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第35話 ~正体~ #1

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 ノックの音がした。

 執事が扉越しに応対した後、扉が開かれる。

 一人の女性が部屋に足を踏み入れる。


 それだけで、この部屋の空気は変わった。


「紳士淑女の皆様、ごきげんよう」


 美しいストレートロングの金髪が身体の動きに合わせて波打つ。

 その凛として堂々とした声は、淀んだ会議室の空気を吹き飛ばす清々しい風の様だ。


「私は、ミサキ=アイマリース」


 アイマリース。

 まさかと唖然とするルコリー。

 顔を声の主に向けると、ピンクの巻き髪が揺れる。


「アイマリース商会ってお店をやっておりますの。

 知らない方はよろしく」


 知らない者がいる訳がない。

 お店なんて生易しい商売なんかしていない。

 東のコンテリーガ城国からこのタウチット城国まで、多数の店を出店し進出してきた最も有名な商人である。

 自分はその傘下にある学院の在校生だ。


 オレンジのシンプルでタイトなワンピースに黒革のジャケット、

 黒のタイツに金の飾りの付いた、かかとの低い黒のパンプス。

 大人っぽくも明るくカジュアルな服をビッと着こなし、それがあたかも彼女の礼服のようにさえ思えた。

 勝気な金の瞳は少女のように輝き、薄い唇に余裕の笑みを浮かべていた。


 これがあの鬼の師匠の姉か。


 もっと大女を想像していたが、ルコリーより頭半分ほど高いだけだった。

 鬼の形相かと思っていたが、化粧っ気のない顔は聡明そうに見える。


「何かね、今は親族会議中だ。関係のない者は出るように」


 議長が面倒そうにミサキに注意する。


「無関係ではありません。

 この会議の為に三日前からこのお屋敷に滞在しておりました。

 色々準備の為、出席が遅れたのは謝罪致しますわ」


 ゆっくり首を傾げて、あげる。

 皆が彼女の優雅な振る舞いと佇まいに、その一挙手一投足に視線が集中する。

 偽ルコリー一同も黙ってしまった。


「で、何の用かね」


 議長の問いに彼女は応えた。


「レイモンド=バーキン様から正式に依頼された、

 私ミサキ=アイマリースはルコリー=バーキン様の後見人です。

 彼女がルコリー=バーキン様である、という証拠を持参致しました」


 ミサキがルコリーを指差す。


「なっ」

「なんだと!」


 絶句する偽ルコリー親子一同。

 場が騒然となる。

 動かぬ会議の場に座るのに飽きていた議長が、元気を取り戻し声を上げる。


「静粛に!…で、どういう証拠だね」


 ミサキがルコリーに向けてニコリと笑いかける。

 その優しい笑顔に涙が出そうになった。


「では、最初に少し説明の時間を頂けますか」

「う、うむ」


 少し元気が無くなる議長。

 また話を聞かなければならないのか、と眉を寄せる顔に書いてある。

 子供かあの男は、とルコリーは思う。

 同時に城のお偉いさんが顔を歪ますほど、停滞の続く会議だった事も伺い知れる。


「アイマリース商会がここタウチット城国に進出して出店をするのに際して、

 地元の大手商店とトラブルにならないよう友好関係を結ぶよう働きかけました。

 こちらのバーキン様も例外ではなく、

 レイモンド様は友好を交わす条約まで作成されてサインされました」


 ミサキは壇上に上がり、一枚の書類を皆に見せる。


「さて話は変わって、我がアイマリース商会では、

 孤児院の設立や援助を行い、子供達の育成にも力を注いでおります。

 遠くイェンセン城国では子供が多いのですが、

 修学する場が少ないと聞きまして、

 学院という修学の場を設立致しました」


 サユから聞いた話と少し違うのは、真実に綺麗なオブラートをいくつも包んだ結果だろう。


「レイモンド様はこの話に大変興味を待たれ、

 大事な娘に広く世界を見せて上げたいと申されました」


 え、とルコリーが小さく叫んだ。

 これも綺麗なオブラートに包んだ話だろう。

 父は私を疎んじ、遠方へ送ったに決まっている。


「ルコリー様は親族の方々にその存在が知られない程、

 このお家で大事に大事に育てられたのはもうご存知かと思います」


 確かに、少し意地悪な専属メイド4人に囲まれて大事に育てられた。

 それが育児放棄と言わないならば。


 ルコリーは言いたい事は山ほどあったが、今はこの鬼師匠の姉に頼るしかなかった。


「そこで、友好の証の一環として、ルコリー様をアイマリース商会に託されたのです。

 当然――」


 そこでミサキは言葉を切って、溜めた。

 一同を見渡すと再び話し始める。


「お子様を預かる以上、安全を約束する証書は用意しております。

 商才がおありになる几帳面なレイモンド様は、その証書にサインをします」


 ミサキがルコリーを見る。


「入学の際にあなたもサインをしましたね、ルコリー様」

「あっ、はい」


 イェンセンの女学院に着いた初日、教師達の前でサインをした。


「つまり、お父様とルコリーの両方のサインが入っている証書があるのですね」

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