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6.お買い物。

 アルマとメヴィルが去ってから一刻ほどが経っただろうか。

 また明日、俺のなすべきことについて話をしにやってくるまで、俺は自由時間を得ることができた。とはいえ突然とやってきた異世界だ。ひとりで外を散歩するにも不安しかない。

 玄関扉がノックされた。俺は誰かを確認せずに扉を開く。


「アルマ様の命により参上致しました! メロと申します!」


「ああ、聞いているよ。宮間涼太だ。よろしく」


 巨乳だな、が第一印象だった。メヴィルと似た服装をしているが、ところどころにフリルが付いていて、メイド感を一層高めている。なによりメヴィルが断崖絶壁のすっきりとした胸だったことに対し、メロの胸はそれはもう豊満な……やめておこう。髪は栗色のセミロングで、癖っ毛なのか、くるくるとパーマ風になっている。とにかく、メヴィルとは対象的に明るい印象を受けた。


 自由に行動がしやすいよう、メヴィル直属の部下であるメイドをひとり側近にしてくれるとアルマは去り際に言っていた。それが、この子なのだろう。いざという時には武力的防衛もこなしてくれると聞いているが……武器のようなものは一切見当たらない。


「さっそくですが、なにかお申し付けはありますか?」


 メロは麗しい瞳で首をかしげる。目鼻立ちがはっきりとしていて、あまりの可憐さに直視するのが難しい。たっぷりと感じるあざとさがまた、良い……!


「それじゃあ、外を案内してほしい。服を買いたいんだ」


「かしこまりました! 任せてください」


 メロはなんだか楽しそうだった。洋服が好きなのかもしれない。


 アルマからお金はもらっている。学ランだと目立つらしいから、服を買えと。片手サイズの巾着袋いっぱいに金色の硬化が入っているが、それでどれぐらいの価値があるのかさっぱりだ。だがまあ、洋服一式を購入できるほどはあるだろう。


 俺はそのまま外にでる。街は夕暮れの橙色に染まっていて、空はそれ以上に深い赤をしていた。

「空が、鮮やかな血の色をしていますね」と、鬼の男に腹を刺されたときに耳元でささやかれたのを思い出した。まさにその表現にぴったりな色だ。


 メヴィル宅は本道から外れた閑静な住宅街の一角に位置しており、そこから少し外れると賑やかな商店街に着いた。夕方だというのに、それを感じさせないほどの雑踏のなかをメロと歩く。


 すれ違うのは人間だけでなく、二足歩行のカメレオンや獣、見た目は人間でも耳が尖っていたり瞳の色が変わっている者などが多く入り乱れていた。


「リョウタさん! こんなのはどうでしょう?」


 メロが衣服を片手にぴょんぴょんと跳ねる。なるべく胸にしせんがいかないよう気をつけながら近づく。店主はカエルのようにまん丸とした身体をしていた。


「ほら!」とメロは服を俺に重ね合わせる。


 肌触りの良い青色のシャツに幾何学模様のベストだった。パンツはアンクル丈の簡素なもので、学生服と比べたら断然に動きやすそうだった。


「シンプルだし、とってもお似合いですよ?」


 満面の笑顔でそう言われると照れくさいな。褒め上手とはまさにこのことを言うのだろう。服だけでなく替えの下着もメロが選んでいて、照れくさいどころではなくなった。


「じゃあ、これ買います」


 店主から「五レンツ」と言い渡される。この世界では通貨はレンツらしい。とはいえ、巾着袋を覗いたところで五レンツがどれぐらいの金貨となるかはわからない。


 だから巾着袋に手をつっこみ金貨を鷲掴みにして取り出した。


「これ、何枚必要なんだ?」


「リョウタさん! 一枚でも多すぎますよ!」


 店主は口を大開きにしてど肝を抜かれた様子で、メロは周囲を気にしながら俺にお金をしまうように言った。

 どうやら金貨一枚で五十レンツ、銀で十、銅で五、石色で一レンツとなるらしい。袋のなかが金貨で溢れているあたり、かなりの大金になるようだった。


 店のわきに設置された、布で囲まれた簡易的な試着室を借りて着替えることにする。カーテン式の布一枚の向こうにはメロがいると思うと、学生服を脱ぐのがはばかれた。


 学ランを脱ぐ時、胸ポケットにスマートフォンが入っていることを思い出した。電池はまだあるが、案の定圏外だった。

 つぎにシャツを脱ぎ上半身裸になる。さきほど買った青のシャツにベストを羽織り、今度は学生ズボン、それから下着に手をかける。その瞬間だった。


「がっ……あっ……」


 パンツを脱ぎきった瞬間、急激に胸の奥が締め付けられる感覚に襲われた。呼吸すらもできない苦しみ。焦点があわなくなり、全身が震え上がる。そして、心臓が潰されるような痛みを味わう。


「あ、が、ああああああああ……! は?」


 苦渋のなか膝をつき、そのまま学生ズボンのうえに倒れると何事もなかったかのように痛みが引いた。ためしにまた立ち上がろうと学生ズボンから身を離した途端、同じ苦しみに襲われた。


 どうやら、現世から着てきたものに触れていないと絶望的な苦しみを体感するはめになるらしかった。


「どうかしましたか!」


 メロが咄嗟にカーテンを開いた。そのときにはもう苦しみはなく、代わりに下半身のありのままをさらけ出す恥辱を味わうこととなった。


 結局、下着は替えたかったから学生ズボンは履いたままにした。

 それからしばらく、顔を真っ赤に染めて怒るメロに平謝りをし続けながら、次の買い物をすることになったのだった。


 街を練り歩きながら感じたことと言えば、この世界、あるいはこの国限定かはわからないが、意思疎通において問題は生じないということだ。言葉も通じるし、身振り手振りがおかしなマナー違反になることもない。だが、メロとの買い物で書き言葉に対する壁を感じることにはなった。漢字と奇怪な記号のような文字が使われており、意味を理解するのは難しい。話は通じるからすぐに覚えられるというので、幼児用の教材を購入した。


 その他には、布製のショルダーバッグと替えの服、それから商店街から一本外れた裏道に佇む怪しい店で、メロのすすめで宝石のような輝きを放つ色とりどりの石のいくつか、偽装した身分証を買った。国内で必要になった場合はまず問題ないらしい。

 王族に仕える者が率先して偽装の身分証をつくらせるのはどうかと思ったが、俺はアルマにとって保護すべき重要人物であり、そのためならある程度のことは目をつむるつもりらしい。


 人通りのない裏道を歩きながら、メロはそう説明してくれた。


 そこまではよかった。異界の地とは言え、かわいいメイドさんとふたりきりでお買い物デートできたことは幸せの冥利に尽きる。だがそれゆえに、油断していたのだ。なにに対しての油断か? それは自分でもわからない。世界に対する油断かもしれないし、異世界に飛ばされた自分自身への油断かもしれない。


 どちらにせよもう間もなく、俺にとっての初陣が始まる。










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