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7.兎

 空はすっかり夕暮れを超え、黒を深めている。

 街の中心地は街灯で明るく照らされているが、裏道は密集する建物の隙間から覗く月明かりしか光源がない。つまり、隙をつくならここなのだ。


 買い物をする過程で、少なからずメロとの親睦を深めることができていた。だからメロ自身も油断していたのだろう。メロは案内のために俺の先を歩いていて、機嫌が良さそうに「早く大通りにでましょう」と、明るい声をあげながら駆け足でさらに先を行った。


 その時だ。俺がさらわれたのは。


 今、筋肉を着込んでいるかのような大男にかつがれた状態で裏道を突き進んでいる。大男を先導する細身の男が目の前を走り、後衛には眼帯を付けた女がいる。理由はわからないが、この三人組が俺を誘拐しているというわけだ。

 この辺一体の地理を熟知しているのか、右へ左へ角を曲がり続けながら前進する。


 見たところ、メロが追いかけてきている様子はない。それが狙いでわざわざ道をとっかえひっかえしているのだろう。


 大男の走行にあわせて俺の身体も上下に揺れる。反抗したいのは山々だが、大男の肩に背負われ、腕ごとがっつりと抱かれ、足もしっかりと掴まれているから身動きがとれないでいる。挙句には口のなかに布を押し込まれ声も出しにくい。


 見る限り、中心街とは外れた奥地へと向かっているようだった。進むたびに立ち並ぶ建物が古びたものに移り変わっていき、しまいには掘っ立て小屋のような家すら現れ始める。


 大男が突然立ち止まったと思うと同時に俺は投げされ、放物線を描いて地面に叩きつけられる。

 そのまま転がり壁に激突する。全身が殴られたような痛みにうめきながら、周りを見渡す。

 

 建物の間を縫った裏道ではあるが、そのなかでも広い空間にでていた。周囲は人が住んでいるのかもわからない古びた家々の裏側に囲まれている。


「さあ、お前のもっている金を頂こうか」


 先導していた細身の男が言った。その右手にはナイフが、月明かりに照らされ輝いていた。

 口のなかに詰められた埃くさい布を吐き出してから、俺はしらばっくれる。


「たいして持っていないぞ」


「嘘をつくな嘘をさあ。袋いっぱいの金貨、私は見てるんだよ」


 今度は目つきの悪い女が一昔前の黒ギャルみたいな口調で言った。


「そういうわけだ。途中で見失ったりと大変だったが……とにかく、あのメイドの隙を付くことに成功した時点で、俺達の勝ちは確定だ。命が惜しくば、金をよこせ」


 ドクドク、と心臓が脈打っているのを感じる。今まで現実世界ですごしたなかでカツアゲをされた経験はない。緊張が身体を強張らせる。なにより相手はナイフを持っている上にプロレスラーも失禁してしまうような大男もいる。ただのヤンキーに囲まれるのとはわけが違う。


 俺はショルダーバッグをおろしポケットを開く。そして、あることを思い出す。


 金の入った巾着とは別に、もうひとつ、小さな鉄箱が入っていた。

 このなかには、メロにすすめられて購入した宝石のような石がいくつか入っている。たしか名称を、『エレセント』と言ったな。


 メロの説明通りなら、これで戦うことはできる……はずだ。


 箱のなかには五つの石が入っている。それぞれ五種類、赤青緑黄白色に輝くエレセントだ。


 俺はバッグから金の入った巾着を取り出すと同時に、黄色のエレセントを巾着の裏に隠して持つ。右手には、鉄箱。


「すげえ、あの袋いっぱいに金貨が入っているのか」


 大男がまぬけな笑顔ではしゃぐ。細身の男はナイフをこちらに向けたままジリジリと近づこうとしてくる。猶予はない。


「あ、メロ! 助けてくれ」


 叫ぶと同時に三人は背後を振り返る。俺は急いでエレセントを鉄箱の特殊コーティングされた裏面に叩く。エレセントは仄かに光を帯び始め、急いで三人の視線の先に投擲し、目を伏せる。


 強烈な光が、一気に拡散する。


「くそ! 目がーー!」


 三人がそれぞれ目を抑えて呻いている間に、俺はど真ん中を突っ切る。予想以上の光で正直驚いた。買って正解だ。ありがとう、メロ。


 広場を抜け裏道に出ればこっちのもの、複雑に入り乱れた道をてきとうに走り回れば逃げられるだろう。


 そう考えを巡らせていた矢先、道に入る直前に腰になにかがまとわりついた。全速力で駆けていた勢いのまま倒れ込む。女が腰に抱きついてきていた。眼帯が外されており、その目で俺を捉えたのだ。


「この野郎、ふざけやがって!」


 引き剥がそうとするも、すぐさま女は身を翻し俺の腹を殴りつけた。胃が押し上げられ、大量の唾液が溢れだす。歯を食いしばり、続けざまに拳を振りかざす女の顔面を蹴り飛ばす。怯んだ隙に立ち上がり、女との距離をわずかばかり離して対峙する。


 三歩分の距離、回れ右をして走り出してもすぐに捕まってしまうだろう。エレセントを使うにしても箱から取り出し打ち付ける必要があるため、時間がかかる。それに近距離で使用するには危険すぎる。他の色のエレセントは物理的なダメージを負わせるものばかりだと、メロは言っていた。


 他のふたりの目が回復したらまず勝ち目はない。相手は女……すぐに勝負をつけるしかない。


 先手必勝。一気に女との距離を詰め殴りかかる。だが簡単に避けられ、女は勢い良く膝蹴りを腹にかます。膝をつき倒れる素振りをみせてから女の足元に突進する。転んだ女の上に乗り殴りかかろうとするも、身軽に抜け出し再び腹に蹴りを入れられる。


 さきほどと同じように一定の距離を保って対峙する。だめだ、勝てねえ。この女、喧嘩慣れしすぎている。片や俺は平和な日本でのほほんと高校生活を送っていた身。無謀にもほどがある。


 ほかのふたりも回復し始めたのか、薄目を開けながら少しずつ近づいてくる。遠巻きに三人に囲まれる状況、さっきと同じ窮地だ。


「おかしな真似をしやがって。ただじゃおかねえ」


 細身の男は心から溢れ出る怒りを声に表しているようだった。同じ窮地ではない。刺激した分さっきよりも危険な状況だ。


 ここまでか――。諦めかけたとき、事態は一変することになる。


 突如、女が一直線に吹き飛び奥にある建物に激突した。あまりの勢いに突っ込まれた建物は半壊状態、女は瓦礫とともに地面へ転がる。


 俺を含めて全員が唖然としていると、今度は細身の男が地面に突っ伏した。


「おい、なにして――」


「あぁあいあぁああぁあぁあああ!」


 大男が声をかけたさなか、細身の男は全身をバキバキと鳴らしながら絶叫する。なにかに押しつぶされるかのように、細身の男の体が平たくなり、地面へとめり込んでいっているように思えた。髪は水をかぶったようにぴったりと直下しており、衣服の余裕がある部分も地面にへばりついている。


 細身の男に降り掛かっていた「なにか」が解けると、次に大男が上空へ舞った。飛ぶというよりも、空に落ちていくような感じだ。悲鳴をあげながら空に吸い込まれていき、暗闇のなか見えなくなった思ったら、地面に向かって落下してきた。ぐしゃ、と生々しい音が響き渡る。


 手が震えていた。それだけじゃない。膝ががくがくと笑いだし、極寒のなかに裸でいるかの如く歯をガチガチと鳴らしている。

 三人ともまだなんとか生きているようだが、それも時間の問題だろう。

 俺は周囲を見渡す。メロが助けてくれたのだろうが、さすがにやりすぎだ。


「ここですよ」


 どこからか男の声がするも、その音源がどこかわからない。依然として周囲を見渡していると、「ここ、うえです」と頭上から声が聞こえた。


 薄暗くてよく見えない。だが、それがメロでないのは間違いなかった。黒いスーツを来た背の高い男が、月明かりに照らされながらゆっくりと空中から降りてくる。静かに地面へと着地し、右手を胸にあてながら大げさにお辞儀をした。男は、兎の面をつけていた。


「空が、真っ黒ですね」


 男は言った。白色の兎の面は片耳が垂れている形をしたもので、愛くるしい表情をしていた。それゆえに、月明かりにわずかばかり照らされる兎の不気味さと俺の心理状態が、一層現状の恐怖を引き立てていた。


「……あんた、俺を屋上で刺したやつか?」


 兎は表情を変えぬまま棒立ちしていた。それから壊れたブリキのように首をかしげた。


「さあ、どうでしょう」


 ランウェイを闊歩するモデルのような歩き方で近づいてくる。逃げ出したかったが、肝心の足が動かないでいた。


「おい……てめえ……」


 地面に突っ伏したままの細身の男が声を絞りあげる。兎はピタッと歩をとめてそちらに顔を向ける。


「なにをした……」


 兎は答えようとはせず、黙って両手を天に掲げた。まるで神様に祈りを送るように。

 地面に転がっていた三人が、なにかに引っ張られるように徐々に宙へと浮いていく。


「なにを……する気だ」

 

 兎が掲げた両手を思い切り振ると、三人は腕を振った方角へと空高く吹っ飛んでいった。一拍の間を置いて、同じ方角から地響きのような音がこだました。どこかに衝突したのだろうか。


 冷えきった汗が一滴、額に垂れる。決して暑いわけではない。むしろ肌寒いぐらいだ。しかし胸の奥が燃やされるように熱くなっている。心臓が通常の数倍も働いているから、それによるものかもしれない。

 恐怖が焦燥へと変わって、本能が逃げろと警鐘を鳴らす。

 間違いない。殺される。殺される殺される殺される殺される。

 

 再び兎の男はこちらに向かって歩を進める。


 それでもなお、足が動くことはなかった。一歩、二歩、近づいていくる不気味な兎を黙って迎え入れることしかできないでいる。もう、目のまえだ。


 そして手の届く距離まで接近すると、


「さて、邪魔者がいなくなり――」


 突如、真後ろへと跳躍した。その直後に眼前で巨大な物体がけたたましく落下した。あまりの衝撃に尻もちをつく。見上げると、巨大な氷塊が兎のいた場所に叩きつけられており、そのうえには見覚えのある人影がいた。


「リョウタさん、遅くなってすいません!」


 メロが後ろ姿を向けたまま叫ぶ。その様は俺の知っている可憐なものではなく、威風堂々たるオーラを纏った果敢な背中だった。茶色い髪が月の光を反射させ、ゆらゆらと揺れている。


「いま、助けます!」




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