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8.落ちる。

 巨大な氷塊が霧散するように消える。メロは地に足を付け、兎と正面から対峙する。


「リョウタさん。あのひとはお知り合いですか?」


 学校の屋上で出会ったのと同じ人物なら、知り合いと言えば知り合いか。そう思いつつも否定の返事をする。たしかに背格好は似ているが、まとっている雰囲気がなんとなく別人のように感じられるのだ。

 ともあれ、俺は安堵の息を漏らさずにはいられなかった。知っている背中が目の前にあるだけで、これほど安心するものなのか。


「リョウタさん」


 メロがまたしても俺を呼ぶ。兎はその場から動くことなく、じっとこちらに顔を向けたままだ。


「隙をみて逃げてください」


「それならメロも一緒に――」


「だめです」メロの口調が強まった。

「私が足止めします。あのひと……なんだか危険な匂いがします」


 危険な匂いがするならなおさら一緒に逃げよう、と言おうとして飲み込む。女の子ひとりを置いて自分だけ逃げるなんてさすがにプライドが許さない。でも、俺がいたところで足を引っ張ることはできても役立つことはできない。ここは正直に、メロの言うとおりにするのがベストだ。


「いいですね? 私が合図をしたらがむしゃらに走ってください」


「わかった」


 俺は頷く。安堵したのも束の間、またしても心臓が激しく鼓動する。


 一瞬の静寂が訪れる。

 メロと兎はお互い動くことはなく、わずかに吹く風が家々の間を縫って音を鳴らしている。


 カチャ。


 メロは袖口から赤色のエレセント出すと同時に、


「行って!」


 ――兎に手を向け叫ぶ。俺はメロに背を向け思い切り走り始める。

 背後から髪を焦がしそうなほどの熱を感じる。兎のいた方角に目をやると、その一帯がドロドロに溶けて赤い光を発していた。これが熱を放出する赤色の力。


「前を見て走ってください!」


「はい!」


 拳に力を込めて駆ける足を速める。

 その時だった。突然全身がぐるっと回るような感覚を覚えた。足はきちんと地面に向けられ、なにも問題はない。だが、地面が垂直な壁のように感じられ、次の瞬間には真後ろへ落下していた(丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶)


「うわあああああああああああああああああああああああああ!」


 まるで重力をそのままに天地が九十度回ったかのようだった。


 抗いようもなくメロの背中に衝突する。


「――っつ! リョ、リョウタさん?」


 メロを巻き込み落下は続く。建物に落ちる寸前でメロが緑のエレセントをふところから取り出し建物に投げつける。太く長いツルが大量に生え、俺たちを包み込むようにキャッチする。


 またしても世界が反転。ツルのうえに立っていることができなくなり、メロとともに今度は空に吸い込まれていく。俺にとっての空が、落下先に変わったのだ。それにも関わらず兎は地面に足を付け、俺達を見上げて――あるいは見下ろして――手を振っている。


「まさかとは思っていましたが……あの人、禁忌の魔法を使えるようですね」


 メロは俺をギュッと抱きしめ、空に落ちながら冷静に分析する。


「き、近畿?」


 内臓が持ち上げられるような不快感と恐怖を必死に押さえ込みながら返事をする。


「重力魔法です。あのひと、私たちに対する重力のみを操っているんです」


 つまり、天地が回っているのではなく降りかかる重力が回っているということだ。今の俺とメロは常人とは全く逆の重力下にいて、文字通り空が俺たちにとっての足場を失った地となっている。


 メロは鋭い眼光を兎に向けながらコートの前面を開く。裏側には大量のエレセントがびっしりと装着されいる。それだけでなく、身体にはホルダーが装着されており、そこにも所狭しとエレセントが収納され、コートで見えていなかった太腿にも同様にホルダーが巻かれていた。


「いっかい離しますが、慌てないでください」


 返事を待つことなくメロは俺から身を離す。掴みどころを失いパニックに陥りかけたが、なんとか持ちこたえる。


 メロはコートの裏面から青のエレセントを大量に抜き取り、クナイを投げる忍者のように、全身をバネにして兎に向かって投擲する。


 凄まじい速度で一直線に飛ぶエレセントたちは闇夜に溶け込み、地面に届く寸前で巨大な氷塊へと変貌する。

 頭上から轟音が走る。同時に、俺たちの重力が正常に戻る。脳みそがぐるぐると回るような気持ち悪さに襲われつつ、今度は頭上にある地面に向かって落ちていく。


「倒したか?」


「いいえ。まだです」


 メロは間髪いれずに大量のエレセントを投擲し続ける。大量の氷塊が地面を叩き、灼熱がそれを溶かす。


「禁忌魔法は多大な魔力と集中力を要します。やはり攻撃を避けながら使うことはできないようですね」


 再び重力を操られないよう立て続けに攻撃を行っているのか。


 落下寸前で何本ものツルがクッションとなる。ツルはそのまま網目をつくり球体となって俺を閉じ込めた。身動きはとれなくなるが、これならば重力を操られても問題ない。完成を見届けメロは走り出す。


 氷塊のすべてが消えてなくなると、辺り一帯が悲惨なほどに変形しているがわかる。真っ平らだった地面は氷塊の打擲により凸凹となっており、ところどころは高温の熱に焼かれ硝煙が立ち込めていた。


 黄色のエレメントが空に放たれる。

 目をくらます閃光が広がるのではなく、周囲を明るく照らす光源となる。


 崩壊を免れている建物のうえに兎が立っているのがわかった。メロはすぐさま方向転換、一直線に兎のもとへ向かう。


 途中、メロの重力が右手側に向く。さらにその先に転がる瓦礫がメロに向かって落ちる。衝突前にすぐさま兎のいる場所に氷塊をぶつけ重力操作を解く。兎は真上まで見上げなければ捉えられないほどに跳躍し、地面に向けて手をかざす。


 周囲にある大きな瓦礫の数々が浮かび上がり、メロを潰すために一斉に発射される。

 弾丸の如く飛び交う瓦礫群のなか、地面に突っ伏し、跳ね、身体を捻り、華麗な身のこなしで避け続ける。


 これが、この世界の戦いか……。

 呑気にも、俺はそう思うほかなかった。


 メロは宙を駆ける瓦礫をタイミングよく蹴り、ちょうど兎のいる場所まで跳ぶ。瓦礫はなおもメロを追撃しようとするが、いつの間にか瓦礫それぞれに刺されている赤のエレメンツが起動し、一瞬で蒸発する。

 回避しながらこんなことまでするとは、メロの身体能力は常軌を逸している。それともこの世界では普通なのか。


 そんなことを考えていると、メロが兎に攻撃を入れる寸前で地に落ちた。

 一瞬の出来事だった。反撃を許さない速度で地面に衝突する。普通の落下とは違って、巨大な力に叩き落とされたかのようだった。


「メロ!」


 ツルでつくられた檻は頑丈さを若干弱め、頭がだせる程度に網を緩めることができた。だが、出ることはできない。


「そこに……いてください……」


 さきほどの細身の盗賊と同じだ。

 数メートル先で、メロはなにかに押しつぶされるように地面にへばりついて離れられないでいる。そんななかでも、俺を安心させようと微笑みかける。


 兎がメロの傍らに着地する。


「おい、やめろ」


 兎は俺に顔を向けたまま、地に這うメロに手をかざす。


「あぎゃっ! あっ……んぐ、んんんん……!」


 メロの身体がメキメキと骨を鳴らす。悲鳴をあげかけるも苦痛に顔を歪めながら歯を食いしばる。


「やめろ! やめてくれ!」


 必死に懇願するが、兎は視線を苦しむメロを移すだけで動こうとしない。時間が経つにつれツルが力なくヘタり、檻としての形を失っていく。


 このままだとメロは殺される。目はまだはっきりとして俺を見つめているが、口からは血のあぶくが溢れ出ている。

 

 俺がなんとかするしかない。なんとか……。


 でも、俺になにができる?

 手元にあるのは四色のエレセント。使ったとしてもメロのようにすごいものが出せるとは思えないし、反撃した瞬間に殺される可能性のほうが遥かに高い。


 周囲一帯が変形するほどの戦闘だったから、騒ぎを聞きつけた誰かが助けに来てくれるかもしれない。

 メロの意識はまだ保たれており、まだしばらくは耐えるだろう。その間に――、


 違う。


 なにを考えているんだ。メロを犠牲にして俺だけ助かろうって言うのか? 自問自答する。そんなにも下劣な人間なのか、お前は。


 さまざまな葛藤が頭のなかで入り乱れる。その間にもメロは死に近づいている。


 メロと買い物をした記憶が走馬灯のように浮かんでは消えていく。


 震える手を握りしめる。拳は変わらず震え続けている。

 考えるのはやめだ。とにかく、メロを助けなくては。


 兎は左右交互に頭をかしげながらメロの苦しむ様を楽しそうに眺めている。完全に油断している今がチャンスだ。


 俺はバッグから鉄箱を取り出し、深呼吸をひとつする。

 

 こんなよくわからない世界で、よくわからないまま死んでたまるか。


 震えは止まらない。でも、覚悟は定まった。


 メロ。いま助けるぞ。


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