ポニーテールは劣情を煽るのか?
顔だけはいい弟と、百合属性手首フェチの姉の、日常の1コマ。
ネットで話題のポニーテール禁止について、この姉弟、思う所があるようです?
「馬鹿じゃねぇの?」
「何が」
「何処かの学校が男子生徒の劣情を煽るからポニーテールを禁止にするんだと」
「それは、まあ、随分と思い切った事をするわね。それも見当違いの方向に」
「だろ。項が露わになって劣情を誘うからって、男が全員項に欲情すると思うんじゃねぇよ」
先程迄部屋の片隅で肩膝を立て、つまらなそうな顔で手持ち無沙汰にスマホを操作していた弟は、その端末を床に置かれたクッションに向けて軽く放り投げる。
ぼふっ、というやわらかい音を立てて、クッションはその素材を生かし、緩和材としての役目を発揮して弟のスマホを衝撃から守った。
「例えばアレだ。スカートを馬鹿みたいにたくし上げて、太腿を存分に晒し、下着さえ見せそうなアレ。ス風で翻るスカート。あれを好みに掠りもしない女にやられたって目の毒っつーか迷惑なだけで、嬉しくも何ともない、っていうのに似てるな。確かに好みの女子が項を晒してればきゅん、ともなるけど、全員に全員欲情してまわってるワケじゃねーよ」
「つまり細身で派手顔、化粧も欠かさない女の子がポニーテールにしてようが、シャツを第3ボタンまで開けていようが、何も感じないと」
「全然。つーかアネキだってそうだろ。好みじゃない女の手首見て欲情するか?」
「女の子は平等に可愛いとは思うけど、そうね、其処迄に至るだけの熱量は持たないわね」
「項を晒してるのが悪いんじゃなく、ポニーテールが悪いんでもない。そもそもそれ決めた人間の異常性癖が存分に発揮されてるだけじゃねーの?もしくは親が煩かったか」
「劣情を煽るとか、変に性的だとか。そうやって指摘する人程“そういう目で”見ているとも言われるわね。少なくとも私にとってポニーテールは女の子がやったら可愛い髪型の1つにしか過ぎないわ」
「オレにとっては何も関係ない。まあ、都架がやってれば何でも目を惹くのに違いはねーけど。結局その行為とか、状態じゃねーんだよ。誰がやってるかが劣情を煽られるか如何かに影響するワケ」
「そもそもそれでポニーテールを禁止出来るのなら、私の基準で語ると女の子は冬でも長袖禁止になるわ。寒くて可哀想よ」
「流石、手首異常性癖」
「あら?手首であればいいワケじゃないわ。長袖の袖口からちらっと窺える女の子の手首が愛おしいの!」
「……まあアネキを見れば一目瞭然の様に、誰が何処に欲情するかなんてソイツの好みによって違うんだし、そいつがそういう性癖持っていても、好みの人間じゃなきゃ欲情はしない。逆に言えば項を露わにして劣情を煽らないようにしても、隠れた項が覗くのが性癖の人間もいれば、ダイレクトに髪を好いてるヤツもいる。いちいちそんな名目で制約していったら、いずれ破綻しかねないぜ」
「逆にそれを制約しているお偉方の異常性癖という可能性もあるわね。例えば私の場合で言えば、私が常に女の子の手首を万全の状態で見たいから、夏でも半袖禁止。あんたで言うなら、優等生風の女の子が好きだから髪染めもメイクも禁止、スカート丈に手を加えるのも禁止って感じね。あら、あんたの好みに合わせると昔からある校則そのままね?」
「確かにオレはそういう優等生タイプが好きだよ!ただオレは都架だから惹かれるだけだ!!まあ、オレとアネキの2人だけでもここまで見事に欲情するパーツが違うんだぜ?項に決め付けて、男子生徒の劣情を煽るから禁止します!っていうのは無駄無駄。他の目的が透けて見えている気がしてならねーよ」
「同感ね。下着の色指定とかも昔からあったけれど、あれって存外担任の趣味だったりしかねないわね」
「学び舎に相応しくないからって建前でな。案外ポニーテール禁止にせよ、下着の着用制限にせよ、お偉方の趣味が存分に発揮されているだけにすぎねーのかも」
はっ、と1度鼻で笑い飛ばしてから弟は自ら投げ捨てたスマホへと手を伸ばし、また時間潰しに特に目的もなく端末を操作しだす。
しかしふと何かが気になったというように手を止めて、姉の方をちらりと見やる。姉は机に向かい、広げたノートになにやら真剣に書き込んでいた。勉強しなくとも成績優秀な姉がここまで根詰めて机に向かう事なんて珍しい。
多分、十中八九、碌な事を考えてはいない。
「アネキ。参考までに聞きたい。そんな真剣に何してる?」
「どうやったら夏服の期間を短く出来るかと思ってね。それらしい真っ当な文章を考えているの」
真剣そのものといった様子で、手首異常性癖、より厳密に言えば“長袖の袖口から覗く”手首異常性癖の姉は言い放つ。
弟はそんな姉には慣れているものの、先程の話の流れから呆れた様に片手で前髪を掻き分けつつ、呟いた。
「アネキの学校こそ、手首が隠れる長さの長袖は着用禁止にした方がいいんじゃねーの?」
「嫌よ!でも解せなくて劣情云々を建前にしたような強引な校則って、存外、本当にそんな流れで決まっていたりして、ね」