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9.葛藤。

 宮間涼太選手。大きく大きく振りかぶって、投げた。

 続いてもう一球、投げた。


 緊張をごまかすために脳内実況しながらエレセントを兎に向かって投げる。

 一投目の赤色のエレセントは大きく兎から外れ、二投目の青色のエレセントはバスケットボール大の氷となって兎の側頭部に――紙一重で避けられた。


 有無も言わず俺は走り出す。兎が動いたことで重力操作は解除されている。即座にメロを抱きかかえ立ち上がろうとするも、当然ながら眼前に兎が立ちはだかる。身体が一瞬硬直している間に、メロが俺のポケットから緑色のエレセントを取り出し兎の足元に放り投げた。地中から大量のツルが出現し、兎の頭からつま先まで全身に隙間なく絡まり拘束した。


 人型のツルと化した兎を唖然と眺めていると、


「はや……く、はしって……」


 肩に担がれているメロが耳元で精一杯の虫の声を囁く。


「う、うわあ! わあああああああ!」


 悲鳴をあげながら脱兎の如く走り出す。


「まったく、たすけるのおそいですよ……ばか……」


 道へ入ると、メロはかすかに笑いながら言った。


「ごめん、俺、こわくて……」


 息を切らしながら弁解する。いや、言い訳にすらもなっていない。


「……感謝、してますよ……あ、そこ、」


 がむしゃらに走っていると、メロは脇道を指差し止まるよう指示した。メロを降ろすと、ふらふらになりながらコートを脱ぎ捨てる。あれだけあったエレセントの多くがなくなっていた。赤と青のエレセントは数える程度で、緑と黄色はまだある程度残っていた。


「緑を、すべてください」


 俺は急いでコートのなかと、メロが身に付けているホルダーから緑のエレセントを抜き取りメロの両手に乗せる。すべてを渡し終える、手のうえで山になったエレセントを地面に落とす。


「これで、逃げられるでしょう」


 目を虚ろにしながら笑う。地面が揺れ動くのを感じると、周囲から大量のツルが伸びる。ツルは等間隔で並ぶ家々の間に屋根を形成し、裏道を照らす月明かりの一切を遮断する。


「かなり広範囲に、ツルをひろげました……空から見つけようと思っても、不可能です」


 続いてメロは黄色のエレセントを指でなぞる。すると足元を照らせる程度の仄かな光を灯された。


「あとは頑張って、逃げて、くださ……」


 メロはエレセントを俺に渡すと気を失った。脈はあるし心臓も動いているから大丈夫……だと思いたい。エレセントの原理はわからないが、俺のように鉄箱の特殊コーティングされた部分に打ち付けるでもなく素手で触って発動させていた。きっと身体への負担もあるのだろう。


 ここからはひとりだ。深呼吸をひとつして、メロを背中におぶる。そしてはじめて、メロは小柄で軽いことを実感する。華奢な身体で、俺を助けるために満身創痍になっている。絶対に逃げ切って、一緒に生きて帰るんだ。そう決心し、わずかばかり光るエレセントを強く握りしめる。


 遠くのほうでたくさんの足音と悲鳴が聞こえる。きっと大通りのほうではたくさんのひとがパニックになっている。なにせ周囲一帯が氷の塊に殴られ、熱で溶かされているのだから。


 重力を操り空に浮かぶ兎から見つけられることはもうない。となれば暗闇とドブ臭さで飽和した裏道のなかを兎自ら探すかもしれない。せっかくの唯一の光源だが、光り続ける黄色のエレセントはポケットに入れて隠しておく。代わりに白色のエレセントを手にしたまま、寸分先も見えない闇のなかを足をずりながら細心の注意を払って進む。


 どうやって逃げようか。そして、どこに逃げようか。考えを巡らせる。メロが生み出したツルが天井を形成しているおかげで空から目視されることはない。だが、範囲は限られている。もし兎が空高く浮かび裏道一帯を見渡していたとすれば、ツルの範囲から出た瞬間に狙われる可能性がある。逆にもたもたとしていれば裏道に入っていた兎と遭遇することもありえるだろう。

 

 頭を捻る。

 今はまだ兎を拘束した場所からそう離れていないから、少しでも歩いて引き離す必要がある。だが、しばらくしたら裏道に身を潜めていたほうが発見される可能性は低いだろう。道がかなり入り組んでいる上に目の前一メートルですら視認できない闇のなか。ある程度さまよったあとにどこか建物に入ってしまえば一晩は隠れられるだろう。


 背中から伝わるメロのわずかばかりの体温を感じ取る。


 一晩隠れられたとして、メロは大丈夫だろうか。

 過激な戦闘にくわえ重力操作による攻撃――詳しくはわからないが、口から血が溢れていたことから内蔵にも相当な痛手を負っているだろう。


 いっそのこと、戦うか?

 一瞬考え、頭を振る。


 武器はメロの所持品から拝借した赤と青のエレセントをいくつか、そして右手に持つ白色のエレセントのみ。


 さきほど証明されたが、俺では人よりも大きい氷塊や地面をえぐる勢いで溶かす熱は出せない。せいぜいバスケットボール大の氷しかできなかった。つまり、エレセントそのものではなく使用者のなんらかの作用によって魔法の強さも変わってくることになる。


 白のエレセントがどのような効果をもたらすのかはわからないが、俺が使ってもどうせ付け焼き刃に終わるだけだ。


 メロを助ける、他の方法は――。


 なぜかはわからないが、ふと宿屋の親子ふたりが浮かんできた。あのふたりのおかげで突然の異世界旅行も穏やかにいられたな。でも今はそんなことを思い出している場合ではない。頭から追い出すと、つぎにアルマとメヴィルの顔が浮かびあがる。

 国を統治する王族。そしてメロの仕える相手。優秀な医者もいるだろうし、兎を討てる戦士も在中しているかもしれない。


 人の気配がない古びた家に入り込む。最上階である二階にあがり、部屋の片隅のメロを寝かせる。暗闇のなかだが、どことなく穏やかな表情のような気がしてほっと息を漏らす。


 城へ走ろう。アルマの弟であり俺と似ているらしいブレルニールに俺の存在を知られるのはアルマにとっては損だが、そんなことを言っている場合ではない。


 そう思った矢先だった。


 足元がガクガクと微動し始めた。いや、違う。建物全体が痙攣のように震えているのだ。木造の家が大きく軋む。


 次第に音が大きくなり、――天井部分が綺麗に千切れた。


 千切れた部位は一気に空へと落ちていく。この家だけではない。周囲一帯の建物すべての天井が、メロがつくりだしたツルとともに飛び去る。


 一帯の天井部分とツルとなるとかなりの質量だ。そのすべてをまとめて操れるというのか……。


 目の前に、兎が立つ。

 飛んでいった物体たちがもとの重力を取り戻したのか、街のどこかで崩落する音が聞こえた。そのなかには人々の悲鳴も混じっている。


「さて、今度こそ邪魔者がいなくなりましたね」


 空に浮かぶ満月が、俺たちを照らす。







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