港に集う者
男二人とグリフォンの間に挟まれたリディアは、連れられるがままに深い森を歩き続ける。
自分を盗もうとする理由は何なのか。人質にしてネラ教会を脅すつもりなのか――
いくら考えても答えが出ることはなく、むしろ思考はどつぼにはまった。
とぼとぼと歩きながら、二人の横顔に視線を送っていく。
茶髪の男バドは、どことなく機嫌が良さそうで、聞き覚えのない鼻唄を歌っている。
一方、キャプテンと呼ばれた黒髪の男は、目つきが鋭いせいか、不機嫌そうに見えた。
そして恐らく、リディアはこの男に信用されていないのだろう。
右手首には変わらず、黒髪の男の手が錠のように絡み付いていて、振りほどく隙すら見えない。
祈りの巫女の立場を考えれば、逃走を試みて、教会へと戻るべきだ。
だが、うまく逃れることができたところで、教会は自分を許してくれるのだろうか――という思いが、頭の中を支配していく。
結局は、逃走する勇気もでないまま、いまもこうやって盗賊の言いなりになっている。
その一方で、このまま盗賊団の元へ向かうというのもまた、ひどく恐ろしく思えた。
盗賊など、無法者たちの集まりだ。
この身に何をされるかわかったものではない。
進退ままならない状況に、リディアの瞳は揺らいでいく。
あと少しで涙がこぼれ落ちるというところで、ふと歩みを止めてその場で顔を上げた。
黒髪の男が突然、足を止めたのだ。
「キャプテン、どうしたんスか?」
恐らく、目的地についたわけではないのだろう。
不思議そうな表情を浮かべるバドが、黒髪の男の横顔を見つめている。
「あれ見てみろ」
棘を含んだ黒髪の男の声に、バドとリディアも木の陰から、遠く離れた港の様子をうかがう。
すると、神官や、熱心なネラ教徒たちが、船の荷を一つ一つチェックしているのが見えた。
クルーク港で積み荷の確認をしている光景など、リディアはこれまで一度たりとも見たことがなかった。
そもそも、神官たちはいつも祭事で忙しく、教会以外の場にいることすら珍しい。
そんな彼らが港で荷の確認をするなど、一体誰が想像しただろう。
彼らは恐らく、転落したリディアが生きている可能性に賭け、逃走・誘拐防止のために港の見回りをしているのだろう。
「げげ。あいつら案外、仕事早いっすね……」
苦笑いをするバドに、黒髪の男は淡々と言葉を返す。
「お前も、ああだといいんだが」
「冗談言ってる場合っスか」
「現状どうしようもねェだろう」
乾いた笑いを見せるバドに、黒髪の男は突き放すような言葉をかける。
それに負けじと腕を組んだバドは、口を結んで必死に頭をひねる様子を見せた。
「あ、そうだ。それならコイツに乗って、この子とキャプテンだけ先に船に向かうってのは? 我ながら名案だと思うんスけど」
バドはグリフォンの頭を叩いて笑い、グリフォンは首をかしげながらバドの顔を見つめた。
黒髪の男に視線を送ると、明るい表情のバドとは対照的に、浮かない顔をしている。
バドの提案は良案だと思うのに、とリディアは疑問を抱えたまま、黒髪の男の言葉を待った。
「少しは頭を使え。ノクスに乗るなんざ目立ちすぎるし、あいつらにバレたら仲間を危険にさらす」
男の言うことはもっともなことだった。
暗黒竜の封印継続という大役を果たせるのは、世界に数十名しかいない祈りの巫女と神の使いだけだ。
そんな祈りの巫女を誘拐したなどと知られたら、ネラ教会は黙っていないだろう。
この世で唯一の宗教であり、政治的にも大きな権力を持つネラ教会の歴史は、救済や平和の維持といった美しいものばかりではない。
他の宗教やその信者たちを許そうとせずに廃絶しており、民もまた、それを是としてきていた。
巫女が盗まれたとあらば、どんな手を使ってでも奪還しようとすることは、想像に難くない。
バドは唸りながら悩み続け、グリフォンのノクスはバドと黒髪の男を交互に見つめている。
リディアは、どうすればこの板ばさみともいえる状況を脱せるのか、そればかりを考え続けた。
静かな森の中、バドの唸り声だけが響く。
この時間はいつまでも続くかとも思われたが、突如として黒髪の男が顔を上げ、バドへ視線を送った。
「おい。バド、前言撤回する。お前にしちゃ上出来だ」
「え、どういうことっスか?」
バドの問いに、黒髪の男は左口角を上げていく。
その表情は自信に満ちており、策の成功を確信しているかのように見えた。