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4.メヴィル宅にて。

「ありえません。とっておきの場所って、とっておいてるつもりありません」


 真顔のまま目の前の家を見上げるメヴィルだが、少しばかり呆れ返っているような気がしなくもない。表情を変えずにため息をひとつ漏らす。


「城が、私の家がだめならお前の家しかないだろう。なあ、リョウタ?」


「俺に聞かれても困ります」


 アルマを囲んでいた他の兵士は城下町に戻るなり解散の運びとなった。アルマの先導で城下町のなかでも城とは離れ奥まった丘を進み、静かに佇むメヴィル宅へと到着した。

 城下町はヨーロッパを思わせる家々が立ち並び、露天の集まる中心地には多くの人でごった返していた。甲冑を着た大男や露出の激しい痴女まで、様々だ。

 露天を開いているのは大人だけでなく、小さな子どもまでもが金銭のやり取りをこなしていた。


 メヴィルの家はこじんまりとした木造の戸建てだった。シンプルだけどログハウスのようなかわいらしさもあって、これがメヴィルの家だと思うと、普段は無愛想でもやっぱり女の子なんだなと思うことができた。


「メヴィルは城にいることが多く、基本的には不在のときが多い。こいつはこう見えて家事の類は得意だから部屋も綺麗だろう」


「だからって、話をするならどこかてきとうな場所でいいでしょう」


 たしかにその通りだ。村から道を下ったあと、城下町からもなかなかの距離を歩きつづけた。お腹の虫も餓死寸前状態だし、なにもここまで時間をかけなくてもいいだろう。


「話? 今はリョウタの寝床を決めているんだ」


「え」


「え!」


 感嘆符が付いた「え」が俺である。あまりに突拍子のない展開に間抜けな声をあげてしまった。


「寝床ってどういうことですか?」


「寝床とは、住処のことだ。村の宿屋は城から遠いからな」


 俺の疑問に対し、アルマは平然とした顔で答える。

 メヴィルが恐ろしい表情でアルマを睨みつける。


「アルマ・エフェルメント。意図、聞かせてください」


 アルマは楽しそうに笑い声を上げる。


「とにかく、家に上がらせてくれないか。メヴィル。私のひらめきに君も賛同してくれるはずだ」



   ◆


 メヴィルの家はそれはもう、生活感がないぐらいに綺麗に整頓されていた。ほこりのひとつも見当たらない。

 俺は自分の部屋を思い返し、すぐに後悔した。あまりに無残な状態だ。衣類は散乱し、テレビ台の上はほこりでコーティングされている。カーテンを締め切っているためかどことなくジメジメとし、ベッドのうえが整頓されているときなどなかったように思う。


 メヴィル宅のリビングにあたる部屋で、俺たち二人は六人がけのダイニングテーブルにつき、メヴィルは向かいのカウンターキッチンで腹を鳴らした俺のために料理を開始した。

 お通しとして出された飲み物は、見た目は緑茶のそれだが、味は甘酸っぱく爽やかだった。


 まず、荒唐無稽だが俺の話をアルマたちにしてみた。謎の男に刺殺されたこと。目が覚めたらこの世界にいたこと。

 それが昨日のことで、なにもかもを理解していないこと。こんな話をするのは賭けとも言える。逆の立場で考えると、あまりにも怪しい内容だ。


 だけど、頼りどころがここしかないというのもまた事実。信じてもらえるかは別として、話をするしか選択肢はなかった。


 メヴィルは淡々と調理を進め、俺の話につっこみをいれることはなかった。アルマはアルマで興味深そうにうんうんと頷き、妙に納得しているようだった。


 その流れで、俺はこの世界のことを聞いた。なにから質問すればいいかはわからないなか、アルマは最低限の知識を教えてくれた。


 この国は『メベルフィール』と呼ばれ、エフェルメントの姓の血筋持つ者が代々国を統括していた。

 現在、国王は病を患っており、近々次期国王を決める儀式を始めようとしていた。

 次期国王の候補が、目の前にいる『アルマ・エフェルメント』と、その弟にあたる『ブレルニール・エフェルメント』のふたりだ。末っ子にあたる妹、『エルオット・エフェルメント』もいるのだが、女性は候補から外される。

 

 近頃、近隣国である『デルトワ』が勢力を拡大し、不穏な空気を醸し出している。早急に病に伏せっている己を退位させ、優秀な子息を王に君臨させることが、なにより父である現国王の願いだった。


 とまあ、国や国の実情についてはわかったが、正直どうでもいい。俺は根っこからの日本人であり、日本に生涯を埋めるつもりでいる。大事なのはここからである。アルマもそれを理解していたのか、「ここからが本題だ」と前置きしてから話の続きを始めた。


「実はつい最近、ある話を耳にした。あくまで噂の範疇をでないものではあったが、リョウタと出会ってそれが確信に変わりつつある」


 そのタイミングで、メヴィルが料理を目の前に出してくれた。チキンの照り焼き似たものが皿に山盛りになっていて、匂いは苦味を帯びていた。アルマにも同じ料理を出したのだが、それはもう高級料理店で見るような綺麗な盛りつけがなされていた。あまりの対応の違いに、少し悲しむ。


 となりにメヴィルが座るのを待ってから、アルマは再度口を開く。


「それはとある地域でのこと。なんでも我々の知らない世界の人間が現れたという噂が流れている。詳しくはわからないのだが、別の国、ではなく別の世界、からやってきた人間だ」


 アルマは両肘をテーブルに置き、手を組んでそこに顎を乗せる。じっと俺を見つめる目は触れたら切れてしまいそうなぐらい鋭利だった。


「リョウタは、なにか知っているかい?」


 激しく首を横に振る。


「そうだろうね。でもね、この噂話とリョウタの出現に関係がないというには、逆に無理があるとは思わないかね?」


「たしかに、俺だけが特別この世界に送られてることは考えにくい。俺にそんな主人公属性はあるわけがないし」


 アルマは若干首をかしげてから、そんなことはいいとばかりに、


「とにかく、噂の人間がリョウタを刺殺した張本人である可能性はある。さがしてみる価値はあると思わないか?」


 光明が見えてきた気がした。たまたま出会った王族にここまでよくしてもらるなんて、運が良い。


「さがしましょう。きっとそうだ。他に手がかりになりそうな情報はありませんか?」


 アルマは人差し指を立てて、「もうひとつだけ」と付け足す。


「その人間は、ある不可解な言語を発していたそうだ。なにかの暗号か、呪文か、あるいはリョウタだったらわかるなにかか……ともかく、その後は普通に会話ができたらしいのだが、開口一番はそれを繰り返していたらしい」


「いったいどんな言葉を?」


 アルマは一拍の間を置いて、その言葉を思い出す。


「アームジャホニンジェーエー。こんな感じだったらしい。なにかわかるか?」


 まったくわからねえ。


「もう一度、言ってもらってもいいですか?」


「アイム、ジャポ、いや、ジャパニンズだったかな。そして最後に、ジェイエイ。ジェイケル? そんな感じだ」


 俺があまりにも馬鹿なのか、それとも頭が冴えすぎているのか、自分では判断がつかない。それが正解とは思いたくないが、逆にそれしか正解がないような気もする。


「アイム、ジャパニーズ、ジェイケイ」


「そう。それだ、そんな感じだ! なにかわかるか? リョウタを刺殺したやつからのメッセージかもしれない」


 I'm Japanese JK. ――私は日本の女子高生です。


 俺はゆっくり首を横に振る。


「さっぱりわかりません。でも、あまり大事なメッセージでもない気がします……」


 そう、言っておいた。


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