22.ヒエラとケルニカ。
関所小屋に戻ってから、男は言った。
メヴィルは早めに切り上げることを条件に、話をすることを渋々承諾した。ついでに敵の情報を掴もうという魂胆があるようだった。
「僕の名はケルニカ。研究家の集う『探求の蹄』という冒険ギルドの一員で、主に魔物の生態や世界の謎について調べているんだ。彼女――ヒエラを拾ったのは一ヵ月と少し前、山のなかでファルゴに襲われているところを助けたんだ」
話を聞くと、家にいたはずが気付いたら山のなか。ニホンという国出身で、メベルフィールという国は聞いたこともなかった。
「その時、ピペタ周辺で異世界人が現れたという噂を耳にしていたことを思い出したんだ。僕は探求心と好奇心が豊かでね、彼女を放っておくことはできなかった」
一般的に、城下町に入るには通行証か身分証が必要だった。ケルニカは問題ないが、ヒエラの所持品はメガネのみ。外で拾った旨を伝えれば街に入ることはできるだろうが、身分不詳により連行されてしまう可能性は高い。
「そこで僕は考えた。最近、お忍びここらへんで狩猟遊郭しているブレルニール様に取り持ってもらえれば、それで解決するんじゃないかとね。彼は僕と同じく好奇心に長けているらしいからね」
案の定、ブレルニールは興味を抱いてくれた。
ブレルニール一派に加わる事を条件に、街に入ることは成功した。
「ヒエラの世界のことや、メベルフィールに飛んできた謎を突き止めること、そして元の世界に帰してあげるために、共に行動しているというわけさ」
「ヒエラは、ピペタの噂とは別の人物なのか?」
「はい。私以外にもこの世界にきた人がいるか、噂の真相を知るためにもブレルニールさんといたんですけど、まさか私も王位継承に関わることになるとは思いませんでした。噂の真相を知る前に、リョウタ先輩がいることを知って少し安心しました」
同意見だ。敵だと思っていた連中のひとりに、同じ境遇の人間がいると知れて嬉しい。
「リョウタさんは私たちがこの世界にきた理由とか知っていますか? できればお互いに情報を共有したいのですが……」
俺は首を振る。
「あいにく、共有できるような情報は持ち合わせていないんだ。もし今後なにかを掴んだら、共有し合おう」
「はい。ありがとうございます。とりあえず、私の知っている事を――」
ブレルニールはどうやら、別世界の人間と出会う事を前々から知っていたらしい。エフェルメントに代々付き従う占い一家、ノウマン家の予言を聞いていたと予測される。
そのことから、ヒエラと同じ様に国王に指名された俺の事も、別世界の住人だと認識しているだろう。
占いの術の力がどれほどなのかはわからないが、ノウマンと接触することは真相を知るための一手になるのではないかとケルニカは見解した。
「あなたたち、独断でここにきたの?」
メヴィルは目を細める。
「いいや、関所で待ち伏せしアルマ様の妨害すると言ってきた。見張りの兵も何人かいたけど、今は眠ってもらってるよ」
「世界がどうとかよくわからないけど、あなたたちは王位継承のために動いているというわけでは、ないのね?」
「正直、誰が王になるかなんて興味ないね。僕は冒険により探求心を満たすことが出来ればそれでいいのさ」
ヒエラは同調するように頷く。
「ただし」ケルニカは続ける。
「王位継承の勝負はブレルニールの味方をさせてもらう。裏で工作するつもりもないよ」
「どうしてだよ。こっちにつけよ」
俺の言葉は届くことはなかった。
「言ったろう? 僕は探求心を満たしたいんだ。ブレルニールが王になれば側近である僕らはノウマンと接触することができるだろうし、王室のなかを見る事もできる。ピペタの探索もしやすいだろうしね」
「それなら、アルマが王になっても問題ないだろう。俺から話を通して、ふたりを側近に――」
メヴィルが俺の前に腕を伸ばし、言葉を遮る。
ケルニカは肩をすくめながら案の定、といった風に笑う。
「アルマ様は警戒心が強い。いくらリョウタくんの言葉であったとしても、僕たちそのものを信用するかどうかは別問題。それに、ブレルニール様の側近をすぐさま自分のそばに置くようなことをすれば、それだけで王の見識が疑われかねない。なんにしても、ブレルニール様を王にするほうが都合が良いんだ。ついでに報酬ももらえるしね」
敵を味方にするだけでも、複雑な工程を踏む必要があるということか。
「君たちを敵だとは思っていない。むしろ同志と言っていいだろう。だが、僕は僕たちのやり方で行動させてもらうよ。ヒエラを助けたいという気持ちがあると同時に、ギルドの名誉のために自らの手で謎を暴きたいという使命感もあるんだ。わかってくれ」
王位継承が終わるまで、正真正銘の敵同士というわけか。
ヒエラは不服そうな顔をしているが、ケルニカの判断に任せるつもりなのだろう。
「じゃあ、あなたの技の秘密、教えてくれないのね?」
「ああ、すまないがね」
ケルニカは三枚目俳優みたいなウィンクを飛ばした。
技ってどういうことだ? 疑問に思ったが、
「もう、いく」
メヴィルが痺れを切らしたように歩き出すので考えを中断する。
それから、このタイミングであることを思い出した。
「なあヒエラ、お面をつけた男には会っていないか?」
首を振る。
俺はお面をつけた男には注意してほしい旨、そいつが俺たちの異世界転移に一枚噛んでいる可能性を説明した。
現実世界でもこの世界でも会っていないのか……。てっきりヒエラも鬼の面をした男に刺されたのかと思ったのだが。
「それじゃあおふたりとも、ご機嫌よう」
「先輩、また会いましょうね」
「ああ、ヒエラも無事でいてくれ」
ケルニカの好意で馬を一頭もらい、それに乗って走り出す。
「時間をとらせて悪いな」
「許したくないけど、許す」
メヴィルは前を向いたまま淡々と馬を走らせる。
「それにしても、謎のふたりが良いやつだって知れてよかったな」
ケルニカとヒエラ。どちらもアルマが見た記憶がないと言っていた謎の人物だ。今回の話で王位継承に役立てるものはなかったが、少なくともアルマの警戒心をある程度解くことはできるだろう。
だが、メヴィルは違った。
「信用には足りない。現に、カーナを弓矢で射止めたのはあの男。安心しちゃだめ」
「まさか、ケルニカがやったっていうのか?」
「間違いない。煙や長距離でも的確に射止める技は、あの男の成したこと。あいつは自分の目的のためなら手段も情も挟まない」
「えっと、つまり――」
「完全な敵だと思って。ヒエラを救うこと、謎を解くこと。これらの目的、果たすためならなんでもする。この機会に話をして安心を与えたのも、油断させるつもりだったのかもしれな――」
突如メヴィルは振り返り、俺の胸ぐらを引っ張った。
――ヒュン。
メヴィルの傾けた頭の脇で風切り音が走る。
前方で一本の矢が一直線に飛んでいき、見えなくなる。
「こういうこと」
唖然としながら後方を見る。
遠くのほうで、満面の笑みで悔しがるケルニカを、慌てた様子でポカポカと叩くヒエラの姿が見えた。
今回の王位継承戦を、心から楽しんでいるみたいだった。
「冒険家、大体そう。戦いが楽しくてしょうがないの」
この世界は末恐ろしい。思わず身震いする。
きっとヒエラも同じことを感じているのだろう。
そんなことを考えながら、馬に揺られるのだった。