12.王位継承へ向けて。
「これから我々がすべきことを明確にしよう。あまり時間がないため、簡潔に説明する」
サンテスが運んできた食事を摂りながら、アルマの言葉に耳を傾ける。
ちなみに料理は野菜や肉のような物体を煮詰めた、ポトフのようなものだった。透き通った汁に色とりどりの具が入っており、見るからに身体に優しそうだが、味はビーフシチューに似ていた。
メベルフィールの国王継承は総選挙により決定される。
メベルフィール各地の選挙権を持つ者。
メベルフィール内、あるいは隣接する加盟国に属する独立国民の選挙権を持つ者。
以上の投票により過半数を超える票を獲得した候補者が、晴れて国王継承の儀を行うことができる。
投票時期は約三ヶ月後、それまでに国民に自身の将来性を説き、信頼を得ていく必要がある。
ちなみにこの世界の日付や時間の表記は現実と同じだった。
今は十月二十八日の、午前だ。
投票までの間、自身をどのような形で売り出していくかは自由である。
過去の例を挙げるならば、各地を回り国民から親しみと信頼を得る方法や、世界各地を荒らすドラゴンを討伐し名声と共に信頼を勝ち取った方法、自分では特になにもしなかった例などがある。
「なにもせずに国王になった人は、どうやって過半数の票を得ることができたんだ?」
率直な疑問をアルマにぶつける。
「なにもしなかったと言っても、自発的になにもしなかっただけで、しっかりとやることはやっている」
投票時期までの間、定期的に候補者が強制的に参加しなければならない儀式が行われる。
儀式とは名だけで、候補者を見世物にした国民のための催しだと思ってもらって構わない。
その内容は現国王が決める。
ある時は、闘技場で候補者全員による巨大生物の討伐を。
ある時は、舞台上で候補者が順番に歌を披露することを。
要するに、全国民が注目する中で己の力を見せつける祭りごとが行われるのだ。
「なにもしなかったと言われる三代前の国王は、選挙活動の一切を行わず、定期開催される祭りごとだけで王位継承を勝ち取った」
「ちなみにその時は、どんな催しが?」
「たしか――」
アルマが目配せをすると、メヴィルが続くようにして口を開けた。
「バルモ貝の大食い大会、メベルフィール中央地にある巨大湖での水泳競争、肉体審査会、縫い物競争、そして闘技場での候補者同士による決闘です」
想像以上に見世物感が強いな。
「大食いと水泳と決闘はわかるが、肉体審査会と縫い物競争の内容がわからん」
「言葉通りだ。己の肉体を公衆の前面に晒す催しと、いかにして繊細で早くエプロンをつくることができるかを競ったのだ」
要するにボディビルと裁縫をしたということか。
「三代前の国王は、それで勝ちまくったというわけだな?」
アルマとメヴィルは首を横に振る。お互いどちらが説明するかを目配せで争った後に、アルマが続ける。
「祭りごとの結果が直接王位継承に影響することはない。あくまで決めるのは国民の投票だ。現に三代前の国王は最後の催し以外すべてが最下位だった」
最後の催しは、闘技場での決闘だったか。
「四人の候補者が決闘場で争い、そして候補者のひとりである三代前の国王が全員を殺した。死者を王にするわけにはいかない。当然投票先は生き残ったひとりに限られ、王位継承を果たしたわけだ」
「な……」
唖然とするしかなかった。
「待ってくれ。王位継承はエフェルメントの姓を持つ人しかできないんだろ? 兄弟を殺したっていうのか」
アルマは憮然として頷く。
「王位継承はそれぐらい熾烈であり、時代を変える変革だ。死をも覚悟して挑まなければ、王になどなれん」
選挙というから首相や大統領を決めるようなものだと思っていた。だが、リスクで言えば現実よりも遥かに高い。魔法や武器が闊歩する世界、当然と言えば当然なのかもしれないが……。
「次の催しまで残り一ヶ月を切っている、それまでの間は選挙活動を地道に行う。運がよいことに今回の候補者は私とブリルニールの二名のみ。勝機はある」
「もうすでに、催しはやっているのか?」
「ああ、つい先日に行ったばかりだ」
「ちなみになにを?」
「ジャンケンだ」
「ジャンケンって、あのジャンケンか?」
「知っているのか? ぐーとかぱーとかのあれだ。ちなみに私は負けた」
催しの内容を決めた現代国王は、ユーモアあふれる人なのかもしれない。
「負けたとしても、ジャンケンなら問題なさそうだな。あれは運ゲーだ」
深刻そうに、アルマは目を伏せる。
「たかがジャンケン、されどジャンケンだ。王位継承時期の国民は細かい部分にも敏感になる。ここぞと言うときに運によって負けたとなれば、それだけで国民の信頼を失いかねない。なにをするにも油断はできないのだ」
王位継承選挙の奥深さを、ジャンケンによって思い知らされた気がした。
俺は冷めてしまったポトフもどきを口に運ぶのを再開する。
「ブリルニールは狡猾で醜い糞野郎だ。いつ裏を突かれて痛い目を見るかわからない」
ブリルニールに似ているらしい俺からすると、複雑な心境だった。
「リョウタに協力してほしいことは、みっつある」
俺は背筋を伸ばし、耳を傾ける。
アルマは人差し指を立たせる。
「ひとつ。こたびに起こった騒動を利用しブリルニールの信頼を落とす。それに協力してくれ」
「騒動って、なんだ?」
「兎とかいう男に襲われた騒動だ。あれにより街の一部はめちゃくちゃになった。それをブリルニール派による暴動だという噂を広めるんだ。顔が似ている君だからできることだ。運が良いことに、あいつは狩猟遊楽に心を奪われ今日と明日も出かける。余裕を見せられ心底腹立つが、それを利用しない手はない」
そして、とアルマは続けて中指も立ててピースサインをする。
「二つ目は修行だ。私は騒動の件が片付いたら各地を回り選挙活動を行う。その間に鍛えておいてほしい。次の催しの内容はわからないが、武力を行使するものであってもなんらおかしくない。その時のためだ」
「でもそれって、候補者であるアルマのやることじゃないのか?」
「一対一の決闘という規定ならそうだが、そうでないものは基本的に部下や友人に力を借りても問題ない。むしろそれによって味方の力を示すことも重要なのだ」
場合によっては俺も催しに参加するというわけか……。固唾を飲み込む。
そして、みっつめ。アルマは薬指を立てる。
「メベルフィール領地内を一通り回ったら、今度は同盟国に回る。そのときに当然『ピペタ』にも赴くことになるだろう。おぼえているか?」
ピペタ。たしか自称女子高生が出没したという噂がたった独立国だったか。
「そこに君も同行し、目的のために行動するんだ。探し人は、きっとそこにいる」
アルマの心遣いに感謝しながら、ゆっくりと頷く。
協力と言われて漠然としていたが、やるべきことはわかった。
「私は城にもどり準備をしてくる。騒動の余波が落ち着く前にブリルニールへ失墜の一手を決めねばならない」
ちょうどポトフもどきを食べ終わるタイミングでアルマとメヴィルは去っていった。
ここから、王位継承への激しい争いが切って落とされる。




