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見えた空

作者: 青空

コントラバスの音が低く、重く、柔らかく鳴り響く。その上に、明かりが次々に灯っていくようにチェロ、ヴィオラ、ヴァイオリンの音が順に重なっていき、重厚な和音を作り出す。ヴァイオリンとヴィオラの星が煌めき、流れ落ちるようにメロディーを奏でる。ヴァイオリンとヴィオラの夜空をコントラバスが地面のごとく支え、チェロの風がその間を吹き抜ける。

やがてヴァイオリンのソロがその風に込められたメッセージを物哀しく歌い出す。

私はそれを、音楽室の外から聴いていた。

いつ聴いても良い曲だ。その一音一音が絡み合って、曲の風景が、空気が、匂いが押し寄せてくる。

それでも。

春色の空を見上げれば、その中心で太陽が眩しく輝き、その周りを羊雲がゆっくりと散歩している。そよ風はまだ少し冷たく、咲いた野花を揺らしていた。

あの演奏の中に混ざりたいとは思えない。

私はひとつ息を吐いて、自分の楽器を持って中庭に出た。

今日も良い天気だ。

小鳥たちの会話の声も、時折吹く風の音も、道の端に生えた草でさえも今日生きているその喜びを歌っている。

その歌はきっと、音楽室で奏でられるあの音楽の何万倍も美しい。

「…私も混ぜて」

私はそっと呟き、置かれたベンチに腰を下ろして楽器を構えた。そして自分の腕ほどの長さの弓をその弦に当て、思いっきり引いた。

ヴィオラから掠れて嗄れた声が漏れ出す。

そばで芝生を突いていたすずめが笑ったような気がした。

私はふと苦笑して、もう一度、音を奏でる。その音はさっきよりも若々しくなったけれど、それでもまだ腰の曲がった老婆のようだった。

それでも、私にとっては今日一番の音だ。

私は目を閉じて、中低音の音を伸ばした。

そよ風が淡い青の空からやって来て私の髪を揺らす。小鳥たちがせわしなく鳴き、早咲きのたんぽぽが花を揺らした。

音楽室の夜空が遠のき、春の青空の下で歌われる生命の歌の世界に入っていく。

その感覚が随分と心地よかった。

どれくらい楽器を鳴らしていたのだろうか、いつの間にか音楽室で行われていた合奏が終わりガヤガヤとオーケストラ部の部員たちが出てきた。

今日はここまでか。

私は楽器を下ろし、その場から立ち上がった。


ありがとうございました

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