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10.真夜中の道で。

「今日一日、楽しかったですか?」


 兎が首をかしげながら問う。

 今が何時かはわからないが、もうだいぶ夜は深まっているだろう。すっかり冷え切った風が頬を撫でる。


「今日一日のことを総合して言うなら、わからないな。たしかに楽しかった記憶はあるし良い経験にもなった。だがなにを隠そう、今が人生でいちばん楽しくない時にある。これを総合するとなると、やっぱりこの後体験するであろう出来事も加味しないといけないな」


「この後の体験、楽しいと思いますか?」


「いいやまったく。むしろ辛くて苦しい体験になりそうで憂鬱だよ」


「そうですか。残念です。僕としては、今をいちばん楽しんでほしい時なのですが」


「これをどう楽しめって言うんだ。あいにく俺はジェットコースターみたいなスリリング体験を楽しいって言えるタイプじゃない。かわいい女の子とふたりきりで買い物するだとか、家族団らんに混ぜてもらうだとか、そういうのがいいな。今からなんとかならないか?」


 無理をして饒舌に振る舞う。話を終わらせず、その間に打開策を考えるんだ。

 兎は大げさなぐらい頭を垂れて、大きなため息をひとつした。


「そうでしたか。あなたはあちらの世界で随分退屈そうに過ごしていましたから。もっと刺激がほしいのかと勘違いしていました。刺激が欲しいなう、といつか呟いていたじゃないですか」


「やっぱりおまえ……現実の人間なのか」


「さあ、どうでしょう」


「どうして俺をこっちの世界に連れてきた」


「それは“鬼”に聞いてください」


 ――鬼。学校の屋上で俺を刺した男の姿が浮かぶ。


「やっぱり、別人か」


「別人であり、別人ではない、と言えますね」


 まったくもって意味が理解できない。

 それよりも、と俺がさりげなく周囲に視線を散らす。

 下へ続く階段はすぐ脇にある。逃げるならここしか方法はない。

 これだけ時間を稼いでおいて、他の策は一ミリも思いつかない。

 たとえ今逃げ出したとしても、兎の魔法であれば家ごと俺たちを潰すのは造作もないだろう。


「なぜ俺を狙う? 俺の心臓に価値があるとかそんなのか」


 兎は一瞬動きをとめ、それから「ホホホホ」と高らかで奇怪な笑い声をあげた。


「僕はね、お話をしにきただけなんですよ? あなたの心臓には価値も興味もありません」


「信じられるかよ」


 今まで散々攻撃してきて、なにがお話だ。


「だってあなた、痛いところありますか?」


 たしかに、明確に傷ついてはいない。


「魔法を行使したのだって、そこで寝ている彼女が襲い掛かってきたからです。僕はただ邪魔者を排除しようとしただけです」


 兎はメロを指差した。気を失ったままで、まだ目を覚ます気配はない。

 本当に、俺を殺す気がないのか……?

 だとしたら、この場を回避できるかもしれない。


「そうだったのか。それなら逃げてすまなかった。それで、俺になんの用があるんだ」


 固唾を飲み込む。兎は話をしにきたと言った。ならば、目的を果たせば素直に帰ってくれるかもしれない。


「もうだいたい済みました」


「は?」


「異世界旅初日の感想を聞きたかったのです。あいにく僕のせいであまり楽しんでもらえてないみたいですが」


 たった、それだけ?

 それだけのために、メロがこんな重症を負ったというのか。


「それともうひとつ、あなたにヒントをあげましょう。これは用事と別に、僕の個人的なお情けです。怖がらせてしまったようですからね」


 兎は足をモデルのような歩き方で二歩、近づいてきた。


「現実世界に帰りたいのなら『ある場所』を探しなさい。あなたと同時にこの世界に迷い込んだ、女の子も一緒にね。さあ、お話は以上です。帰っていいですよ」


 その情報はもっと気持ちが穏やかなときに聞きたかった。

 詳細を問いたいところではあるが、帰っていいと言われたのならそうさせてもらう。

 寝ているメロの状態を起こし、腕を肩に乗せる。


「おや、だめですよ」


 いったん動きをとめ兎を睨む。

 

「帰っていいと言ったのはそっちだろ」


「帰っていいのはあなただけです。その女の子には少々腹が立ちましたので、殺します。それが僕の、さきほどできた最後の用事です」


「ふざけるな! そんなことが許されると思ってるのか!」


 気づいたら叫んでいた。

 直後、肩に乗せていたメロの腕が鉛のように重たくなった。体制を保っていられず床に額を突っ込むことになる。メロの重力が一気に跳ね上がったのだ。


「あなたも少々、腹が立ちますね」


 重さに耐えきれなかったのか、床が抜け俺たちは一階に落下する。フローリングが粉砕され全身に鈍痛が響き、のたうち回る。


 帰っていいの一言で安堵した俺が馬鹿だった。


 もうだめだ。そう思った。

 考えたところで無駄だ。打開策なんて見つかるわけがない。


 俺は顔を上げて行動に移す。


 バッグの中身をすべて床に出し、階段を降り始める兎の足元に向かってエレセントを鉄箱に叩いて次々と投擲する。


 赤色のエレセントが壁を焼き、青色のエレセントが氷となって壁を貫く。

 考えても無駄だ。ただがむしゃらに抗うことが、唯一俺にできることなんだ。


 いつの間にか階段側の壁は熱と氷による打撃で形を保っておらず、兎の姿も見当たらなかった。それでも俺はお構いなしにエレセントを叩く。


 赤と青はすぐになくなり、残りは仄かに光る黄と、白のみが残る。俺は構わず白のエレセントを鉄箱で叩き壁に向かって投げつける。

 エレセントは形が変わることもなく、ただの石ころのように壁にこつりと当たる。


「終わりましたか?」


 兎が二階の穴からゆっくりと降下し、着地する。パンツスーツの右足部分がわずかに焼かれ破れていた。最初に投擲したエレセントだけが、かすったようだった。

 俺はメロをかばうようにして身体で覆い、表情の変わることのない兎の面を睨みつける。


「僕はね、服を汚されるのが嫌いなんですよ。あなたを殺すことはしませんが、その女はめちゃくちゃにしてあげましょう」


 兎は俺たちに向けて手をかざす。

 強烈な重力攻撃がくる――反射的に目をつむる。


 だが、なにも起こることはなかった。

 薄めを開けようとすると首を傾げる兎の姿がうつり、つぎに誰かの手のひらが目を覆った。


 ――ッカ!


 あまりにも激しい閃光に、光が瞬く音すらも聞こえた。目を覆う指の隙間から大量の光が溢れ、まぶた越しに眼球を刺激する。だが、不思議と視界が潰れることはなかった。

 目を覆っている手が消えると同時に、


「リョウタ! 走って!」


 耳元でメロが叫ぶ。兎が面を抑えてフラフラと身体を揺らしていた。手を引っ張られたことで我に返り、すぐさま家を飛び出す。

 メロが膝をつくが、すぐさま背中におぶって駆け足を再開する。


 背後からなにかが潰れる音がした。さっきまでいた家が見事に潰れ木片の塊となって床に転がる。


 恐怖と興奮がさらに高まり走る背中を押す。

 つぎ見つかったら、本当にただで済みそうにない。


「リョウタさん、私たちは運が良いですね」


「メロ、いつから起きていたんだ」


「ついさきほど、リョウタさんが戦う音に起こされました」


「戦う、か。なにもできずただ必死にエレセントを投げまくってただけだ」


「でもそのおかげで、助かったんですよ」


 どのおかげだ。せいぜい兎の足を焦がす程度しかできていない。


「白のエレセント。あれは使用者の魔力や感情の性質によって効果が変わる博打の石。一切の魔法から身を守る保護膜をリョウタさんが生み出したことで、隙を付くことができました」


「さっきの閃光は……」


「私が気を失うまえに渡した黄色のエレセントを発動させました。この使い方はちょっと難しいんですけど、エレセント内部に前もって魔力を溜めておくと力を増幅させやすかったりして便利なんです」


 なんでも、使用者の魔力をエレセントに馴染ませることで、使いみちの幅が変わるのだとか。魔力を馴染ませたことで、激しく瞬く閃光を使用者のメロが直視しても問題がなく、同様にメロの魔力によって覆われた俺の目も無事だったというわけだ。

 魔力を溜めるにはコツがいるらしく、エレセントがひとりでに起動することもあり危険を伴うらしい。そのかわり、使用時に魔力をさらに上乗せさせて起動できるため、効果そのものの力を引き上げることができるのだとか。


「今ごろ重力使いのあの人は眼球の痛みに悶絶しているはずです。下手したら失明しているでしょう」


 ただ光を放つだけと思っていたが、使い方によってはそこまでの武器になるのか。

 兎はもちろんだが、メロも末恐ろしい子だ。


 裏道を抜け大通りに出る。人通りは少なく、今が深夜の真っ只中であることを気づかせる。これなら女の子をおぶっていても大丈夫そうだ。


 メロは道案内の指示を出しつつ、途中何度も意識を失いそうになる。


「なんだか、少し疲れました」


 か細い吐息と一緒につぶやく。


「もう少しだ。メロ、今日はありがとう」


「こちらこそ、ありがとうございます」


「やめてくれ。なにもできていないんだ」


 お礼を言われると、自分の不甲斐なさに心を締め付けられる気分になる。


「白色のエレセントの効果は、感情によっても左右されます」


「それはもう聞いたぞ」


「あの時、リョウタさんの私を守りたいという気持ちが、魔法を防ぐ力になったんだと思います。本当はどうかはわからないですけどね」


 メロはささやかに笑う。


「逃げずに、勇敢に立ち向かった。他の世界から来たばかりだというのに。すごいです。だから、なにもしてないなんて言わないでください」


 一瞬考えた後、それは違う、と言おうとして、メロが寝息を立てていることに気がつく。

 ひたすらまっすぐ、突き当りを左に行くと野菜売りの店があり、そこが隠れ病院。

 メロから聞いていた案内を脳内で復唱する。よし、起こす必要はなさそうだ。


「ありがとう、メロ」


 独り言をつぶやいて、傷だらけのメイドをそっとおぶりなおす。


 長い一日だったな。そう思いながら、夜の静寂に満たされた道を進む。








はじめまして、あるるるるるるるるるです。

これにて第一章完結です。

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