無くす蘭丸
織田家は確実に滅びようとしている
蘭丸はその事実に愕然とした
今川有利とみた面々は次々に織田に反旗を翻す
その中には長年、友好関係にあった家も含まれた
起死回生の策はない
ただ滅びるのを待つだけ
そんな中で織田家を、家臣を、民を守ろうとする信長
しかし起死回生の手はまだ見えない
「たあけがっ!」
信長は手にした扇を叩きつけた
譜代の家臣とか
血筋とか
権力とか
既得権とかは
なんの価値もない
たたき上げのスキルだけが武器
魂と身体に刻みこまれた瞬間だった
信長様の苦難の道はまだまだ続く
まけるな上総介
がんばれ三郎
最大の危機である桶狭間の戦いが始まるまで、あと少し