21.邂逅。
呆然と立ち尽くしていた。
空が夕日で朱色に染まっていた。
俺の知っている現実世界がそこにはあって、でも俺の知らない光景が広がっていた。
家々が崩落し、たくさんの人がなにかから逃げる様に走り回っている。
遠くの方で地響きが鳴って、そのたびに空の赤が血の色に近付いていく。
俺の顔には何かがかぶせられていて、くっついて離れない。
意味のわからない焦りと罪悪感が胸を締め付け、息が出来なくなる。
頭を抱えて目をつむる。どんどんと心臓が苦しくなる。
ハッと目を開けると、メヴィルの顔がそこにあった。
「起きるの、遅い」
「ああ――、えっと」
上体を起こす。どうやらメヴィルの膝を枕にして昏倒していたようだった。
ズキッとした痛みが脳に走る。夢を見ていた気がするが、覚えていない。
目の前には火薪のストーブが置いてあり、温もりが身体を乾かしていた。
木造の小さな部屋に、俺たちはいるようだった。
「えっと……ここは?」
「川を繋ぐ関所小屋のなか。川に流されているとき、都合よく関所が見えたから、引き上げてもらった」
そうか……。
川沿いを進んで関所を通過する時間が惜しいと言っていたのに、結果的に関所まで来てしまったのか。
「アルマたちは?」
「先、行っていると思う。リョウタの準備ができ次第、私たちも出発する」
ジルベルトを置いていったように、俺とメヴィルも残されてしまったか。
たしか、崖下に落ちてメヴィルが飛び込んできてくれたんだったんだよな。さっそく、足を引っ張ってしまった。
「ごめんな。俺がドジを踏んでしまったせいで……」
メヴィルは首を振る。
「リョウタのせいじゃない。メロのツタ、矢で切断されたの。おそらくカーナを襲ったのと同じ。矢が飛んできたのは察知できたのだけど、距離があって防げなかった」
メヴィルの優しさに触れた気がした。
もし俺じゃなくてメロやメヴィルが最後尾だったら、ツタを狙う矢も防げたかもしれない。俺は矢が飛んできていることすらわからなかったんだからな。結果的に、足を引っ張ているのは間違いない。
俺は立ち上がり、拳を握ってメヴィルに見せた。
「俺はもう元気だ。ささっとアルマたちと合流しに行こう。ありがとうな」
メヴィルは無表情のままこくりと頷く。
ふたりで外に出ようとしたとき、扉が開かれた。関守が怪訝に満ちた表情で現れ、「リョウタ様に客人がお見えになった」旨を教えてくれた。
こんな場所で? 俺も関守と同じように眉をしかめる。
関守のあとに続いて外に出ると、見覚えのあるメガネが目についた。
リョウタと同じく、国王に出場義務が課せられた女――ヒエラだ。
隣にはブレルニールが率いるメンバーのなかにいた、大きな弓を背負ったキザな男が立っている。
「なにか、用?」
メヴィルは警戒の声をぶつけながら、俺の前に移動し盾となる。右手には腰に付けた短剣が握られている。
「あーほらやっぱり、リョウタって子ひとりじゃなかったよ。こんなんじゃ話がしにくいね」
男は肩をすくめる。
アルマに男の名を聞いた時、見た記憶すらないと言っていた。つまり謎しかない人物だ。警戒するのは当然と言える。
「ツタの橋を矢で切断したの、お前?」
メヴィルの口調が一層強まる。この男が生理的に受け付けないのだろうな、と一瞬でわかった。
「ああ、僕だよ。そんなに瞳を尖らせて、怒らないでくれよ」
ニカッという擬音が聞こえてきそうなぐらい、白い歯を強調した笑顔を披露する。なんか腹立つなこいつ。
「ただひとつ言いたいのは、僕のしたことはリョウタという少年と話をしたかったからであって、ブレルニール様の命令ではないってこと。なあ? ヒエラ」
「うん。そうなのです。私とお話してくれますか?」
ヒエラはわずかばかり首を傾げ、メガネ越しに瞳を向けてくる。
「というわけだからさ、連れの彼女は少しばかり離れていてくれないか? なに、僕はただの冒険者のひとりさ。ブレルニール様に手柄を持って行こうという気持ちは微塵もないよ」
「なに、馬鹿なことを」
メヴィルの短剣を握る手が強くなった様子だった。戦いに発展する予感に固唾を飲む。
このふたりがいるということは、ブレルニールも近くにいる可能性がある。危険な状況かもしれない。
「んー、だってさヒエラ。それでもいいかい?」
「うん。大丈夫だと思う……大丈夫かな?」
俺を見られても困るのだが。
「リョウタ、あの女と知り合いなの?」
「いや、まったく」
「私は知っています」
「え?」
ヒエラの言葉に呆然とする。知っている? なぜ?
「まず、私の名前を教えます」
ヒエラは男の腰についた矢筒から矢を一本手に取り、地面になにかを書いていく。
大きく書かれたその文字は、「佐藤緋恵蘭」というものだった。
……ん? 佐藤?
「リョウタ先輩、私は同じ高校の一年、サトウヒエラという者です。話したことはないんですけど、学校で何度か見かけて覚えてました」
「え、えー……」
開いた口が塞がらないとはこのことだろう。
あまりに突拍子な展開に、唖然とするしかない。
「なに? どういうこと?」
メヴィルは苛立った様子で聞く。
アルマと早く合流したい気持ちはわかる。だがこの展開は重大だ。それにどういうことだと言われても、俺もわからない。
「これで、お話してくれますか?」
俺はメヴィルの横顔をうかがいつつ、曖昧に頷く。
まさか我が尾上北高校の後輩と、異世界で挨拶することになるとは……。
いつどこでなにが起こるか、わからないものだ。