11.戦士の器。
あちこちが痛む。打ち身と筋肉痛が全身を包み込んでいる。
そんななかでも熟睡していたみたいだ。脳みそがぼけっとしているまま目を開ける。
窓から差し込む日差しが眩しい。
知らない天井と、知っている顔。
「起きましたか」
黒く艶やかな髪を垂らして、メヴィルが俺の顔を覗き込む。
だんだんと眠気が霧散していき、意識がはっきりとする。そして慌てて状態を起こす。
「メロはどこだ!」
「メロなら」とメヴィルが後ろを向く。
「命に別状ありません。しばらく休息、必要ですが」
メロはとなりのベッドで安らかな表情で眠っていた。
全身の力が抜け、再び枕に頭を乗せる。
「どれぐらい、寝ていたんだ」
「丸一日以上です。今は早朝、リョウタさんがこの病院に訪れたの、おとといの深夜頃です。厳密に言えばその時はもう日付が変わっていたので、昨日の朝日を迎えるまえの真夜中からです」
「そうか。随分と悠長な寝坊をかましてしまったようだな」
「本当です。聞きたいこと、山ほどあります」
「まあまあ、とりあえずは安静を第一に考えてくれたまえ」
メヴィルが座る逆側から声がした。
白衣を着たスキンヘッドのおっさんが穏やかな笑顔で立っていた。
「あの時は自己紹介ができなかったね。ミヤマリョウタくん。私はサンテス・チェリコーだ。改めて、よろしく」
あの時と言われても、俺にからするとつい先ほどぶりのように感じる。
兎から逃げたあと、メロの案内で街中にある王族提携の野菜売りの地下にある隠し病院へと赴き、サンテスと顔を合わせて早々に眠りについてしまった。
パッと見は千人のヤクザを取り仕切る組長のような恐ろしさだが、穏やかで優しい笑顔が怖い印象のすべてを打ち消す。
周囲を見渡す。見知った顔がもうひとつあってもいいはずだが、見当たらない。
それを見たメヴィルがため息をひとつ漏らす。
「アルマ様なら、ここにいない。あなたたちと街をめちゃくちゃにした事件について調べたり、忙しい身なの」
「そうか。なんだかすまないな」
「本当は、アルマ様自ら動いてほしくはないのだけど……」
メヴィルは困ったように眉を寄せる。たしかに、アルマは王子であり次期国王候補でもある。現場仕事は部下にやらせて本人が高みの見物を決めるのが当然だろう。
サンテスが後ろで大きな笑い声を上げる。
「ぼっちゃんは自分で動かなきゃ気がすまない気質だからな。こればっかりは医者の私でもどうしようもできん」
王子であるアルマをぼっちゃん呼ばわりとは、サンテスもお偉い様なのかもしれない。
「なんにしても、リョウタくんはもう大丈夫そうだな。いま食事の用意をするから、それまでぼっちゃんの情報収集に協力してやってくれ」
メヴィルが頭を下げ、それから俺に向き直る。
なにも言わないが、聞きたいことはわかっている。
なにひとつの嘘偽りなく、メヴィルにあのときのことを話す。
盗賊にさらわれたこと、兎の面をつけた男が現れたこと、メロが助けてに来てくれたこと。重力魔法によってボロボロに傷ついたこと。必死に逃げたこと――。
兎がこちらの世界ではなく、俺がいた世界の人間である可能性も伝えた。
「そうでしたか――」
しばらくの沈黙が続く。
その後、メヴィルが俺に向かって深く頭を下げた。
「申し訳ありません。これは私の甘さが招いたこと。あなたは重要保護対象であるにも関わらず、油断しがちなメロひとりのみ、側につかせました。責任、私にあります、どうかメロのこと、責めてないであげてください」
「ちょ、ちょっと待て、顔を上げてくれ」
それでもなお顔をあげようとしないメヴィルの方を掴み、むりやり起こす。
「謝るのはこっちのほうだし、むしろ感謝してるんだ。俺のせいでメロを巻き込んだし、メロのおかげで助かった。責任を問う理由はないし、それを言うなら、メロをあんな傷だらけにした俺のほうが……」
自分で言っててもどかしい。悲しさと悔しさが入り乱れた、言葉では表現しにくい感情が胸の奥を締め付ける。
地に突っ伏し潰されそうになりながらもメロが向けてくれた笑顔を思い出す。あの時もっと早くに行動していたら、メロの傷を抑えられたかもしれない。振り返れば振り返るほど、後悔ばかりだ。
気づけば、爪が食い込むほどに拳を握っていた。
メヴィルがそっと俺の拳に手を乗せる。
「ありがとう……ございます」
下を向いているから表情は見れなかった。
どことなく、拳に乗る手が熱かった。
メヴィルはすくっと立ち上がる。
「少し、ほんの少しだけ、少しと表現していいかわからないほどの少しですが、見直しました」
俺がよく知る人を見下すようなメヴィルの表情がそこにあって、ほっとした。いや、ほっとしてはまずい表情なのだけど、細かいことは気にしないことにしよう。
「それでこそ、私が見込んだ男だ」
アルマが入り口から颯爽と現れる。そのとなりにはご飯の乗ったトレーをもつサンテスが立っている。
アルマは笑顔のまま、ずんずんと俺のベッドに近づく。
「誰が悪いということはない。強いて言うなら君の言う兎とやらが悪い。むしろ言うならそいつだけが悪い。街をめちゃくちゃにして私の仕事を増やし、ましてや王位継承を間近にしたこのタイミングで国全体を不穏な空気で包み込むなど言語道断、私は憤慨に憤怒を重ねて殺意と憎悪を持って兎とやらにいつか礼を渡したい気持ちでいっぱいだよ。欲を言うならいつかと言わず今この場で現れてほしいがね」
ベッドの目の前で立ち止まり、目を細める。
視線の先は俺の手で、メヴィルはそそくさと手を引っ込める。
「なんにしてもだ、リョウタ。君の強く握るその拳が、なにより戦士としての器を証明している。自分を卑下することはない。君は強く、そして気高い。ますます私は、君のことが気に入ったよ。そしてメロも負けじと強く気高い。だから案ずるな。ふたりに、敬意を贈る」
アルマの目の奥が熱く燃えているように感じた。
それほどにまっすぐな視線と、芯のある言葉が俺の胸中に響き渡った。
戦士の器……か。
握る手を解き、手のひらを見る。
爪が刺さっていた部分がじんわりと内出血していた。
今後も、面を被った変態野郎に襲われることがあるかもしれない。
理由はわからないが、やつらの狂気の矛先は俺にある。
ならばその対抗手段を準備しておくに越したことはないだろう。
「俺も、戦えるようになれるかな」
「もちろん。その覚悟があるのなら」
アルマは待っていたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべる。
「王位を獲得すること、リョウタが元の世界に変えること。このふたつを達成するには君の力も必要不可欠だ。お互い、精進しようではないか」
俺とアルマは手を握り合いし、改めて約束をする。
このまえよりもずっと強く、固い握手だった。