『初授業』 作者:れいさ
「それではッ!転校生への恒例!!質問ッ!タァーイムッ!!」
なんだかうるさい奴が騒ぎ始めたわね。
こいつ、さっき私を胸糞悪い呼び方した奴だわ。
「ボクの名前は【伊藤 彰】!!よろしくねっ、レイサちゃん!!」
『レイサちゃん』と呼ばれた瞬間、激しい頭痛が走り強烈な吐き気を催した。
...まあ実際何ともないが、ようはそのくらい気持ち悪いということだ。
「ちょっとアンタ。」
ふと背後から汚らしい声がしたので振り返ると、そこには丸々と肥えたお腹と髪型を似合わなさすぎるおさげにした女が立っていた。
何用かしら。
「彩希様とどういう関係よ!」
「そーだそーだ!」
「この泥棒猫!」
「ブスが調子のんな!」
「貧乳女!!」
え?キレていいいのかしら?えっ?えっ?
「あんたみたいなポッと出が、しゃしゃってんじゃないわよ!」
「あの。大変申し訳ございませんが私から致しますと貴方が天河彩希さんにどういった感情を抱いているかは把握致しかねますが、第三者的目線から本件の私への理不尽な態度及び貴方の天河彩希さんへの発言から察するに貴方は天河彩希さんに好意あるいは憧れを抱いているものかと推測出来ます。またその偶像への私の行動が侵入とみなされ先程、暴言を吐かれた訳ですが生憎ではございますが私が貴方に危害を加えるもしくは不当な扱いをした等は一切なかったかと思われます。更に貴方の天河彩希さんへの感情は恐らく一方的なものと推測されます。然るに、私が貴方に責められる要因はございません。以上。」
しーんと静まり返る教室。
私の勝ちだ。口ほどにもない。
「おらー、席つけおめーらー。」
不意に間延びした低めな女性の声が教卓の方から教室内に響き渡る。
どうやら教官が来たらしい。授業の始まり、ということね。
ナイスタイミングとしか言いようがないわ。
「お、おぼえてなさいよ!」
なんという典型的な捨て台詞...。まだその台詞を使う人がいたとは...。
「はい、ごーれー。」
「ウィッスゥ!」
どうやら号令係というものがあるようでその係は先程の伊藤なんちゃらがやっているらしい。
「きりっつ!きぅぉつうけっ!よぉろしっくおぅねがあいしまぁすうぅぅぅんッ!!」
控えめに言って気持ち悪い。
「...なあ零紗。さっきのやつ大丈夫かよ。」
隣から彩希が声を潜めて話しかけてくる。
どうやら心配してくれているらしい。
「問題ないわ。完膚無きまでに論破してやったもの。」
「いや、うん、まあ、そうなんですけどね?
はぁ...俺はこの先のお前の学園生活が心配だよ....。」
「そう?まあ何かあったときはあなたに守ってもらうとするわ。」
「勘弁してくれよぉ、そんなことしたら第2次女子共学園戦争の開幕だぜ...。」
なにやら訳の分からない戦争名を口走りながら俯いてぶつぶつと唱え出す彩希。
何かしら病んでいるのかしら。
というかあそこは普通『俺が守ってやるぜッ!キリっ!』とか言うべきでなくて?
まったく、恐れ入るわね...。
とりあえず授業中だし教科書とかだけでも開いておこうかしら。
さすがに転校初日から教官にまで目をつけられたくはないし。
「....あら。」
教科書が無いわ。この授業は確か『異能力基礎学Ⅰ』の授業だったはず...。
もう一度よく確認してみましょう。
『数学Ⅰ』『文学Ⅰ』『異能力基礎学Ⅱ』『保健体育』『化学Ⅰ』....。
うん。無いわね。
てかなんで『異能力基礎学Ⅱ』があって『Ⅰ』は無いのよ。馬鹿じゃないの。
「ん?なにごそごそやってんだ?」
「あらいいところに。
実は教科書が無いみたいなのよ。どうしたらいいかしら?」
「いやもっと緊張感もてよ!もう少し焦ろうよ!なんでちょっと他人事チックなの!!」
「仕方ないじゃない。別にうけなくたって...。」
「おー、天河ー。転校生にご執心なのはいいが、ちったぁあたしの授業もきーてもらいてーもんだなぁ。」
私の台詞を遮り不良教官が会話に入り込む。
ちっ、と舌打ちをかまし教室内の生徒共が注目してくる前に窓の方に顔を背ける。
「神威さん、天河くんにかまってちゃんしすぎなんじゃないですかぁー?」
くすくすと数名の女子の不快な笑い声が私の耳に入り込む。
腹立たしいので視線一閃、見事にピタリと不快な声は鳴り止んだ。
「よぉーし、んじゃ天河。ここ、読んでもらおうかー?」
「うげぇ。」
彩希は怠そうに立ち上がり教科書を構え文章を読み上げていく。
「あー...わたしたちは生まれながらにして固有的能力(以下『異能力』とする)を持っており、そのような異能力者たちを『神憑き』と呼称します。
異能力はこの世に生を受けたときにひとりひとつとされておりますが、異能力の個数は様々で稀に3種類所持している者もいれば当然持たない者もいます。
またそれぞれの異能力を融合させ新たな異能力を生み出す(『神身一体』)、という実験が昨今では取り組まれています。
発動する条件として『神憑き同士の精神的な力』が大きく関与されていると発表されており、現在も詳しい発動条件について研究と実験が繰り返されております...。」
「はぁい、おつかれー。すわっていーぞー。」
「うっす。」
難なくスラスラと読み終え無事着席する彩希。
周りでは目を輝かせながら彩希に注目する女子が多数見受けられる。
「...くだらない。」
神身一体、とかいうまんま過ぎる&若干捻った感じがダサい名称のソレは禁忌だ。
そんなことも知らされずにこんな所でさも『正義です』と言わんばかりに教鞭を垂れる教官様には反吐が出る。
いや教官ですらその事実は知らないのか...神身一体は、人の、神憑きの命を奪うということを。
「つぎは外で実技訓練だからなー、おくれんなよー。はい、ごーれー。」
気付けば授業は締めくくられようとしていた。呆気ないな。
「きりっつ!きをつキェェェェイッ!!」
...どうした。
「ありがとぅぐぜぇあああしッたァァんッッッ!!」
普通に言えないのだろうか。
毎回コレを聞かされるとなると、正直、脳が腐りそうなんだけれど...。
まあ、とにもかくにも無事に初授業も終えたことだし、なんとかこの学園生活も無事に送れそうね...。
あら彩希。その不安げな視線は何かしら?