『転校初日』 作者:れいさ
『ミーンミンミンミンミー...。』
外では蝉がせわしなく鳴き始め、気温は次第に高くなり熱気に満ちた空間が拡がる。
そろそろエアコンが無いと厳しい環境へと変わり始める7月。
私は夏が嫌いだ。もっと言えば冬も嫌い。
それは『人』にとって過ごしづらい環境だからだ。
そういった地域に住み慣れているいわゆる『原住民族』は耐性があるだろうから暑い寒いには大した嫌悪感を抱かないかもしれない。
そう考えれば関東地方、特に都心部に住む私達には過酷な環境と言える。
夏は馬鹿みたいに暑いし、冬は阿呆みたいに寒い。その寒暖差は年々厳しくなる訳であいにく耐性なんて持ち合わせてはいない。
...と、私はここ『聖・中谷学園』という何とも言い難い名前を付けた張本人であるこの学園の長『中谷 豪喜』が潜む学園長室前の馬鹿暑い廊下で約5分間待たされている訳だが。
これだけ待たされればくだらない考えが頭をよぎるのも無理はない。故に私は正義だ。
「...なぜか誇らしげになってしまったわ。」
「入れ。」
野太い声が命令口調で私に入室を促す。
とりあえずドア越しにも聞こえるように盛大に舌打ちを一発かましてからコンコンとノックしドアを開ける。
「失礼します。」
律儀に一礼し目の前に偉そうに座る中谷学園長に視線を向ける。もとい睨み付ける。
「...ふん。貴様、単刀直入に聞くが『機関』の回し者か?ん?」
「そうよ...と答えたらどうするのかしら?え?」
「ちっ。白々しい、この性悪女め。
この学園で何かしてみろ、総力をあげて捻り潰してやる!」
体育会系。いかにもって感じで。
血の気が多くて困るわね。
「ご丁寧な忠告、どうもありがとうございます。」
なのでわざとらしく大げさに返し、煽る。
「さっさと失せろ!貴様の教室は5階だ!教官室へ行け!!」
訴えてやろうかゴリラ野郎。今のご時世舐めんなよ?
と目で反抗し学園長室を後にする。
ドアを閉めるとドア越しに背後から、
「はぁ...厄介な奴がきた.....。」
と深い深い溜め息が聞こえたので私は不敵に微笑み、5階へと歩を進めた。
しかし学校とは何とも不親切だ。
廊下にエアコンは無い。6階建てのくせにエレベーターが無い。
大学などに行けばあったりするのだろうか...。
「...暑い。死ね.....。」
虚無の空間に対して理不尽な暴言を吐きつつ私はなんとか1学年の教室がある5階へと辿り着く。
「教官室、教官室...。」
一番端。
ちなみに現在地はその反対側の一番端。
「...死ね。」
何か陰謀を感じるわ。なにかしら。あのクソ学園長の陰謀?
だとしたら殺す。
コンコンとノックしドアを開ける。
瞬間、冷たい冷気がぶわっと身体に降りかかる。
この駄教官共はこんな天国で過ごしているのか、と思うと反射的に『死ね』と言葉が出そうになったが何とか堪えて挨拶をする。
「失礼します。本日から転校してきました神威零紗と言いますが。」
部屋にいた数人の教官共の視線が一気に私に向けられる。
若干の苛立ちを覚えつつも先程同様何とか堪えて私が配属される教室の担当者が名乗るのをじっと待つ。
「あ、神威さん...ですかね?」
「いやさっき名乗りましたけど。」
あ、しまったわ。つい本音が...。
とりあえず営業スマイル。
「あっ、しし、しっ失礼しました!僕は神威さんが配属される教室の担当教官の『白石 真琴』と言います。宜しくお願い致します。」
まあ一言で言うなら爽やかイケメン、という奴だろうか。
申し訳ないけれど微塵も興味が無い。
「よろしく。」
「あ、じゃ、じゃあ早速教室へ移動しましょうか。」
最初に『あ、』ってつけないと話せない病気なのかしら?
「みんな転校生がくるのを楽しみにしていますよ~。」
つけなくても話せるのね。
「そう。どうでもいいわ。」
「あ、あはは...あ、ここですよ。『1-B』が神威さんの配属教室となります。
それじゃあ少しここで待っていてくださいね。僕が呼んだら入ってくださいね~。」
率直にうざい。話し方、顔、雰囲気、どれをとっても腹立たしい。
THE駄教官OF駄教官、と命名しよう。...長いわね。
「はーい、みなさんお静かに~。」
小学校か。
「気を付け!礼っ!」
「「「「「おはようございます!」」」」」
いやだから小学校か。
「今日はなんと!転校生がこのクラスにやってきます!」
「えーどんな子だろう~!」
「かわいい子がいいでーす!」
「イケメン希望でーす!」
小学校か!!
「それでは早速呼びたいと思います!どうぞ~!」
とてつもなく出て行きたくないが仕方がない。
廊下は暑いし。
「本日よりこの学園へ転校しました、神威零紗と言います。よろしくお願いします。」
挨拶をし一礼。そして顔を上げると見知った顔が。
「「あ。」」
お互いの存在に気づき同時にリアクションする。
「あああああぁぁぁぁっっっ!!!!」
そして相手がオーバーにリアクションする。
天河彩希。昨日、私が力を試した男。
「ど、どうした彩希っ!?あのクールビューチィと知り合いか!?」
なんかいま胸糞悪い呼ばれ方をされた気がするのだけど。
「い、いや、昨日俺ん家でご飯作ってあげた...って、やべ。」
「「「「「えええぇぇぇぇぇっ!?!?!?!?!?!?」」」」」
バカ。バカ彩希。
「お、おっおまおまおまえっついにぃぃぃっ!?」
「彩希君...同棲...がくっ。」
「彩希さまぁぁぁぁぁっ!!」
「あの女...許せない.....。」
いい加減に苛立ち度がMAXなのでもう知らない。
ダンっ!と勢いよく教卓をぶった切り場を黙らせる。
「改めまして、神威零紗よ。剣と空間の神憑き。以上、よろしく。」
鋭い視線をTHE駄教官OF駄教官に向け『進行しろクズ』と命令する。
「あ、え、えーっと。座席は...。」
私はTHE駄教官OF駄教官が言い終わる前にある席を目掛け歩を進める。
「そこ、どいてくれるかしら?」
「えっ?」
「理解できないかしら?ど・い・て?」
「は、はいぃ!」
彩希の右隣の席。
元から居たひ弱そうな女を脅して排除する。
「教官、こちらでよろしい?」
「あ、どどどどっ、どうぞ~...。」
にこっと営業スマイルをかまし席に着く。
そして私の左隣でアホ面をしているアホに向かって、
「よろしくね。」
と微笑みかける。
ここから私の学園生活が始まる。仕組まれた学園生活が。
必ず...必ず、天河彩希。あなたを...。