23.闇のなかで火は灯る。
目の前に灯る火に薪を放り込む。
パチパチと弾けては白い煙が立ち上り、黒い空に吸い込まれていく。
ピペタまでの道のりが一晩を超すほどのものだとは思わなかった。
ヒエラたちと別れてからひたすら馬を走らせていたのだが、すっかり日が落ち馬の体力も限界を迎えた。
途中、まだ形の残っている廃村を発見したため、そこで夜を過ごすことにした。パッとみで一番綺麗な家で寝る事に決め、今は外で暖をとりつつ食事に入ろうとしている。
広い平野が続いているため獰猛な魔物がいるわけでもなく、近くにある小さな川で魚を獲ってきた。
この世界のメイドは本当に達者で、てきとうに見繕った釣竿で魚を釣り上げるサバイバル術まで習得していた。つまり俺、なにもしてない……。
もともと乗っていた馬には野宿用の道具を一式積んでいたのだが、失ってから嘆いても意味はない。
おとなしくメヴィルとふたりきりで夜を過ごす予定だ。
「なあ、アルマとメヴィルはいつからの仲なんだ?」
食事ができるまでの間、雑談をしてみよう。
メロと違って少しだけ話しかけにくい雰囲気があるから、口を開くのに時間がかかった。
「生まれた時から、一緒にいる」
メヴィルは鋭い目つきをこちらに向けるわけでもなく、体育座りをして焼かれていく魚を眺めている。暗闇のなかを仄かな火の光が照らしているからか、いつもよりも慎ましくみえる。
「メヴィルも王家なのか?」
首を振る。
「私たちは代々、エフェルメント家に使者としてずっと存在していた。だから王家の方と一緒に過ごしながら育てられてきた」
「私たちっていうのは、メヴィル家のことか?」
こくり、と頷く。
やけに素直なメヴィルに、ふとした疑問を聞いてみる。
「メヴィルっていうのは姓だよな? 名のほうはなんて言うんだ?」
「私はメヴィル。それだけ。たくさんの同じ血筋の人間から唯一、王の側近として付くことのできた者、名を捨てメヴィルの姓だけを持ち呼ばれる。だから私以外の者、メヴィルであってメヴィルでない」
メヴィル以外の兄弟親戚みんな、姓を捨て名だけを残すというわけか。
「どうしてなんだ?」
「詳しく、わからない。後世に偉大な名として残していくため、選ばれた者しか持ってはいけないと教わっている」
不思議なものだ。
産まれて親に授かった名を、偉くなると同時に捨てるなんて。
「ということは、王の右腕として唯一携わっているのはメヴィルひとりだけなんだよな?」
「そうなる」
「じゃあ、アルマじゃなくて現在の国王についているべきなんじゃないのか?」
「現国王についていたメヴィル、一年前死んだ。そして次期メヴィルとして、私、選ばれた。ずっとアルマ様といたから、国王の意向でアルマ様のそば、いる」
「ブレルニールとも育ってきたわけだろ?」
こくりと頷く。
「でも、ずっとアルマ様と一緒いた。ブレルニール様、私たちを気に掛けることなかったから」
狩猟遊郭にハマったり妹にゾッコンであるところを見ると、たしかに他に気を留めるというより自分の世界に浸る側の性格なのかもしれない。
「アルマ様のこと、いちばんに知ってるからこそ、王にするべきだと思っている。リョウタも大変だけど全力で協力して。そしたら私も、全身全霊を注いでリョウタをもとの世界に帰れるようにするから」
メヴィルは磨かれた木の枝に刺さった魚を地か引き抜き俺に手渡す。
礼を言ってから一口かぶりつく。
魚をこんな風に食べた事はなかったけれど、悪くないなと思った。
メヴィルは器用であり不器用だ。
色々なことを卒なくこなせるくせに、ぶっきらぼうで感情を出すのが苦手で、そのくせ情熱で溢れている。
「明日は日の出と共に出立する。よく休んで」
「おう。そのつもりだ」
それからお互い、なにを言う訳でもなく魚を食べた。
薪がはじける音だけが周囲を包み込む。雲ひとつない闇に塗られた空のした、穏やかに燃える火は温もりと一緒になって俺たちを照らす。