表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きみとボクの異世界譚。  作者: あるるるるるるるるる
第2章:王位継承編
16/27

15.酒場とビアンカ。



 大通りから一本外れた道に、飲食店が立ち並ぶ通りがあった。

 ずっと奥に進んだところにあるいちばん大きい酒場をまえに、メロとふたりで立っている。

 ここは兎と出会った場所から近いようで、すこし離れた場所で粉砕された家々が立ち並んでいるのが見える。

 

 二階建ての小奇麗な店だった。木造の外観は色とりどりに塗装され、大きな看板が目立つ。『プアールの宴』と読むらしい。

 まだ夜というには少しばかり早いが、店内からはガヤガヤとした明るい雑踏が漏れている。店の脇にはテラスのような場所があり、そこにも席が設置されている。扉には半透明のガラスが設けられ、そこからでも混み具合が窺える。

「ぎゃわわーーーはっはっは!」とおっさんの楽しげな絶叫が響き渡った。


「なあ、メロ」


 店の看板を見上げながら、ボソリと言う。


「はい、なんでしょう?」


 厚化粧を施したメロが首をかしげる。


「こんなところに入れる気がしないんだが」


 足と地面がぴったりとくっついている。

 高校二年生の俺が入店するには早すぎる。怖いというより、生理的な嫌悪感が胸の奥からこみ上げてくる。


「この街は気さくな人ばかりだから、大丈夫ですよ。もしなにかあれば、酔っぱらいぐらい怪我をしているわたしひとりで楽勝です」


「そういうことじゃなくてさ……」


 まず俺はなにをしたらいいんだ。

 店内に入り、かぶっているフードを脱ぎ、私は王族だ、このまえ街をめちゃくちゃにしたやつらは私の支持者だわーはっはっはとでも宣言すればいいのか。

 あまりに不自然すぎる。


 アルマはメロにすべきことを伝えておいたと出発前に言っていたが、いったいどんなことをするのだろうか。


「はいはいそこの仲良し夫婦さん。眺めてないで入ったらどうだい? 安くてうまい酒が八十種類も揃ってるよ!」


 店前にいた男のような女が声をかけてくる。客引きというやつだろう。

 促されるままに入るしかないか……それとももう少し様子を見たほうが……

 メロを伺う。「夫婦だなんてそんな」と頬に手を当て身体を揺らしていた。


「ほら、入った入った!」


 快活に誘導してくる女の後についていこうとしたとき、メロが俺のかぶっているフードをつまんで後ろに引っ張った。夜に近づく冷たい空気が頬を撫でる。


「ちょ、なにをするんだメ――」


 メロはすかさず俺の服をつまんで、

「言葉選びに気をつけてください。ブレルニール様。わたしはビアンカです」と囁いた。


 客引きの女は言葉をつまらせ一歩、二歩、と後ずさる。手がわずかに震えているようだ。

 女は慌てて地面に膝をつき非礼を詫びた。申し訳ありませんブレルニール様。私、気が付かなくて、その、とんだ失礼を、どうか、どうか。


 きちんと騙せているようだ。

 頭を下げようとする女を手で制す。


「そんなことはいい。それより店内へ案内してくれないか」


「は、はいいいただいま!」


 女は脱兎のごとく店に突入し、大声で「ブレルニール様のご来店だ、道をあけろ」と叫び散らす。

 ここでの俺の感想を述べると、おいまじかよこんな状況のなか店に入るのかよ無理、だった。


 メロは後頭部をかきながら、

「これ、アルマ様のご指示ですからね」

 

 言い訳しながら視線を逸した。


 アルマを責めても仕方がない。こうなった以上、行くしかないのだ。

 メロの気配を背後に感じながら、店へと足を踏み入れる。


 入り口から、客が俺を取り囲むようにして道をつくっていた。

 店員が店の奥に案内しようとするが、メロの提案によりカウンターに通してもらう。

 席に座った瞬間、バーテンが緊張で全身を強張らせているのが伝わった。両隣の客も、背筋をピンと伸ばして、不自然なぐらい何度もグラスに口をつけながらこちらうかがってくる。


「ようこそ。わざわざこんな辺鄙な店に足を運んでくれるとは。なにをお飲みします?」


 バーテンは精一杯の客向けの笑顔をつくるが、口元が引きつっている。

 水を差したように静まり返った店内も、ざわざわとさっきまでとは違う雑踏で賑わい始める。あちこちから視線を向けられているのを感じ、緊張で手が微震する。


 なにを飲むと言っても、なにがあるのかすらわからない。

 困っていると左隣に座ったメロが代わりに注文してくれた。聞いたことのない飲み物だったが、どうやらノンアルコールのものを頼んでくれたらしい。オレンジジュースとアセロラジュースと足して割ったような甘酸っぱい味がしておいしい。

 メロは俺のものとは別に、青褐色で綺麗なカクテルを頼んでいた。


 ブレルニール様、俺なんか隣に座っていても大丈夫ですか?


 右に座る髭のこいおじさんが、恐る恐るといった顔で聞く。

 ああ、かまわないぞ。そう返す。


「それにしてもブレルニール様、どうしてこんな店にきてくれたのです?」


 バーテンはシェイカーに酒を注ぎながら質問してきた。


「ブレルニール様は気にしていたのよぅ。ねえ? ここはこの前街が壊される騒動が起きたすぐ近くでしょー? 大丈夫かなってさあ? ね、ブレルニール様ぁ」


 メロは一昔前のぶりっ子ギャルみたいな口調になって答える。俺はうんうんと頷く。

 バーテンが、これは意外とばかりに目を明るくさせる。


「そうなのですか。そのためにわざわざ……ありがとうございます」


「だってぇ、街を壊したのはブレルニール様を支持している輩がやったことなんでしょー? さすがに見に行っとかないとねえ」


 呆然とした様子でバーテンと隣の客が俺の顔を一瞥する。


「ああ、そうなのだ。私を支持する者はそういう輩が多くてな、困ったものだ」


「そうだったのですか……」


 バーテンは笑顔を取り繕っているが、明らかにがっかりしている様子だった。

 隣の客をうかがおうとすると、ぐいっと俺に身体を近づけて神妙な顔をした。


「でも、噂じゃ街をめちゃくちゃにしたのはアルマ様の部下だと耳にしましたよ。真意はどうなのでしょう? あれほど街が荒れていますから、さすがに一般人だけでは無理があるかと思うのですが」


 俺はメロと顔を見合わせる。すでにそんな噂が立っているとは……。


「そうなんですかあ?」


 メロは俺の口から答えを出すよう誘導する。


「私の支持者が暴動を起こし、それをメ――、いや、アルマの部下が沈めたのだ。暴動ならば街もめちゃくちゃになろうだろう。今はアルマと争う敵と言えるが、今回ばかりは助けられてしまったよ」


 ここまで言って、俺は兄弟がよく浮かべる不敵な笑みを見せておく。

 なるべくブレルニールとして入り込まなければ、どこかでヘマを打つことになりそうだ。


「あと……ブレルニール様、その女性はいったいどなたでしょう?」


 客はこそこそと声を沈める。こんなことを聞いてくるとは、俺が口軽くなんでも答えるから酒の勢いに任せたのだろうか。バーテンはそれはまずいとばかりに客に手を伸ばそうとしたが、もう遅い。


 メロは自然な流れで俺と腕を絡ませ、俺の胸辺りまで首を伸ばした。


「とっても仲が良い、友達なんですぅ」


 バーテンと客にだけ聞こえるように、色をもたせた妖艶な声を発した。人差し指で俺の胸を撫でながら、上目遣いで「ねえ? ブレルニール様ぁ……」と首をかしげた。

 ブレルニールは女遊びが過ぎるという印象を付けるためのものだとわかってはいるが、心臓が激しく動き全身が沸き上がるように熱くなる。


「おい、ここではやめろ」


 なんとか踏ん張りながらブレルニールを演じる。


「へえ。いやはや、ありがとうございます」


 客はシメシメと言わんばかりに嫌らしい笑い方をする。バーテンはなにも聞いてなかったかのようにすまし顔でグラスを布で磨いていた。


 調子に乗ってしまったのか、客は「ぜひとも一緒に飲みましょう」と乾杯をねだり、メロにも下手にでるような物言いでうまく酒を煽ってきた。

 俺のぶんまで、メロは酒を飲みほしては注文を重ねていくこととなった。


 客とフラットに酒を交わす姿があったからか、次第に周囲のテーブル席にいた客も俺たちを囲み話しかけてくるようになった。

 みんな緊張をはらみながらもどことなく楽しそうな雰囲気でいるが……それだと逆にまずい。一般国民とも酒を交わしてくれる王として親しみが生まれてしまうかもしれない。


 実際、支持者のなかには乱暴なやつもいて当然だ。気にするなといったふうな励ましの言葉もどこからか聞こえてきている。


 俺達の目的はブレルニールに関しての信頼を落とす噂を流すことであり、こんなところで客と仲良しになっては意味がないどころかアルマの損だ。


 とはいえ、この状況をどう打開すればいいのだ。

 いざ嫌なやつを演じろと言われたら、どうすればマイナスな感情を相手に抱かせることができるかすぐに思いつかないものだ。

 メロはメロで主に男性客に囲まれ飲み比べをしたりと忙しそうだし、自分でなんとかするしかなさそうだ。


 錯誤する声のどこからか、「今日はブレルニール様の奢りだぞぉ!」という声が聞こえた。


 ここだ。ここしかない。

 もっていたグラスをカウンターに叩きつけるようにして置き、即座に立ち上がる。

 みんな唖然とした様子で俺を見る。

 ひとしきり周囲を見渡してから、ダメ押しだとばかりにカウンターを拳で殴った。


「誰だ、私の奢りだと言った阿呆は」


 さっきまでの騒然とした店内はなかった。

 わずかでも音をたてたら殺されるゲームをしているような状況、俺の言葉に手を挙げる者はいない。よ、よかった……。ここで手を挙げられたらどうしたらいいかわからん。


 バーテンが顔面蒼白で今にも失神してしまいそうだし、手早く事態を収束させてしまおう。


「私はおまえたちに酒を奢るとは言っていない。調子に乗るもの大概にしろ。金がほしいのなら、それ相応の働きを見せてから言え」


 全員が恐怖に怯えているようだった。

 よし、これでいいだろう。帰ろう。


「ビアンカ、いくぞ」


 メロを偽名で呼びかけたときだった。


「リョウタしゃーん」


 メロが目をうつろにしながら飛びついてきた。

 頬と頬が触れたとき、その尋常じゃない体温に驚き、直後に異様な酒臭さが鼻腔をつく。

 だが、その酒臭さすらも凌駕するほど、酔ったメロは可憐さを大人っぽい色気で包み込んだような魅力が溢れでてきていて、思わず俺も見とれて――


 今そんなことはどうでもいい! 


「おい、誰だリョウタっていうのは、しっかりしろ」


 冷静を取り繕ういながら言う。ここで偽物だとバレたら一貫の終わりだ。

 メロは力なく床に滑り落ちると、カウンタに手を乗せながらフラフラと立ち上がる。

 周囲の客はブレルニールの一喝によりどうしたらいいのかわからないでいるようで、手をかそうと言う者はいない。触らぬ神に祟りなしとはこういうことか。


「ビアンカって誰しゅ。リョウタしゃん! わたしとゆーものがひなはら、変な女に手をだしぺへてろるんれな!」


 後半なにを言っているのかさっぱりだ。

 メロはカウンターの上に乗り上げ、周囲を見たわしながらニヤニヤと微笑みだした。


「今日はあ、お祭りでしゅね?」


 懐から黄色と赤色のエレセントを何本か取り出す。嫌な予感しかしない。


「おい、やめ――」


「それ!」


 楽しそうに飛び跳ねながら、メロは紙吹雪を散らす子供のように投げ放った。

 エレセントはパチパチ、と火花のようなものを散らしながら放物線を描き――光と熱が一気に弾けた。


 大きな破裂音の連続が店内で悲鳴と混ざって響き渡る。音が鳴ると同時にあちこちで色とりどりの光と熱を放たれる。

 それはまさに花火と呼べる代物だった。パニックに陥り逃げ回る客もいれば、花火であることに気づき笑顔で見渡している客もいる。


 光は弾かれ火花を散らす。たくさんの人が床を駆け、椅子やテーブルが倒される。グラスを始めとしたガラスも落下し砕け散る。

 店内は唐突な喧騒で飽和され、幻想的で不可思議な光景が入り交じる。


 エレセントでこんなこともできるのか。


 と感心している場合ではない。

 見惚れてしまうぐらいの状況だが、室内でやっていいものではないだろう。

 ときどき火花が肌に飛んでは熱くさせる。


 とにかく、俺は混乱に乗じてメロの手を引き店の外へと脱出する。


「なんだか、イタズラっ子みたいですね」


 一緒に外を走りながら、メロは楽しげに言う。

 口調がはっきりしているから、自分が起こした騒動で少し酔いから覚めたのかもしれない。


「イタズラというより、事件だよ」


 後ろを振り返ると、騒動を聞きつけた野次馬がわらわらと集まりだしているところだった。店のいたる窓からはカラフルな光が飛び散っている様相が見える。

 俺はフードを深めにかぶり、逃げる足を速める。


「リョウタさん。わたし、リョウタさんがきてくれたおかげで、楽しみです」


「なにが楽しみなんだ?」


「うふふ。わかりません」とメロは含み笑いをして、

「でもリョウタさんといると、これから心が躍るような出来事がいっぱい起こるような気がするんです」


 斜め後ろを走っていたメロは速度をあげて俺の隣で並走する。


「苦しいことや悲しいこともたくさんあると思いますけど、そんなことを考えられないぐらい、わたし、わくわくしています」


 メロは笑う。厚化粧のうえからでもわかる、穏やかで優しい笑顔だった。

 まだ、酔いは冷めきっていないようだ。


 俺達は喧騒が遠のくまで走り続けた。

 お互い意味もなく笑い合いながら。

 繋いだ手を、離さないまま。












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ