第34話 ~真贋~ #2
みっともない罵り合いを続ける男女4人の前で足を止める。
「私がルコリー=バーキンです。
偽物は早く去りなさい!」
思わず出た大声が、室内の時間を一瞬止める。
「な、何を言うか小娘。
お前のような小汚い者の出る幕ではない!」
「ひっ卑賤の者が、バーキン家を語るな!」
ルコリーの声に気圧されていた細い男と太い男が、少し遅れてルコリーの言葉を一蹴する。
周りからため息が漏れる。
こんな調子で、ずっと会議は進んでいなかったのだろう。
その為にルコリーはこの会議に間に合ったのは救いだった。
皮肉な事だが、彼らがいなければ相続は全てお兄様のもの、で早々に決着がついていた。
自分はそれでも良かった。
優しいお兄様が、無一文になった私を叩き出すなんて事はないはず。
「ヒースフレアはのぅ、
レイモンドがよく公の場に連れてきていたので、皆彼を知っている。
じゃが娘のルコリーの方はのぅ。
話だけで皆知らん」
傍聴席の真ん中に杖をついて座る、年老いた男が口を開いた。
「ベンジア家の者は皆年老いた。
分家の財産には興味がない。
なるべく騒ぎにならぬよう、財産を凍結したのじゃが…」
ベンジア家?
ああ本家だ、とルコリーは思いだす。
このご老人が本家の家長だろう。
「ご聡明な判断、痛み入ります」
ヒースフレアが応じた。
4年ぶりの兄の声にルコリーは感動した。
声に昔にはなかった厳しさがあるのは、きっとこういう場だからだろう。
「イ、イェンセン城国の騒ぎは息子が独断でした事です。
な、なにとぞ穏便に!」
壇上の一席から、人当たりのよさそうな太めの男が慌てて立ち上がる。
「財産の凍結を知った息子はそれ以上何もしていません!
こんな大騒ぎになっているのは我々の預かり知らぬ事です!
私からも強く、強く息子を叱りました。
だからご、ご容赦を!息子に温情を…」
「その件は後でゆっくりお話ししましょう。
悪いようには致しません、叔父様」
ああそうだ、あの人はお父様の弟さんだ。
「イェンセン城国の騒ぎ」というのは、あの黒い3兄弟だろう。
サユが学院にいなければ、ダース単位で嫁入り前のか弱い少女達が犠牲になっていたはずなのだが、お兄様は許すつもりのように話す。
お兄様は優しい方だが、これはちょっと違うのではないだろうか?
それより彼の話し方が父に似てきた事がショックだ。
叔父の息子の手がイェンセンだけに留まったとすれば。
オレギンは一体誰の手の者?
「ともかく、早くこの騒ぎを収めるのじゃ。
このままではバーキン家はともかく、ベンジア家の名まで汚される。
もうヒースフレア一人が相続しても良い」
咳払いの後、ベンジア家家長が語気を強め言い放つ。
実より名が大事か、この老人。
それでルコリーという人間がいなかった事にされてはたまったものではない。
兄と同じく、ご聡明な判断に痛み入ってたが、今の言葉に憤るルコリー。
偽ルコリーの一同が、再び言い争いを始める。
確かに、ルコリー=バーキンは深窓に隠されて、使用人以外知られずに生きてきた。
外から見れば、いないのと同じだろう。
だが私は居る。
アイマリース女学院の皆が知っている。
そして30日間一緒にいた親友が知っている。
今自分が否定されれば、この30日は何だったのだろう。
ズボンを濡らすほど怖い思いをしたあの夜は。
一晩中、山を駆けて見たあの朝焼けは。
幾人もの人が斬られ、血を浴びた事は。
胸ぐらを掴みあい殴りあったあの夜は。
ずっと山中をさ迷い歩いた日は。
湖で幻想を見て笑い合ったあの瞬間は。
廃墟で肩を組んで高所を渡り歩いたあの奇跡は。
馬に2人で跨って西へ向かった苦労は。
親友の無事を祈って泣いたあの日々は。
一緒に語り合って笑い合って寝た夜は。
全てが、今日のタウチット城国の青空へ消えていくと言うのか。
それは出来ない。そうはさせない。
私の為にも。
親友の為にも。
門で戦う親友が、私を待っている。
早く決着を付けなければ。
何か父と私を繋げる決定的な証拠があればいいのに。
ポケットの中の、いつも持ち歩いているペンを握りしめるルコリー。
勇気を絞り出して前に進み、中央付近まで歩む。
「そっっ…それでも、私がルコリー=バーキンだ!」
突然の大声に皆の動きが止まる。
あまりの声の大きさに、ベンジア家の老人が椅子からずり落ちそうになる。
その時。
ノックの音がした。




