1
残業帰りの午後10時。住宅街の端を通り抜けるとちょっとだけ近道になる。いつかはあんなボロアパートじゃなくて庭付きの一軒家を買ってやるんだから。駅前のコンビニで買った肉まんをかじりながら歩いていると、建設予定地の草むらに何やら動くものが見えた。野良猫?と思いながら近寄ってみるが、明らかに猫のサイズでは無い。やばい、野良犬……?危機感を覚えながらも、ちょっとした好奇心で予定地まで近寄る。さすがに草むらに入っていく勇気は無かった。
急にその影が頭を上げる。街灯の明かりを拾って二つに輝く瞳。目を凝らすと何となくそれが何なのか分かった。
狐だ。
初めて見た。辺りには山もなく、ここらはそこそこ都会だと思っていたのだが、狐が出るのか。いや、生まれ故郷の田舎でも狐は見たことがない。精々、猪や猿がいるくらい。たまに狸が轢かれてたか。
往々にして狸と対比される狐はもっとずる賢そうで警戒心が強いものだと思っていた。しかし、以外にも人懐っこいのかもしれない。すんすんと鼻を鳴らしながら私の方に近寄ってきた。
「かわいい……。」
思わず声が漏れる。犬みたいだ。いや、まぁ犬科なのだが。犬より可愛いかもしれない。少なくとも友達の家の懐かないチワワよりは可愛い。
狐が足元で顔を上げる。狐目と言う割りにくりっとした目。すっと伸びる鼻筋に小さく黒い鼻。その鼻の下から一瞬、真っ赤な舌をペロリと出した。
「肉まん、欲しいの?」
もさもさとした尻尾を一度ふわりと持ち上げ、地に落とす。可愛い。とてつもなく可愛い。可愛いからあげちゃう、肉まん。
かじっていない生地のところをちぎると、手のひらに乗せて差し出してみる。またもすんすんと匂いを嗅ぎ、ペロリと舌で口へ運んだ。ちゃっちゃっと控えめな音を立てながら咀嚼する。そう時間をかけずに飲み込むとちらりと私を見上げ、差し出したままの手を舐めてくる。可愛い。
「あっ………」
ふと思い出した。ほとんどの狐はエノキックスみたいな名前の病気を持っていると聞いたことがある。どうしよう。噛まれてないから大丈夫?帰ったら丁寧に手洗いしよう。
そう思いながら、私は意識を手放した。