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きみとボクの異世界譚。  作者: あるるるるるるるるる
第2章:王位継承編
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13.ブレルニール一行。

 幾多もの蹄鉄が地を踏み土煙をあげる。広大な草原をたくさんの馬が駆け抜ける。地平線が長く広がり、青空と草原の境目を明確に表す。日本じゃビルや家々やらが地平線を隠す景色ばかりだったが、いま目の前に広がるのは自然に満ちた世界。太陽も遠慮なしに大地を照らしている。

 メベルフィールの領地内には、こんな自然も広がっているのかと驚くばかりだ。


 左を見れば森がひしめき、右を見れば大きな湖が広がっている。


 それより、尻が痛え。

 なかなかの長時間、馬の上に揺られているせいで尻が擦り切れるような痛みを感じる。


「もっと下半身に力をいれて、鞍をふともも挟むように。それとあまり触らないで」


 俺のまえで馬を操っているメヴィルが吐き捨てるように言う。初乗馬体験なんだ、もっと優しく言ってくれてもよかろうに。

 ともあれ、サンテスの病院で謝られて以降、メヴィルは俺に対して温もりのない敬語から冷めきったタメ口を向けるようになった。どちらにしても冷徹極まりないが、俺への親しみが若干でも増したのだとポジティブに捉えるようにしている。


 馬が目の前にある岩を飛び越える。体が揺れ、かぶっていたフードが脱げかけたところを慌てて手で抑える。ここで顔を晒すのはまずい。


 今、アルマ率いる俺達はブレルニール御一行と狩猟遊楽を満喫するために移動している。もちろん満喫するのはブレルニールだけで、アルマたちにそんな気は毛頭ない。


選挙活動に際して、俺はブレルニールを演じて選挙権を持つ国民から信頼を剥奪する必要がある。そのためにブレルニールと接触し振る舞いや言葉遣いを知ろうという話になった。

 ブレルニール一行はアルマたちから前方の離れたところで馬を走らせている。城を発つまえにアルマとブレルニールが話しているところを見かけたが、そんなに俺と似ているか? といった印象を受けた。

 憎たらしい悪役顔を想像していたが、もっと慎ましく端正な顔立ちにくわえスラッとした長身でどこの主人公だよと思った。


 アルマいわく、見方によれば俺と似ている。髪や化粧を施せばそっくりになれるらしい。不敵な笑みを浮かべて言うさまは、悪いことを企む子供のようだった。年齢も俺と変わらないぐらいだろうに、国を背負う覚悟を持っていることに畏怖を持たざるをえない。


 ブレルニールは二十を超える甲冑をまとった兵士を連れており、側近として隣にまん丸と太った巨大な男が馬車を引き、ブレルニールと、もうひとり、メガネをかけた少女がそのなかでくつろいでいた。


 その後ろ、アルマとブレルニール一向に挟まれるようにして、もう一台馬車が走っている。ふたりの妹、シルフィン・エフェルメントが乗っているらしい。

 なんでも、ブレルニールはシルフィンを溺愛しており、狩猟の腕を見せてやりたいのだとか。

 どれだけおしとやかな姫君かはわからないが、狩猟なんかに連れてきて大丈夫なのだろうか。


 アルマが率いるはメヴィルと俺、黒の装束を着込みトンガリ帽を頭にのせているカーナ・マーレロイドという女と、専属医としてサンテスのみが付き添っている。


 カーナ・マーレロイドとは一言も話をしていないが、どこを見ているのかわからない寡黙な女であることはわかった。アルマが声をかけても、頷くか首を振るかの意思表示がほとんどだった。

 メロと仲が良いらしいが、明るく快活なメロと寡黙なカーナ・マーレロイドが仲睦まじくしている光景を一片たりとも想像できない。


 ブレルニール一行が進行を停止する。それに合わせて俺たちも足取りを緩める。

 目の前には小山がそびえていた。今回の狩猟場になるのだろう。妹のシルフィンに気を使ったのか、そこまで大きくない山であるうえに整地されているようだった。


 俺達はアルマのそばで馬をとめ、数十分ぶりに地に足をつける。


「さあ、ここでファルゴ狩りといこうじゃないか。シルフィン、こちらへ」


 シルフィンは馬車から飛ぶように外に出て、ブレルニールの側まで走る。

 

「やっと到着したのね。すぐに始めましょう! わたくしも狩るわ!」


 動きやすそうな布地のドレスの腕をまくり、腰まである長い金髪を紐で束ねてから兵士が運んでいた弓矢を手に取る。


「お父様ったら、わたくしが女の子だからってこういうことさせてくれなかったんですもの。やっと弓矢を習い事以外で使うことができるわ!」


 垂れ目気味でおしとやかさそうな印象だったのに一瞬で覆された。とんだハッスルお嬢さんじゃないか。


「ああ、しかと見届けてやる」


 ブレルニールはシルフィンに甘さに満ちた笑顔を見せたあとに、兄に似た不敵な笑みをこちらに向ける。


「アルマも、なにを企んでいるのかは知らないが、せいぜい邪魔だけはしないように」


「もちろんだ。シルフィンの楽しみを損ねたくはないからな」


 周囲一帯に気まずい空気が流れる。そんななかでもシルフィンは親の事情を知らない子供のように騒いでいた。


「トルネロ、おまえは荷物番を頼む。ヒエラはこちらへ来い。教えてやる」


「あいっす」


「はい」


 まん丸と太った巨大な男――トルネロは見た目通りの返事を、メガネの少女、ヒエラは弱々しい薄らいだ返事をする。少女、というのは言い過ぎかもしれないが、見た目は中学生で通るぐらいには外見が幼い。


「ヒエラ……聞いたことないな」


 アルマが隣でボソッと呟いた。


「あのでかいのは知っているんですか?」


 つられて小声で質問する。


「ブレルニールが編成した親衛隊のひとり。実際の戦闘能力を目の当たりにしたことはないが、疑り深いブレルニールが信用しているほどだ。相当なものだろう」


「アルマにも親衛隊がいるのか?」


「親衛隊という形で編成はしていないが、いざというとき頼りになる仲間はそれなりにいるつもりだ。メヴィルもメロもメイドとして付いているが、私を助ける力強い味方だよ」


「リョウタは違うのですか」


 後ろからメヴィルがささやく。


「リョウタは、私の友人だ」


 アルマの声が温かみのあるものに変わった気がした。

 アルマの凄さは実際にはわからないが、次期国王にそういってもらえたのなら光栄だ。


「ふーん」


 メヴィルは若干口を尖らせる。どんな感情での表情なのかはわからない。


「よし、リョウタ! 俺たちも行くぞ」


 アルマが馬に乗りながら高らかに宣言した。

 サントスとカーナ・マーレロイドもそれに続くように馬へとまたがる。

 メヴィルも馬へ乗り、その後ろに俺も……。


「いい加減、ひとりで乗れるようになってください」


 メヴィルに手を引っ張ってもらいながら馬に乗る。は、恥ずかしい。


「ふん」とブレルニールが鼻で笑ったのが聞こえた。

「アルマの側近は馬にも乗れないのか? せめて男らしく顔を晒したらどうだ」


「あいにく、私は力の有無だけで人を判断する低俗ではないのでな」


 アルマが皮肉を返す。

 ブレルニールの嘲笑に腹を立てるまえに、俺はあることのほうが気になった。


 メガネ少女ヒエラが、遠慮もなしに俺のことをじっと見つめているのだ。

 不思議な現象を目の当たりにしたような、そんな顔だった。


 そう思ったとき、ヒエラは俺に向けて指を向けた。


「この人が、リョウタですか?」


 ヒエラはアルマに質問しているらしい。

 怪訝さを出しながらも、アルマは頷く。


「そうだが……なにか言いたいことでも?」


「いいえ。名前が気になっただけです」


 ヒエラは首を振る。

 その隣で、ブレルニールは見定めるように俺を見る。


 リョウタ。涼太。たしかにこの世界だと変わった名前に感じるだろう。

 聞いた話しによれば、東に離れた国だと俺と似た顔立ちと名前をした人が大勢いるらしいが。


「行くぞ」


 ブレルニールの号令のもと、一行は山を登っていった。


「アルマ様。ブレルニール様に狼藉なきようお願い致します」


 唯一残ったトルネロが深々と頭を下げる。その目つきは小動物なら死んでしまうぐらいの威圧に満ちていた。


「案ずるな。ブレルニールにその気がないように、私にもその気はない」


「それはそれは。大変失礼致しました」


 再び頭を下げる。大きく膨らんだ腹のせいで、お辞儀をしているのか判断がしにくい。

 アルマを先導に、俺たちもその場を離れ山を登る。


「なあアルマ、ブレルニールにもその気がないっていうのはなんでなんだ?」


 左を走るアルマに聞くも、それよりも右に走るサンテスが先に反応する。


「ブレルニール様はああ見えて堅実主義者なんだ。アルマ様が突然同行してきた不測の状況のなか、衝動的に行動するようなお方じゃない」


「サンテスの言うとおり確実性と計画性、これがあいつの性質でもある。もっともそれ以上に、血が繋がっているからこその勘、というのもあるがな」


 王族だけあって頭は切れるというわけか。

 大体フィクションなら優秀な王子ひとりいれば下衆で残虐な豚っ鼻の兄弟がいるものだが、そういうわけにはいかないらしい。


「それはそうと、アルマ様」


 メヴィルは手綱を器用に操りながら左に顔を向ける。


「今回の目的、リョウタにブレルニール様を見せることだったはずです。このまま城に戻って、いいのでは?」


 アルマは首を振る。

 

「さすがにそれは怪しすぎる。それに、ひとつ気になることができた。ヒエラという女だ」


「アルマ様は本当、女の子、お好きなんですね」


「馬鹿を言うな馬鹿を」


 ツン、という音が聞こえてきそうだった。メヴィルはそっぽを向く。


「正体不明の少女がリョウタに過敏な反応を示していたからな。その真意をたしかめる、まではいかなくても、どのような人物かを探っておいて損はないだろう。新たに親衛隊に加わったひとりならば特にだ。どんな力を有しているのか、わずかでも見定めることができれば御の字と言えよう」


 近くで草が揺れる音がした。慌てて左右を確認する。


「安心して。ここ、山のなかとはいえ領地内、危険な動物はいても危険な魔獣はでてこない」


 動物に危険って言葉が付いてるんですけど、メヴィルさん。


「ほら、あそこ」


 サンテスが指を刺した方角に目を向ける。腰の高さはある巨大なイノシシが現れた。くわえて身体よりも大きな牙を持っている。危険しかない予感がする。


「見たのは初めてか? あれがファルゴだ。焼いた肉は絶品、粉末にした牙は薬の調合にも使える、まさに宝の塊といえるな」


 サンテスは恐れおののく俺を見て楽しんでいるようだった。

 まったく、俺は病み上がりだぞ。


 ファルゴは鼻息を荒げながら姿勢を低くする。足で土を踏み、いつ突進してきてもおかしくない状態だった。

 その時、なにかがファルゴを横から貫いた。長い矢が身体と交差するように刺さっている。


「すごい! すごいわブレルニールお兄様!」


 シルフィンは高らかに喜びながら坂を下り、倒れるファルゴに駆け寄る。

 その後ろから、自慢げな表情をしたブレルニールが現れる。アルマを見つけた途端に、憮然とした顔になる。

 その横で、誰かが足をつまずき倒れた。木の葉を撒き散らせながらどんどんと、二十メートルは転がっただろうか。


 立ち上がったはいいものの、ぐるぐると目を回しながら足を踊らすヒエラ。そしてまた転ぶ。メガネはどこにいったのか、消え去っている。


「よし、帰るぞ」


 アルマは言った。

 どうやら、ヒエラが親衛隊のひとりである可能性が一瞬で消え去ったらしい。








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