17.馳せる想い。
更新遅くなりました。
カーナの案内でサンテスの自宅に赴く。
サンテスは不在だったが、かわりにメイドが対応してくれた。
なぜサンテスの家なのか?
その問いにカーナが端的すぎるぐらいの説明をし、メロが通訳してくれた。
要はサンテスは医者で金があるから所有地がバカでかい。だからそこで鍛錬しろということだった。
サンテスには話が通っているらしく、スムーズに豪邸とも屋敷ともいえる家にご邪魔し、俺の実家が三十棟は余裕で建設できるであろう裏庭に案内された。
「それ」
「これ? がどうしたんだ」
カーナは裏庭に着くとすぐに俺の履いている学生ズボンを指さした。
兎に襲われた日に学ランはなくしているから、俺が俺の世界から所持しているものは学生ズボンと、きちんとバッグにしまってあった財布とスマホのみだ。
もっとも、使い物になるものなんてなにもないが。
「魔纏ができる」
「……マテン?」
カーナは頷く。
メロも興味津々といった様子で俺を足を見る。
「そうなの? みたところ普通の布だけど……」
「違う。腰に巻いているやつ」カーナは首を振る。
「材質は特殊なものではないけれど、間違いない」
ズボンではなくベルトのほうだったか。
「どんな魔纏ができるの?」
「攻撃性のものよりも、能力を向上させるのに向いてそう」
「たしかに、武器じゃなくて服だもんね」
メロさんカーナさん。ふたりだけで話をされても理解できないぞ。説明を求む。
「えっとね」とメロは懐からエレセントを取り出した。
「これ、もともとはただの石だったの。もっとも、ここらへんに落ちているような石とは違うんだけど……投げてもなにも起こらないちょっと綺麗な石」
俺はエレセントを使用するメロを思い出す。
巨大な氷塊や地面を溶かす熱、まばゆい閃光に太く頑丈なツタ……。
とてもじゃないがただの石がなせる代物ではない。
「決まった材質の石に限られるんだけど、エレセントは石に魔纏をしてできているの。魔纏っていうのは物に魔法の力を付加させることで、それによってなんの変哲もない物に魔法の力が備わるってことなの」
つまり、俺のベルトに魔纏を施すことで特殊能力を発揮させることができるということか。
カーナは手を差し出す。
「それ、かして」
言われたとおりにベルトを外して手渡す。
別にベルトがなくてもズボンが落ちることはないから問題ない。
「魔纏してくる。ちょっと待ってて」
カーナの姿が消え去った。
実際に消えたのか存在感がなくなったのかはわからないが、とにかく俺が気付ける状態ではなくなった。
「まってるねー」
メロが俺の視線とは真逆の方向に手を振る。
同じ方角を見ても、カーナの姿は確認できなかった。
どうやらカーナの観測には個人差があるようだった。
「カーナはすごいです。魔纏も難しい魔法なんですよ。それなのに近所へおでかけするみたいに……」
「メロだって十分すごいじゃないか。エレセントを使いこなしたりだとか」
メロは首を振る。
「わたし、エレセントでしか戦えないんです」
「どういうことだ?」
小さなため息とともに、メロは自分の過去を少しだけ語ってくれた。
「わたしは幼い頃から期待されていました。飛び抜けた身体能力と、くわえて魔力が常人よりも遥かに高かったんです。たいてい、身体能力が著しく高かったら魔力が少なかったりするんですけど、わたしは両方もっていました」
生き物は元来、生まれながらにして固有の魔力を有していて、その量は人によって個人差があるらしい。
目を細め空を見上げるメロの横顔は、遠い思い出に浸っているような表情をしていた。どこか悲しげで、寂しそうな。
「でも、魔法の才能がありませんでした。力があっても、それを使いこなす器用さがなかったわけですね。あまりに高い魔力が故に、魔法を制御する手立てがありませんでした」
代々メイドとして継がれていた家系を代表し王国目下の教育を受けていたとき、『裏切りメロ』として馬鹿にされていたのだとか。
みんなの期待、そして魔法を暴発させ周囲を巻き込んでしまうことからついたアダ名らしい。
メロは自暴自棄に陥り、そのまま失踪することまで考えていた。
そして進級をきっかけにカーナと出会った。
カーナはメロを馬鹿にすることはせず、逆に高い身体能力を褒め、羨んだ。カーナには魔法の才能はあるが、身体的能力は最下位になるほどの落ちこぼれだったのだ。
似ているふたりは次第に仲良くなっていった。
メロにエレセントを勧めたのはカーナだった。
魔法を使用することで暴発してしまうのなら、魔法を使わずに魔力だけを使えばいい、と。
カーナはメロに魔法の制御ではなく、魔力の操作だけに絞って教えた。
特殊な鉄で叩くことで発動するエレセントを、魔力だけで発動しそして力そのものを引き上げるところまで成長した。
魔法使いなのに魔法を使わない。
そう周囲からは馬鹿にされたが、もうなにも気にならなかった。
メロとカーナはふたりで切磋琢磨し主席卒業、見事に王族側近の座に着くことができたのだそうだ。
「以上です。なにを話しているんでしょうね、わたし」
メロは照れ隠しをするように笑う。
「いや、話してくれて嬉しいよ」
実際、俺は心から思った。
誰からの過去の話を聞いたりすることなんて異世界にきてからなかったし、なによりメロにとって俺は過去を知られてもいい存在だと感じることができてなによりだった。
「メロ。俺、がんばるよ」
調子に乗ってしまったのか、そんなことを言いたくなった。
メロは一拍のあいだキョトンとして、それから眩しい顔で「はい」と答えてくれた。
「王位継承公式の催しには、さすがにリョウタさんがでることはないと思いますけどね。それ以外でもたくさんできることはありますから、一緒に頑張りましょう」
「そうなのか? てっきり俺も参加するもとだと思っていたよ」
「催しは楽しい行事であると同時に、命を失ってもおかしくない争いでもありますから。さすがのアルマ様もリョウタさんに出場させるとは思えません」
そうだったのか。ホッとしたと言うか、拍子抜けしたというか。
喜んでいいことなのか?
「もちろん、アルマ様が国王になられた先の未来では、リョウタさんに大活躍してもらうつもりなのだと思います。そのための今日の鍛錬です。わたしも全力で協力します」
メロは両手をぐっと握りながら頷く。
純真無垢な決心に、俺は思わず微笑む。
「どうやら、そういうわけにはいかないようだぞ」
後ろから男の声がした。振り返ると、仕事帰りのサンテスがいた。
「おかえりなさいませ」とお辞儀をしてからメロは首を傾げる。
「いったい、どういうことでしょう?」
サンテスは難題を解こうとしている医者のように腕を組んで唸る。それから答えを見つけるのを放棄するように、肩をすくめる。
「つい先ほど、国王から王位継承についての通達があった。今頃ぼっちゃんとブレルニール様にも届いているだろう」
なぜかサンテスは俺を見つめる。眉をひそめた難しい顔だ。
「こたびの王位継承に際して、これから行われるすべての催しにある条件が付け足された。絶対的な参加条件であり、これを破った場合には最悪王位継承の権利すらも剥奪されかねない」
「いったい、どんな条件を……」
メロは強張った顔をサンテスに向けるが、依然としてサンテスの視線は俺にあった。
「ぼっちゃんはミヤマリョウタを、ブレルニール様はヒエラという人物を、必ず催しに参加させなくてはならないというものだ」
――は?
隣を見る。メロが口を半開きにして唖然としている。
サンテスは眉間に指を当てて首を振る。
「いったいどうして、こんなにも特定された条件がついたのかはわからないが……確定事項であるのは間違いない。リョウタくん、覚悟するんだ」
呆然としたまま頷いておく。
まったく意味がわからなかった。王位継承になぜ俺の参加が絶対条件になるんだ。それと、ヒエラというブレルニールに連れられたおっちょこちょいのメガネ少女もだ。いったいどうなってるんだ……。
サンテスは俺の両肩を掴む。
「とにかく、今のうちにできる限りを尽くそう。私ももちろん協力する。国王が条件を提示した以上、逃れようのないことだ。責任は重いぞ」
全身に緊張という震えが走る。
なにを突然――だってさっきメロは参加しないって――。
鉛のような固唾を飲む。
「つぎの催しの内容ももう決まっている。もちろんリョウタくんも参加だ。心して鍛錬に励むことだ」
「いったい、どんな内容なんです?」
「競争だ」
「きょー……そう?」
サンテスは大きく頷く。
「よーいドンでゴールを目指すかけっこだ。距離でいれば国を跨ぐほどのものだからな、かけっこと言うより旅と表現したほうが適切か。詳しい経路はわからないが、かなり過酷なものになるだろう。もちろんぼっちゃんとリョウタくんだけでなく他の仲間も参加する」
俺は深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
大丈夫。こんなことになるとは思わなかったが、もともと参加するつもりではいたんだ。それが強制になっただけ……。
条件を提示した国王の意図はわからないし、なぜ俺のことを知っているのかもわからない。
だが今は、アルマを王にさせることを考えるんだ。
拳を強く握る。
異世界に飛ばされ、王位継承に巻き込まれたとは思わない。
アルマとメヴィルはもちろんサンテスやメロ、カーナだって、俺にとって大切な存在だ。
王位継承と現実への帰還、アルマとの関係は利害だけのものではない。
郷に入っては郷に従え。
異世界で俺の立ち位置があるのだとしたら、きちんと真っ当しようじゃないか。
そう、心に誓うのだった。