16.どこのエロゲだよ。
アルマ曰く、まあまあだそうだ。
ブレルニールを装い酒場に行った翌日の夕方頃、アルマは外出からメヴィル宅に帰宅してから言った。巷ではさっそくブレルニールが危険な人間を連れ回しているという噂と、酒場に現れたブレルニールは偽物だったのではという噂が入り乱れて伝播しているらしい。
とにかく、アルマの部下が街をめちゃくちにしたという噂に上書きする形がとれたことはアルマ的にも悪くない結果だったと言える。
酒場を荒らした晩、メロと俺はこっぴどく叱られたがな。
アルマはなにかと忙しく、以降から頻繁に会うことができなくなるらしい。
ブレルニールが狩猟遊楽から帰還することで俺との接触がとりにくくなること、国全土で広まる噂などを集め印象操作を行う情報戦、俺を襲った兎の捜査、選挙活動など、様々なことで動く必要あるのだとか。
「またなにかあったらブレルニールに化けてもらう。それまではメヴィルの家を寝床にして過ごしてくれ。そばにはメロとカーナ・マーメロイドをつける」
と言っていた。
メヴィルは俺が家に居座ることに心底嫌そうな顔をしていたが、アルマの命には逆らえないようだった。
カーナ・マーメロイドの名前を聞いて思い出すのに苦戦したが、メロが仲良いと言ったことでピンときた。
黒装束にトンガリ帽子、存在そのものが希薄という体質を持った子だ。
「鍛錬に励みたければサンテス・チェリコーのもとを訪れよ。あやつは野菜売りであり医者であるゆえに博識高い。武力にも長け、様々なことを教えてくれるだろう」
なるほど。
とにもかくにも、俺は俺のやるべきことをはっきりと捉えていた。
アルマが色々と頑張っている間に、強くなること。
それが第一だ。並行して世界についての見識を深めつつ、できることなら俺のやり方で現実へ帰る方法、それから面を被った鬼や兎のことを調べられれば百点だ。
「それでは、良い日々を過ごしてくれ」
アルマが別れを告げ、となりでメヴィルがぺこりと頭を下げる。
それに応えるようにメロも頭を下げる。
「ああ、なにかあったらいつでも呼んでくれ」
俺も適当な返事をする。なんだか、照れくさいな。
メヴィル家の玄関が閉められる。
しばらくここで生活をするのか――。
「リョウタさん、よろしくお願いします」
今さらながら気がついた。
しばらくここで生活……俺と、メロで。
ひとつ屋根の下、女の子と寝食を共にするってことじゃないか!
昨晩はアルマを含めた四人で寝てしまったからなにも問題はなかった。だが、この状況はさすがにまずいんじゃないか。どこのエロゲだよ。
ドキドキドキドキ。文字通りの音を心臓が奏でる。
俺を見上げるメロの表情は、同棲生活を楽しみにする新妻のようだ。新妻の顔なんか高校生の俺にはわからんが。
とにかく、メロに返事をしなくては。
「こちらこそ、よろしく……お願いします」
お互いにお辞儀をする。なんだこれ。
「なんだか、こうして改めて挨拶なんかしちゃうと緊張しますね……」
メロはもじもじと身体を揺らす。頬がかすかに赤く染まっていて、こちらを見る視線がおっとりと甘いものになっているような気がした。
ゴクリ。俺は大量の唾をまとめて飲み込む。
いったい、なにが始まろうっていうんだ……。
「あ、あーいや。はは。ふたりきりだとたしかに、緊張する――」
「ふたりじゃない」
「ぎゃぅ!」
背後から声して飛び上がった。
メロに飛びついてから恐る恐る音源を確認する。
「わしがいる」
右手をあげた状態で、現代のおじいちゃんですら聞いたことのない一人称を使う少女、カーナ・マーレロイドが立っていた。
「カーナ! 久しぶりだね!」
メロは即座にカーナの手を握ってぴょんぴょんと跳ねた。
こくり、とカーナは人形のように頷く。
カーナのことをすっかり忘れていた。というか、いつの間に。
「どこから入ってきたんだ?」
カーナは無言で玄関を指差す。
まさかアルマたちを見送るのに玄関を開けたときか? もしそうなら存在感が薄いどころか透明人間も同様じゃないか。
「カーナともひとつ屋根の下だなんて、なんだかわくわくしちゃう」
メロは修学旅行にきた女子中学生みたいに目を輝かせる。
カーナはそれに合わせるようにカクカクと首を何度か縦に振る。
メロは回れ右をして、まっすぐな視線をこちらに向ける。
「改めて。私とカーナでリョウタさんを全力でお守りします。このまえのようにはさせませんからご安心ください」
「ちがう」
カーナが首を振る。
「え、カーナ? ちがうの?」
メロは呆気にとられたように目をぱちくりさせる。
カーナも目をぱちくりとさせて頷く。
「じゃあ、なにをしにここへ?」
小さな人差し指が向けられる。
「修行。鍛錬」
どうやらカーナは、アルマから俺を鍛えるよう指示を受けて参上したらしい。
「でもそれは、サンテスさんの役目じゃ――」
頭を横に振る。
「サンテスは身体鍛錬で、わしは魔法訓練。だから、今から修行しよう」
これぐらい長いセリフも言えるんだな、と俺はぼうっと考えていた。
「ちょっとカーナ。今はもう夕方で、もうすぐ夜になるんだよ? これから買い出しもしなきゃだし……明日からじゃだめ?」
しばしの沈黙。なにかを思案しているようだった。
「でも、アルマ様がすぐにでも鍛えてやれって」
「買い出し一緒に行こ? きっと楽しいよ」
カーナは即座に頷く。
「行く。修行は辞めだ」
どうやらふたりは本当に仲が良いのだろう、と素直なカーナを見て思った。
なにかをカーナに訴えるとき、メロを通せば大丈夫だな。
それから、俺たちは三人で買い出しに出た。
数日分の食材やエレセント、洋服や掃除道具など、主にメロが先導しカーナが隣を歩く。その後ろから俺はふたりを見守る構図となった。
なんだか、姉妹の買い物に付き合う兄のような気分だ。悪くない。むしろ、良い。
ときおり商品を眺めることに集中するとカーナの存在を忘れてしまうのだが、メロはそんなことがなかった。
これもまた、仲良しの証拠なのだろう。
ふたりの後ろを歩きながら、メロはこまめに後ろを振り返って俺のことを確認した。楽しそうに買い物をするなかでも警戒心の一寸でも解くことはなかったように感じた。
とにかく、と俺も歩を早めてふたりに混ざる。
これからさんにんで過ごすんだ。楽しく仲良くさせてもらおうじゃないか。
そんな気楽な思いで、この先の生活に夢を膨らませる。
さながら俺も、修学旅行にきた男子学生と同じようなものだ。
盗賊に襲われ兎に襲われたあの日のせいで、夜の異世界を歩くのが怖くなっているかもしれないと考えていた。
だが、そんなことはなかった。
メロがいて、すごい魔法が使えそうなカーナもいて、安心しきっているのだろう。
王位継承やら兎や鬼やらが、このときばかりはどうでもよくなっていた。
そこにいるのは、純粋に買い物を楽しむがきんちょたちの姿だ。