第34話 ~真贋~ #1
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「私はルコリー=バーキン。レイモンド=バーキンの長女です」
静かだった部屋にルコリーの大声が響いた。
一瞬の静寂の後、騒然となる。
「確かに噂通りの姿だ!」
「なんと礼儀知らずな!」
「それにしてもあの恰好見て」
「会議の場で、あの姿はありえませんわ」
部屋中を見渡して、自分の姿を見下ろすルコリー。
一部を除いて皆が黒の礼服の中、一人だけラフで泥だらけでボロボロの姿に恥ずかしくなった。
所々に赤黒いシミも付着している。
「そんな娘などどうでもいい!早く決めてくれないか」
脂身が溶けかかったようにだらしなく太り、頭が禿げ上がった男が唾を飛ばして叫ぶ。
再び広い室内を見渡す。
赤い絨毯の上に並ぶ家具は全て高級な暗いチョコレート色。
戸口に立つルコリーから見て、左側に多くの椅子が並び、多くの黒い服の男女が並ぶ。
傍聴席に並ぶ彼らが本家を含む、バーキン家の親類の方々らしい。
前列は高齢の者が多かった。
右側は壇となっており、一段高い場所に机と椅子と人が並ぶ。
後で知った事だが、タウチットの貴族や商家の大事な親族会議には、証人として代書人(書士)や役人が立ち会うのが通例である。
今回のように相続会議ともなれば、書類の作成が必要になるので書士が必ず出席する。
その代書人や比較的血縁の近い家の家長達の席が囲む、壇の真ん中にさらに一段高い席がある。
議長席だろう。
議長は城の官僚用の白い詰襟の礼服を着ており、その年配の男は話に飽きたかのように肩肘を付いて座っている。
その隣には…
「お兄様!ご無事だったのですね!」
お父様と同じ銀色の長い髪、涼やかな赤眼に整った顔立ち。
ヒースフレア=バーキンはその声に顔を向けると、無表情に会釈した。
ルコリーは少し落胆した。
「ルコリー元気だったのか、良かった!」
「お兄様、お会いしたかったです」
2人は駆けより、強く抱き合った…
そんな再会を少しは期待していたが、現実はそっけないものだった。
こんな会議の中ではそれも出来ないのは分かるが、一言ぐらい言葉をかけて下さってもいいのに。
「お兄様の相続権は決まりました。
本来ならもっと早く会議は終わるはずでしたが…」
戸口の横に立つ、先程鍵を開けてくれた白髪の男が話し出す。
少し後ろにいたその男を振り返って見る。
この人は…そうだ、お父様の秘書兼執事の男だ。
イェンセン城国行きを有無を言わせず、淡々と伝えたのも彼だった。
そのぐらいしか接点がなかった。
お父様同様、度々家の中で顔を合わせてはいたが。
「ルコリー=バーキン様を名乗る者が、他に2人いるのです」
「え、ええ!?」
前を見る。
気にはなっていたが黒服が並ぶ中、
2人だけイエローとバイオレットのドレスの娘がいた。
「噂がなによぉ。私がルコリーよぉ」
太ってイエローのドレスがはち切れそうになっている娘が主張している。
細い目のふくれっ面は、握られた後のマシュマロのようだった。
「ぼ、僕がルコリー=バーキン。他はみんな偽物だ!」
バイオレットの娘は細く長身だった。
こちらは血色が悪く青い顔に目の下のクマが目立つ。
太い方も細い方も頭はピンクの巻き髪になっていたが、あまりに似合っておらず思わず吹き出しそうになった。
元々知っていたのか「黒の十指」の噂の後だろうか、たぶんカツラを用意したのだろう。
「執事さん」
ルコリーは振り返る。
「あなたは私の事覚えてらっしゃいますよね。あなたから私がルコリーだと…」
「残念ながら私はただの執事。
この場では発言権はありません。
今日からあなたのお兄様の執事になりましたので、
ヒースフレア様が話せと言えば話しますが。
さて、他のルコリー様が私の話に耳を傾けますかな」
長身の白髪の老執事が、目を細くして淡々と話す。
話し終えると視線を外し再び前を向く。
太った男と細長い男が、私の連れてきた娘こそ本物!
そして自分がその後見人だ、と主張し合ってる。
「何者なんですか、あの人達」
「私もヒースフレア様も知らぬ、遠い親せき筋の方々ですよ。
自分の娘を連れて来て、
他人の娘だというモラルも品性もない行いは笑えますね。
彼らのせいで会議は伸びる一方。
なんせ決定的な証拠がありませんからね」
笑う、などと言いながら淡々と話す執事。
前に進もうとして、何か心に引っかかりがあるのに気が付くルコリー。
何だろう。
サユとの会話が鍵だ。
何だっけか、と必死に思い出す。
思い出した!
ルコリーは執事を二度見する。
「アンタ、白い付け髭を付けて私の護衛を依頼しただろう」
執事の男が目を見開く。
すぐに表情のない顔に戻るが、まばたきの回数が明らかに多くなった。
「何故お前が、執事のお前が大金を用意して私を守ったの?
…まさか未成年の娘が趣味なの…」
「違うわ!」
小さく怒鳴ると、執事は前を向いてこちらを向こうとしなくなった。
もうこれ以上、会話をするつもりはないらしい。
前を向き直すと、再び歩き出す。
やはり、依頼主はお兄様だったのか。
しかし、待て。
先程「今日からお兄様の執事」と言ってなかったか。
依頼があった30日以上前は、お父様の忠実な秘書兼執事。
と、いう事は。
まさか…。そんなまさか。
ありえない。




